「陸の海ごみ」展を振り返るーシミュレーション映像作品公開

 


 

藤元明 : 陸の海ごみ ー Marine Garbage of Land

2019.10.4 ー 2019.11.14 at Gallery A4 [JAMSTEC後援]

 


 

写真作品 藤元明「陸の海ごみ」展より

 

 

私たちはどうのように行動すればいいのか
ごみで埋め尽くされる海、漁網に絡まるウミガメ、クジラや海鳥のお腹に詰まったプラスチック、貝から検出されるマイクロプラスチック。メディアから発せられるショッキングなイメージの数々。氾濫する莫大な情報の渦の中で、私たちの思考はどれだけ自由でいられるだろうか。

海ごみの悲惨な状況がフォーカスされたことで人々の意識は高まったが、「海ごみ問題を解決せよ」という命題に対して、果たしてそれだけで足りるのだろうか。そもそも何を以って解決というのだろうか。海ごみ問題は大量消費社会への疑問を投げかけたが、現代社会の安定が大量消費の上に成り立っているのもまた事実。海ごみ問題はゴミ削減問題を超えた、社会のあり様を問う極めて難しい問題として我々の前に立ちはだかる。

価値観や思想が時代と共に移ろう中で、この問題もいっときの流行りとしてたち消えてゆくのだろうか。推進派と懐疑派の対立は問題の本質への接近を妨げ、我々がとるべき最も正しい行動は見つからないまま、物事は絶えず先送りされて行く。

 

数値シミュレーションが見せる世界
社会課題において科学知見は強力なエヴィデンスを与える。エヴィデンスが特定の目的に沿った文脈上で成立するのに対して、科学知見そのものはそれとは無関係に存立する。「陸の海ごみ」 展のシミュレーション作品は、見る人によって、海ごみの惨状、眩い砂金、あるいは、高度なテクノロジーと映る。しかし、それ自身は数式とコンピューターからできた無表情なパネルに過ぎない。

このシミュレーション作品には、1970年から2070年までの海洋プラスチックの漂流が描かれている。海洋へのごみの流出データは、Jambeck et al. (2015)に示されている海洋ごみ流出国トップ20が参照されている。主要流出国の川から海に出たプラスチックは海流に乗って外洋へと広がる。外洋では、偏西風が東に向かって吹き、貿易風が西に向って吹く。この風に表層の海は動かされるが、流れの方向に対して右向き(南半球では左向き)にコリオリ力が働くため、海洋ごみは偏西風と貿易風の間に集まる。実際は、これにストークスドリフトと呼ばれる波浪由来の流れが加わる(Iwasaki et al. 2015, Onink et al. 2019, Isobe et al. 2019)。このような物理的作用によって、海に出たプラスチックは巨大なパッチを形成し、あるものは表層を漂い続け、あるものは海底に沈む (沈む機構は未解明な点が多い)。本シミュレーション作品では、2050年に石油が枯渇するという恣意的な想定をし、プラスチックの海への流出が止むように設定されている。皮肉にも、流出が止まっても海からごみが消えることはない。

このように説明すると、なんとなく海ごみの性質が分かった気になる。しかし、シミュレーション作品で実際に計算されているのは、海ごみの漂流ではなく、全球海洋をマス目に区切った座標上の点の移動にすぎない。つまり、シミュレーションが描き出しているのは、水の性質であって、 ごみの性質ではない。“それがプラスチックごみである”というためには、シミュレーション上の粒子に何かしらの「プラスチックごみらしさ」を与えなければならない。詳細な観測によって、 最近のシミュレーションでは、単位体積中の濃度や海底への沈降時間などの形で、ごみとしての性質が表現できるようになってきたが(Isobe et al. 2019)まだ課題もある。

 

科学と社会のつながり
世界が「不都合な真実」に気づいて以降、グローバルに進む様々な地球環境の危機に社会の関心は高まり続ける。この流れの中で、科学には世界規模の社会課題への貢献が求められ、現状把握と影響評価を主体とするアセスメント研究が広く展開されてきた。その一方で、数々のノーベル賞授賞者が科学の発展における基礎研究の重要性を指摘してきた。社会に役立つアセスメント研究と即効性の期待できない基礎研究は、世界の社会課題において両立できないのだろうか。

しかし、形も重さも固さも様々なプラスチックが海の中で崩壊し広がる過程について、我々はどの程度の知識を持ち得るのだろうか。海ごみ問題は、アセスメントの域にない物理的に難しいクエスチョンを併せ持つ。また、「プラスチックは海の物理的作用によって分解される」という説明は、「海の物理的作用はプラスチックを分解する」という能動的表現としても成り立つ。このことは、海ごみ問題を通した海の理解の深化の可能性を意味しないだろうか。

科学は社会課題を通して我々の前に顔を出す。科学は、客観的・普遍的なやり方で自然を記述する試みであり、その中では、アセスメント研究と基礎研究はつながりを持って存在する。両者が互いにドライブし合うことで科学は発展し、アセスメントの幅も広がる。科学の社会的役割は警笛を鳴らす以外にもあり得る。社会課題の科学的部分がどのように体系化されていくかを示すことも、人々が科学と社会のつながりを理解し、深く思考するために役立つのではないだろうか。

海ごみ問題は様々なことを私たちに気づかせてくれる。

「陸の海ごみ」制作協力者

青木 邦弘

 

今回のシュミレーション作品はアーティスト藤元明(とサイエンティスト青木邦弘)との共作であり、展覧会での役割として、アーティストが構成する抽象的な「海ごみ」のイメージ表現とリアリティーとして補完関係にある。一方で、シュミレーション映像はアーティストのコンセプトに寄せた極めて恣意性が高い設定で、リアリティーを抽象化している。それら科学とアートの相関関係は、見るものへの「問い」の強度を高めるために話し合い作品化された。