更新日:2021/04/09

海洋表層 ⇔ 海洋内部の熱・塩分輸送量

~どこでどれだけの水が海洋の中から表層に出てくるのか? / 表層から内部に潜っていくのか?~

海洋の表面付近で吸収された熱や二酸化炭素が海洋の内部にどれだけ輸送されて、どのように循環して、どれだけ海面付近に戻ってくるのか、という問題は、気候変動や温暖化を考えるうえで重要な問題です。これを調べるには数値モデルが有効ですが、観測事実に基づいた裏付けが欠かせません。 2000年頃から全球で展開されたアルゴフロートによる海洋観測が充実することにより、どれだけの水が表層から大気と直接接しない海洋内部へ輸送される(サブダクション)のか、あるいは海洋内部から表層に輸送される(オブダクション)のか、より詳しく推定することが可能になりました。 サブダクションとは晩冬期に形成された深い混合層の水が等密度面に沿って海洋内部に潜り込んでいく現象を指します。逆にオブダクションとは冬季に混合層が深くなっていくときに1年以上大気と接していない海洋内部の水を混合層に取り込む現象を指します(図1)。

図1:オブダクション(左)とサブダクション(右)の説明

私たちは、主にアルゴフロートデータを用いた格子化データセット MOAA GPV (Hosoda et al. 2008)を用いて、オイラー的定義に基づくサブダクション率・オブダクション率を全球で求めました。 この方法は混合層に取り込まれた水塊、または混合層から切り離された水塊をその都度1年間後方または前方に追跡することでオブダクション、あるいはサブダクションとみなせるかどうか判定するというもので、観測データでこの方法を用いるのは初めてのことです。 この方法は、オブダクションによる海洋内部から表層への熱・塩分輸送量を定量的に求められる、水塊の鉛直変位をより適切に表現できる、オブダクトした水塊がどこから来たのか、あるいはサブダクトした水塊がどこに行くのか知ることができるという利点があります。

図2:オブダクションによる海洋混合層の水温変化率(上)と塩分変化率(下)

図2はオブダクションによる海洋内部から表層への熱・塩分輸送により、海洋混合層の水温や塩分がどの程度変化するか示しています(気候値)。 たくさんの水がオブダクトする海域で変化率も大きくなります。オブダクションで混合層に入ってくる深いところの水は冷たいので基本的に混合層を冷やしますが、ベーリング海や南大洋では混合層の下に中暖水と呼ばれる高温・高塩分の水があり、それが混合層に入ってくるため、混合層を温める効果があります。

図3:(上)ベーリング海南西部(北緯55-60度・東経160-173度)で混合層に取り込まれた(オブダクトした)水塊の移動経路。2014年の例。(下)当該海域でオブダクトした水の量(黒線)。青線は南ルートで入ってきた水の量を示す。

ベーリング海南西部は海洋内部から表層に取り込まれる水の量が多く、長期の気候変動を考えるうえで重要な海域の一つであるという指摘もあります。 この海域でオブダクトする水塊がどこから来たのか追跡したのが図3です。この海域に流れてくる水は、基本的にアラスカ湾から来るものが多いのですが、一部はアラスカ湾を経由せず、アリューシャン列島の南方から北上してこの海域に達します。 そして、東方から来る水と南方から来る水の割合は年によって大きく変化します。2013年以降はベーリング海の冷却が弱まったために海洋内部からオブダクトする水の量が減っていることもわかります。 アルゴフロートによる観測データはまだ水温と塩分しか充実していないため、二酸化炭素や栄養塩などの輸送量を見積もることはできませんが、海洋生態系や気候変動に影響を与えるこれらの要素も同様に大きく変動している可能性があります。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:Kawai, Y., S. Hosoda, K. Uehara., and T. Suga (2021), Heat and salinity transport between the permanent pycnocline and the mixed layer due to the obduction process evaluated from a gridded Argo dataset. Journal of Oceanography, Vol.77, No.1, pp.75–92 https://doi.org/10.1007/s10872-020-00559-1