更新日:2021/06/25

中緯度海洋が梅雨前線と梅雨期豪雨に及ぼす影響

近年日本では, 令和2年7月豪雨, 平成30年7月豪雨, 平成29年7月九州北部豪雨など, 記録的な雨量に伴う災害が 梅雨期に頻発しています. 顕著な豪雨の原因となる水蒸気の大半は海面からの蒸発によって供給されることからも 推察されるように, 海洋の変動は豪雨の強度や規模に多大な影響を及ぼす可能性があります. 最近の研究によって, 複雑に変動する中緯度の海面水温分布が, 熱帯とは異なる形で梅雨前線および梅雨期の豪雨に影響を及ぼすことが 明らかになってきました. ここでは,中緯度海洋が梅雨前線や梅雨期豪雨に及ぼす影響を調べた私たちの研究成果を 紹介します.


図1をご覧ください. 赤道から北緯25度くらいまでは水温がおおよそ30℃で一様な分布になっていることが分かり ます(図1b). 一方北緯25度以北の中緯度になりますと,水温は一様ではなく北へ行けば行くほど冷たいという, 水温の南北変化が顕著になります (おおよそ100 km あたり1℃の変化) . さらに中緯度におけるもう一つの特徴として, 海流などの影響によって, 水温が複雑に変化していることが挙げられます.

図1 (a) 色は2020年7月4日午前3時における地表面から300hPa面まで鉛直積算した水蒸気量を示し, 矢印は鉛直積算した水蒸気輸送量を示します. (b) 色は海面からの蒸発量を, 実線は海面水温を示します (©日本流体力学会).

一方, 日本近海は熱帯と比較して海面水温が低く, さらに晩春から初秋にかけては海面水温と気温の差が小さいことから, 台風のような非常に強い風が吹く場合を除けば, 日本近海が梅雨期を含む晩春から初秋の季節の大気に及ぼす影響は 大きくないと考えられてきました.


図1は, 令和2年7月豪雨発生時の2020年7月4日の日本時間午前3時における, 大気中の水蒸気とその輸送量, および地表面と 海面からの蒸発量を示しています. ベンガル湾や南シナ海といった熱帯の海における顕著な蒸発とそれに伴う熱帯から 日本列島への水蒸気輸送の様子が明瞭に示され,熱帯海洋の影響の大きさが伺われます.


一方, このような熱帯主導の見方だけでは梅雨期豪雨の特性を理解するためには十分でなく, 中緯度海洋の影響を 考慮することが重要であることが最近の研究で明らかになってきました. 九州地方では梅雨最盛期の6月ではなく, 梅雨明け直前の7月中旬以降に、甚大な豪雨災害が発生することが以前から疑問とされていました. 我々は以前, 平成24年7月九州北部豪雨を対象とした数値シミュレーションを行い, 梅雨明け直前の東シナ海の海面水温の 急激な上昇に伴う蒸発量の増加が, 梅雨末期の九州西方の集中豪雨の発生に重要であることを指摘しました.

図2 平成30年7月豪雨のシミュレーションにおいて, 東シナ海の蒸発を遮断した場合の 3日雨量 (2018年7月5~7日)の減少率 (%) (©日本流体力学会).

図2 は, 平成 30 年 7 月豪雨を対象に, 東シナ海の蒸発の影響を調べた数値シミュレーションの結果です. このシミュレーションにおいて, 東シナ海からの蒸発を遮断すると, 2018年7月5 ~7日の3日降水量は, 場所によっては70%以上の大幅に減少率を示します. この結果は,豪雨発生時に特徴的な, 水蒸気から水滴への 変化を含む対流の特性と深い関わりがあります. 熱帯から日本列島に向かって吹き込む気流は気温の鉛直分布だけを 考えると安定であり,そのままでは対流を起こすことができません. しかしながら, 対流圏下層において水蒸気が 水滴に変わる際に発生する熱によって気温が上昇すれば,大気が不安定な状態となって対流が発生し強い降水を もたらすことが可能となります.


以上の結果は, 熱帯と比較して決して大きくはない日本近海における蒸発が,熱帯から運ばれてくる温かく 湿った空気の不安定性度を維持する上で非常に重要な働きをしていることを示しています. このことは, 平成23年5月と平成24年6月に私たちが東シナ海で行った現地観測でも確認されています.

近年の研究から,日本近海は全球規模で見ても海面水温の上昇率が前世紀100年間で最も大きかった海域 であることが示されています (図3). このような海面水温上昇が豪雨に及ぼす影響を調べることは, 地球温暖化が豪雨に及ぼす影響を評価するという観点からも大変重要です.

図3 1905~2005年の100年間の海面水温の変化. 黒点は危険率5%で統計的に 有意な変化であることを示します (©日本流体力学会).

これまで行われた気候モデルによるシミュレーションは, 日本近海の海面水温が今後も上昇を続けることを 示唆しています. そうなった場合, 水温上昇が豪雨に及ぼす影響はどの程度になるでしょうか. 私たちは以前, 平成24年7月九州北部豪雨と同様の豪雨が, 今世紀末に予想されている日本周辺海域の水温・気温上昇のもとで 発生したとしたらどの程度雨量が増えるかという問題を, シミュレーションによって調べました(図4). その結果, 雨量は30~40%増加するとともに, 雨量の変化には東シナ海におけるわずかな蒸発の変化が極めて重要な役割を 果たしていることが明らかになりました. このような海洋温暖化が豪雨に及ぼす影響に関しても, 現在本プロジェクトで 活発に研究が行われています.

図4 平成24年7月九州北部豪雨のシミュレーション結果 (7月11~14日の4日雨量). 左は再現実験, 右は2090年代末の条件でシミュレーションした場合の結果 (©日本流体力学会).

2020年7月3日から7月31日にかけて発生した令和2年7月豪雨は, 熊本県を中心に九州や中部地方など日本各地に 甚大な被害を及ぼしました. この豪雨では, 梅雨前線が日本付近において非常に長く停滞したことが被害を 大きくした一つの要因と推察されています.


私たちは,以前, 九州付近における梅雨前線の停滞に,黄海の低い海面水温によって冷やされた海面付近の 冷気層で形成される寒冷高気圧が維持されることが重要であることを見出しました. そして,この高気圧を 黄海高気圧と名付けるとともに (図5), 平年では7月中旬から下旬にかけて黄海高気圧が衰退すると 梅雨明けとなることを示しました.

図5 2020年7月1日日本時間9時における気象庁天気図.黄海高気圧を シアン色の閉じた等圧線で示しています (©日本流体力学会).

この研究成果を踏まえると,令和2年7月豪雨の長期化をもたらした梅雨前線の停滞要因の一つとして, 黄海高気圧の維持期間が長かったことが考えられます.実際,2020年の7月は,黄海の海面水温が例年より 1−3℃ほど低く,黄海高気圧がより長期間維持されやすい条件が整っていました.


図6は,黄海の経度帯である東経120-125度で平均した緯度時間断面における降水強度,地表面南北収束量, 天気図から読み取られた梅雨前線の緯度の位置を示します.特に降水量が多かった九州付近の 東経130度における梅雨前線の位置を追跡すると,7月3日から29日まで北緯30度から35度の緯度帯内に 15日以上停滞し続けているます.通常の九州地方では7月中旬に梅雨明けとなるのに対して,2週間ほど 梅雨明けが遅くなっていました.その結果,100 mm/日を超える非常に強い降水強度の領域が九州地方に 固定されています.また,通常7月に入ると上昇していくはずの黄海の海面水温が低いままだったため, 黄海高気圧が長期間維持され,梅雨前線が北上できずに停滞し続けたと考えられます.

図6 東経120-125度で平均した2020年7月の一か月間における各緯度における 降水強度(mm/日)の変化を色で, 風の南北成分の収束量 (1/s×10-5)の変化を黒等値線で示しています. 緑,赤,青の三角は,それぞれ梅雨前線,温暖前線,寒冷前線の緯度を示します. 赤字のLの記号は 低気圧の通過を意味し,青い南北の実線は,天気図上で等値線が閉じた明瞭な黄海高気圧が現れた緯度を 示しています.紫と赤の右向きのブーメラン形の記号は,それぞれ平年および2020年の梅雨明けの日付を, 北緯27.5-29度 (奄美),北緯31-32.5度 (南九州), 北緯32.5-34度(北九州)の各緯度帯について 示しています (©日本流体力学会).

以上の結果は,令和2年7月豪雨において,南方海域の海面水温が高かったことによる水蒸気流入量の 増加に加え,黄海の海面水温が著しく低かったことが,梅雨前線の停滞が降水の集中化に寄与していた 可能性を示しています.


図1に示しましたように,中緯度は熱帯と異なり海面水温が南北に急変する海域です. 南方の暖水は 熱帯から運ばれる湿潤気流の不安程度の維持に重要な役割を果たす一方, 北方の冷水は梅雨前線の停滞を 促します. したがって, 海面水温と豪雨の関係を解明していく上で,水蒸気量増大をもたらす南方の 高い海面水温だけではなく,前線停滞を長期化させる北方の低い海面水温にも注目する必要があります.


ここでは中緯度海洋が豪雨に及ぼす影響を調べた私たちの研究成果について紹介させていただきました. 日本近海の海面水温は世界最強の海流である黒潮の影響を強く受けるとともに, 東シナ海, 日本海における 特徴的な海洋循環からも大きな影響を受けています. 前述のように, 日本近海は今後急速に温暖化が 進むことが最近の気候モデル結果から示されている一方, そのような水温上昇のメカニズムについて 充分に明らかにされていないことから,本プロジェクトの一環として現在活発に研究が行われています. また, 日本近海の海面水温の将来変化やそれに伴う豪雨の雨量や発生頻度の変化に関する定量的評価に 関して, 予測の不確実性が大きいと考えられています. 海面水温変化のメカニズムだけでなく, その変化に伴う降水メカニズムの変化など, 不確実性を減じるために解明すべき問題が数多く残されており, これに関しても現在本プロジェクトで精力的に研究が進められているところです. 


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
  • 万田敦昌・茂木耕作: 海水温と豪雨災害の関係について, ながれ, 40 (2021), 9-14.
  • Manda, A., Nakamura, H., Asano, N., et al.: Impacts of a warming marginal sea on torrential rainfall organized under the Asian summer monsoon, Sci. Rep., 4 (2014) 5741. https://doi.org/10.1038/srep05741
  • Kunoki, S., Manda, A. et al.: Oceanic influence on the Baiu frontal zone in the East China Sea, J. Geophys. Res., 120 (2015), 449–463. https://doi.org/10.1002/2014JD022234
  • Sato, K., Manda, A. et al.: Influence of the Kuroshio on mesoscale convective systems in the Baiu frontal zone over the East China Sea, Mon. Wea. Rev., 144 (2016) 1017–1033. https://doi.org/10.1175/MWR-D-15-0139.1
  • Moteki, Q., Manda, A.: Seasonal Migration of the Baiu Frontal Zone over the East China Sea: Sea Surface Temperature Effect, SOLA, 9 (2013) 19-22. https://doi.org/10.2151/sola.2013-005