更新日:2022/12/12

温暖化時の下層雲量減少は雲頂大気混入にもとづく指標で説明できる

カリフォルニア沖・ペルー沖などの亜熱帯海洋上や、北太平洋・北大西洋・南大洋といった中緯度海洋上には、下層雲(雲頂が高度約3kmより低い雲)が広く分布しています(図1)。下層雲は海面に比べて太陽光を効率よく反射するため、地球を冷やす効果を持ちます。このことは、地球温暖化を考える上でも非常に重要になります。温暖化時に下層雲の被覆率(雲量)がどの程度増加あるいは減少するかに依存して、温暖化がどの程度抑制あるいは増幅されるのかが変わってくるからです。しかしながら下層雲は複雑な物理過程の微妙なバランスで形成・維持されているため、気候モデルによる再現や予測が難しく、温暖化予測の不確実性の主要因となっています。

図1:船舶観測による下層雲量の北半球夏季(6–8月)気候値。 (Kawai et al., 2019)

下層雲量は大気下層の安定度(高度約3kmと地上付近の気温の差が指標となる、差の絶対値が小さいと安定度が高い)が高い場所で多いことが知られています。亜熱帯や中緯度の海洋上は、まさにそのような場所です。大気が不安定になると対流が生じて雲ができるという一般的な雲の発達過程とは異なり、下層大気は安定であるほど、その中の水蒸気は上空に逃げにくくなり、湿度の高い状態が維持されるため、下層雲量は大きくなるのです。実際に、高度約3kmと地上付近の気温から求められる下層大気の安定度の指標が、下層雲量と全球的に強い正相関を持つことが観測的に確かめられています(図2A, C)。気候モデルで予測される温暖化時の気温や湿度の変化は、下層雲量の変化よりも比較的信頼性が高いため、このような指標を用いることで、より信頼性の高い下層雲量の変化が推定できると期待されます。しかし、多くの気候モデルでは、温暖化時にこの安定度指標が増加するにもかかわらず、下層雲量は減少していることが明らかになりました。観測から得られた両者の正比例の関係に反して、温暖化時の変化の符号は一致しておらず、近年大きな議論となっていました。

図2:(上段)再解析データERA-40による(A)従来の安定度指標および(B)雲頂大気混入にもとづく新指標の北半球夏季(6–8月)気候値。(Kawai et al., 2019) (下段)南北緯度60度以内の海洋上における、下層雲量と(C)従来の安定度指標および(D)雲頂大気混入にもとづく新指標の頻度分布。下層雲量および両指標は緯度経度5度×5度格子での季節平均気候値。各図に相関係数と回帰直線を合わせて示す。 (Kawai et al., 2017)

こうした中で、私たちは下層雲量の新しい指標を2017年に提案し、従来の安定度指標と同様に、下層雲量との間に全球的に強い正相関があることを観測データから示しました(図2B, D)。従来の指標が気温(安定度)のみに着目していたのに対し、私たちの指標は湿度も勘案したことが新しい点です。一般に、雲層(雲頂)よりも上の乾いた大気が下層雲内に取り込まれると、その空気塊に雲粒が蒸発して冷却されることで負の浮力が生じ(重くなり)、雲層が消滅してしまうことがあります。私たちの新指標は、この雲頂大気混入(雲頂エントレインメント)の発生基準の式にもとづいています。具体的には、上空の大気と雲のある下層大気の湿度差(高度約3kmと地上付近の水蒸気量の差)が大きいほど雲粒が蒸発しやすい(下層雲が消滅しやすい)傾向と、下層大気の安定度(従来の推定指標)が高いほど上空の乾いた大気が雲内に入り込みにくい(下層雲が消滅しにくい)傾向の、両方を合わせて評価した指標になっています。

図3:温暖化実験(amip-future4K: 現在気候の海面水温分布に対して、大気海洋結合実験で得られた温暖化時の昇温分布を全球平均4℃に規格化して加えた条件で実施した大気実験)と現在気候実験(amip: 現在気候の海面水温を与えた大気実験)の差:(A)下層雲量、(B)従来の安定度指標、(C)雲頂大気混入にもとづく新指標。15の気候モデルによる年平均気候値のアンサンブル平均。南北緯度40度以内で上層雲量気候値20%未満の海洋上を解析対象領域とし、15モデル中12モデル以上で解析対象と判定された領域のみを表示している(それ以外は灰色)。黒点は12モデル以上で変化の符号が一致している領域を示す。 (Koshiro et al., 2022)

本研究では、この新指標を用いて温暖化時の下層雲量の減少が説明できるか、最新の気候モデルによる温暖化実験結果を用いて検証しました。その結果は図3に示すように、新しい指標が温暖化時の下層雲量減少をよく説明できることがわかりました。下層雲の卓越する5つの領域(北東太平洋、南東太平洋、北大西洋、南大西洋、南インド洋)のいずれでも、下層雲量の減少が広く見られます(図3A)。一方、従来の安定度指標は全域で増加しており(図3B)、先行研究の指摘のとおり、下層雲量の変化と大きく異なります。ところが、新指標の変化は下層雲量の変化の符号と整合的で、分布も非常によく一致していることがわかりました(図3C)。

この新指標による推定では、その定義から、下層雲量の変化を安定度の寄与と湿度差の寄与に分けて理解することができます。このうち湿度差は海面水温に強く影響を受けるので、海面水温変化の寄与とも解釈できます。さらに、新指標から推定される下層雲量変化は、モデルが実際に予測した下層雲量変化に比べてモデル間のばらつきが非常に小さく、温暖化時に下層雲量がほぼ確実に減少することを示しており、温暖化時の下層雲量変化の不確実性の幅をも狭められることがわかりました。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
Koshiro, T., H. Kawai, and A. T. Noda, 2022: Estimated cloud-top entrainment index explains positive low-cloud-cover feedback. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2200635119. https://doi.org/10.1073/pnas.2200635119

参考文献:
Kawai, H., T. Koshiro, and M. J. Webb, 2017: Interpretation of factors controlling low cloud cover and low cloud feedback using a unified predictive index. J. Climate, 30, 9119–9131. https://doi.org/10.1175/JCLI-D-16-0825.1
Kawai, H., S. Yukimoto, T. Koshiro, N. Oshima, T. Tanaka, H. Yoshimura, and R. Nagasawa, 2019: Significant improvement of cloud representation in global climate model MRI-ESM2. Geosci. Model Dev., 12, 2875–2897. https://doi.org/10.5194/gmd-12-2875-2019