更新日:2020/11/24

海の渦の活発・不活発の予測は可能か?

海には中規模渦と呼ばれる100㎞程度の大きさを持つ渦が広く分布しています(図1左)。なかでも、日本の南側の黒潮から、 それが銚子沖で日本から離れて北太平洋を東へ流れて行く黒潮続流と呼ばれる強い海流の周りは、 世界的にも屈指の渦の活動が活発な海域です(図1右)。こういった渦に伴って、 栄養に富んだ海水が日光の届く海面付近に運ばれ、植物プランクトンが発生し、それを食べる動物プランクトン、 更に大きな生物へと海洋の生態系にも影響していきます。また、黒潮続流の暖かい海水を取り込んだ渦が北側に進むと、 周りの海水より暖かいのでより多くの熱を海から大気へ放出することになります。このようにして、 渦は海洋の生態系や海と大気の関係にも影響することが、また海洋の中の構造や海流にも影響を与えることが、 近年の詳しい研究から明らかになっています。

図1:(左図)人工衛星観測された2019年1月の海面高度分布(単位はcm)。丸く閉じた等値線が渦を示す。 (右図)人工衛星観測から見積もった海洋中規模渦活動の強さ(単位は(cmsec-1)2)。1994年~2016年の平均。黒四角は黒潮続流の上流域(西側)と 下流域(東側)を示す。

このように色々な影響を及ぼす渦ですが、いつも同じようにあるわけではありません。渦一つ一つは徐々に移動して行きますが、 それに加えて、ある程度広い海域で見たときにも、そこにある渦が活発かどうか(渦が全体的に強いか、数が多いか)は 年によって変動します。黒潮続流の上流域(日本のすぐ東側)と下流域(その更に東側)で、 渦の活動の活発さの年々変動を図2に示しました。青い太線が人工衛星観測から計算したもの、 その他の10本の色々な色の細い線は海洋の渦も表現するシミュレーションの結果です。 (海洋研究開発機構のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を用いて計算したものです。)これらは、 観測に基づく風や気温・湿度、雨などの大気の状態を海面に与えて1965年から最近までの海洋の状態を シミュレーションしたものです。10種類のシミュレーションは、最初(1965年1月1日)の状態が ほんの僅か異なるだけです。そこに全く同じ大気の状態を与えて シミュレーションしているのですが、特に黒潮続流の上流域(図2上)では、このように全く異なる年々変動が現れます。 これは、(少なくともこのシミュレーションの海では)この海域の渦の活動の強さが、大気の変動ではなく、何か他の原因で決まっていることを示しています。

図2:黒潮続流の (a) 上流域、(b) 下流域で平均した渦活動の強さの年々変動。 青太線は人工衛星観測から見積もったもの、10本の色細線はシミュレーション結果。黒太線は10のシミュレーション結果の平均。 黒潮続流の上流域、下流域の海域は図1に示している。

海の中規模渦は大まかには以下のような仕組みで発達します。黒潮続流のような強い海流があると(北半球では) 流れの向きの右手に暖かい海水、左手に冷たい海水が分布して南北に水温の違いが出来ています。 暖かい海水の方が冷たい海水より軽いので、条件が整うと南の暖かい海水の下に北の冷たい海水が潜り込もうとし、 北の冷たい海水の上に南の暖かい海水が乗っかって行こうとします。このような動きに伴って渦は発達して行きます。 つまり、条件が整うと渦は勝手に発達して行きます。このため、図2上のように、全く同じ大気の状態を海に与えても、 渦の活動の強さが異なるということも起こり得るのです。その結果として、シミュレーションが 観測結果とも良く合わない、ということにもなります。渦の活動の強さが年々どのように変動するかが 風の変動など外部的な条件に関係なく勝手に決まってしまうので、この変動を予測することも根本的に 困難ということになります。
ところが、黒潮続流の下流域の渦の活動の年々変動(図2下)をみると、10のシミュレーション結果がかなりよく 一致していることが分かります。これは、この海域では渦の活動が大気の状態でかなり決められているということを 示しています。その10のシミュレーションの結果の平均を示す黒い太線は、観測結果(青い太線)とも かなり良く一致することが分かります。(ただ、2010年付近から大きな差が出来ています。この原因はまだ不明です。) 詳しい解析から、この海域の渦の活動の強さは、この海域の海流の強さと強く関係していることが分かりました。 海流の強さは風の吹き方の影響を強く受けますので、それを通じて大気の状態が渦の活動に影響しているものと考えられます。

さて、この風の吹き方が海流に与えた影響は、大きなゆっくりとした波となって、北太平洋の中央部から西へ向かって伝播し、 数年かかって日本の東方へたどり着きます。この伝播の様子を、黒潮続流下流域の渦の活動と海流の速さの間の関係から見ることが出来ます。 図3aから、渦の活動が強い年に日本の東方の黒潮続流が速く(海流が速い海域を暖色で示しています)、 それに伴って渦活動が強くなっていることが分かります。図3bでは、その2年前の海流の強さとの関係、 図3cでは4年前の海流の強さとの関係を描いています。渦の活動と関係する強い海流(暖色)の海域が年を遡るにつれてより東側、 北太平洋の中央部に見えていることが分かります。つまり、風の変動によって引き起こされた速い海流の状態が、徐々に西へ向かって伝播し、 4年後に黒潮続流の下流域にたどり着いたとき、そこでの渦の活動が強まっていることが分かります。実際、シミュレーションの中の 北太平洋中央部の海流の速さと、その4年後の黒潮続流下流域の渦の活動の年々変動を重ねて(4年分ずらして)描くと(図3d)、 かなり良く一致することが分かります。これはシミュレーションの結果ですが、人工衛星観測から計算した流速と渦活動の間にも同様の関係が見られました。 ただし、人工衛星観測はまだ期間が限られるために、はっきりとした結論を得ることが出来ません。もうしばらく観測データの蓄積を待つ必要があります。

図3:(a-c) 黒潮続流下流域(パネルaの黒四角の海域)で平均した渦活動の強弱と海流の速さの相関分布。 渦活動と (a) 同じ年、(b) 2年前、(c) 4年前の流速との相関。(d) 黒潮続流下流域の渦活動の年々変動(赤線)と北太平洋中央部(白四角の海域)で 平均した海流の速さの年々変動(4年ずらして、4年後の渦活動と重なるように描いている)。

この研究から、基本的には勝手に発達する海洋の渦の活動の強弱についても、 海域によっては大気の変動の影響を強く受けていて、それを上手く活用すると、 4年先の渦活動の強弱を予測することが出来る可能性があることが示されました。 はじめに書いたような渦の様々な影響を考えると、渦活動の強弱が数年前から予測出来ることは 大きなメリットをもたらすと期待されます。そのような予測に挑戦する予測システムの開発を進めて行きたいと考えています。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください: Nonaka M, Sasaki H, Taguchi B and Schneider N (2020): Atmospheric-Driven and Intrinsic Interannual-to-Decadal Variability in the Kuroshio Extension Jet and Eddy Activities. Front. Mar. Sci. 7:547442. https://doi.org/10.3389/fmars.2020.547442