相模湾初島沖、深さ1,344mの海底の様子。白いものはレジ袋。

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海にやさしい素材ってどんなものだろう?——海で分解される素材開発の最前線——

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磯部 紀之

海洋機能利用部門 生物地球化学センター
有機分子研究グループ 副主任研究員
NEDOのムーンショット型研究開発事業(目標4)の一環で、
紙やコットンを構成する「セルロース」を使った海にやさしい素材を研究している

深海底にもプラスチックごみがたくさん

写真。魚越しにプラスチックのレジ袋が5つ落ちている。

この画像は、相模湾初島沖、深さ1,344mの海底の様子です。白いものはレジ袋です。海底を漂うたくさんのレジ袋の横を、魚が泳いでいます。この画像が撮影されたのは1999年ですから、もう20年以上前です。この当時、海洋プラスチックごみはまだ大きな社会問題にはなっていませんでした。

次の画像は、2019年、房総半島沖の深さ5,721mの海底で撮影されたものです。5,000mを超える深海底にも、使い捨てプラスチックがごみとなりたくさん沈んでいることが分かってきました。

写真。目の前にひも状のプラスチックごみが落ちている。

プラスチックごみは、海底に沈んでいるだけでなく、海面に浮いているものもあります。なぜプラスチックがごみとなり、世界中の海を汚して大きな問題になっているのでしょうか。

プラスチックの長所は、耐久性があることです。しかし、あまりに丈夫なため、ごみになってしまうのです。プラスチックの多くは石油からつくられていて、微生物によって水と二酸化炭素に分解されることがありません。また、プラスチックは紫外線や熱によって劣化し、粉々に砕けます。小さくなると肉眼では見えにくくなりますが、なくなったわけではありません。その結果、プラスチックは環境中にずっと残ってしまうのです。

プラスチックを使うのをやめてしまう

では、プラスチックごみの問題を、どのように解決していけばよいのでしょうか。いろいろな意見があると思いますが、「プラスチックを使うのをやめてしまえばいい」「プラスチックが海に流れ出ないようにすればいい」「海の生き物が食べても平気なプラスチックをつくればいい」というのが代表的なものでしょう。この3つについて、順に考えていきたいと思います。

まず1つ目は「プラスチックを使うのをやめてしまえばいい」です。今は身の回りにたくさんのプラスチックがありますが、プラスチックを使っていない時代がもちろんありました。190年ほど前の江戸時代、夕立の中を往来する人々を描いた歌川国芳の『東都御厩川岸之図』を見てみましょう。

浮世絵。雨の中、川岸を往来している男性が5人。うち左側の3人は身を寄せ合いながら一つの番傘をさして歩いている。三人とも傘で顔は見えない。真ん中には竿をもっている男性。傘はささず左側へ向かって歩いている。一番右にいる男性は一人で番傘をさして左へ向かって歩いている。傘で顔は見えない。
歌川国芳『東都御厩川岸之図』
東京国立博物館提供(研究情報アーカイブズ https://webarchives.tnm.jp)

傘を差している人がいます。これは、油紙を木の骨組みに張った番傘と呼ばれるものです。左の番傘には「大和屋」と屋号が入っていますから、店で貸し出しているもの、つまりシェア傘です。傘は高価なもので大切に使われ、破れてしまった傘を下取りする古傘買いという商売がありました。古傘買いは油紙を張り替え、新しい番傘として売ります。また、はがした紙も包装紙として売ったそうです。

これはつまり、190年ほど前の日本では天然の素材のみでものをつくり、さらにリサイクルをすることで資源が循環する社会を実現していたのです。私たちが江戸時代の生活に戻るのは難しいですが、マイバッグを使ってレジ袋をもらわない、マイボトルを持ち歩いてペットボトル飲料を買わないなど、プラスチックの使用量を減らすことはできるでしょう。

プラスチックが海に流れ出ないようにする

2つ目の「プラスチックが海に流れ出ないようにすればいい」というのは、海に流れ出ないようにごみを集めて回収し、リサイクルしてもう1回使おうというものです。

リサイクルされている代表的なプラスチックといえば、ペットボトルです。ペットボトルはポリエチレンテレフタレート、略してPETという単一の素材からつくられています。そのため、ペットボトルを集めて粉々にしてもう一度成形すれば、新しいペットボトルをつくることができます。

しかし、多くのプラスチック製品の場合、複数の素材が混ざっています。それをリサイクルするには、まず素材ごとに分ける必要があります。しかし、素材を分けるには手間やエネルギーがかかるため、費用がかさみます。「環境にやさしいのであれば多めにお金を払ってもいいよ」と考える人が増えつつありますが、さすがに値段が何倍にもなったら誰も買わないでしょう。

最近、プラスチックのリサイクルでトレンドになっているのが、アップサイクルです。ごみを集めて同じものをつくるのではなく、「元の製品より価値の高いものをつくりましょう」という考え方です。例えば、ビーチに落ちているプラスチックごみから芸術作品をつくったりすることをいいます。しかし、アップサイクルによってリサイクルされるプラスチックの量は限られています。

そうした中、ドイツの研究者が最近、リサイクルしやすいプラスチック素材を開発しました(Häußler et al., 2021, Nature)。この新素材は、プラスチック製品によく使われているポリエチレンに似た性質を持ち、しなやかで加工しやすく、3Dプリンターで好きな形に加工することができます。しかも、いろいろなプラスチック素材と混ざっていても、アルコールにつけて約120℃に加熱すると、この新素材だけを取り出すことができます。回収率は99%以上で、それを使って新しい製品をつくることが可能です。この新素材がプラスチックのリサイクル問題を一気に解決するかもしれないとして注目されています。

海の生き物が食べても平気なプラスチックをつくる

3つ目は「海の生き物が食べても平気なプラスチックをつくればいい」です。生物が食べることができて、最終的に水と二酸化炭素にまで分解されるプラスチックを、生分解性プラスチックといいます

これまでにさまざまな生分解性プラスチックが開発されていますが、直近の研究例をご紹介します。北陸先端科学技術大学院大学の金子達雄教授のグループは、天然素材を原料に動物の胃の消化酵素で分解されるナイロンを開発しました(Ali and Kaneko, 2021, Advanced Sustainable Systems)。ナイロンは丈夫なことから、漁網や釣り糸にも使われています。しかし、生物が誤って食べてしまうことが問題になっていました。この新しいナイロンは、従来のナイロンより熱に強く、強度が高いため、漁網や釣り糸にも使えます。そして、生物が誤って食べてしまっても胃で分解されるので、安心です。

また、東京大学の岩田忠久教授のグループは、ポリ乳酸に注目しました。ポリ乳酸は生分解性プラスチックの一種ですが、生分解のためにはコンポストが必要で、通常の環境条件では生分解速度が遅いことが課題でした。そこで工夫を重ね、ポリ乳酸を分解する酵素をポリ乳酸に混ぜ込んで成形加工することに成功しました(Huang et al., 2020, Biomacromolecules)。使っているときは丈夫ですが、捨てられて壊れ始めると、酵素の働きであっという間に分解されていきます。これは「自己分解型の生分解性プラスチック」と呼ばれ、大きな注目を集めています。

木からプラスチックの代替素材をつくる

次に、私の研究を紹介しましょう。私は、プラスチックの代わりになる、海の生き物が食べても平気な素材をつくろうとしています。まず、海にある天然のものからつくれば、海の生き物にもやさしいはずだと考えました。海にはいろいろなものがありますが、私が注目したのは木です。海には陸から流れてきた木がたくさん沈んでいて、木は微生物によって分解されます。

木からできている素材といえば、一番身近なのは紙です。木を砕いたチップを精製・漂白して加工したものが紙です。最近はプラスチックの使用を減らすため、紙製のコップやストローが使われるようになってきました。しかし、紙にも欠点があります。プラスチックは透明なものがありますが、紙は不透明なため中身が見えません。透明な紙、しかも厚さのある板紙をつくることができたら、プラスチックの代わりに使えて、生物にやさしい素材になるのではないかと考えました。

そこで木から透明な板紙をつくることを目標に研究開発を始めたのですが、これがなかなか難しいのです。プラスチックの利点は、丈夫なことに加え、熱をかけて曲げればいろいろな形にできること。ところが、木からつくった素材は成形加工性が低く、いろいろな形にすることが難しいのです。

試行錯誤の末、ようやく透明な板紙をつくることに成功しました。粉末状の紙を用意し、それを溶かして固めてつくります。2mmの厚さまでの板紙をつくることができて、のこぎりで切ることも可能です。

3枚の写真。順に粉末になった紙、黄色い液体、半透明の板が映っている
透明な板紙のつくり方

プラスチックのポリプロピレンやポリカーボネートと並べても、見分けがつきません。しなやかで、複雑な形にも加工できます。紙パックと同じようにプラスチックのフィルムを貼ると、熱々のコーヒーを入れることもできます。フィルムを生分解性プラスチックにすれば、もし海に流れ出てしまっても分解されます。

写真
木からつくった透明な板紙

現在、特許申請をしながら、製造過程の簡素化と成形加工性の向上を進めています。また、製品化を目指し、連携してくれる企業を探しているところです。

「未来を支える新素材をつくろう」コンテスト開催中!

資源がぐるぐる回って、ごみとなることがない。そういう資源循環型社会が理想の社会であることには変わりがありません。しかし、それには資源を回収してリサイクルするという社会の仕組みづくりが必要で、すぐには実現できません。実現までの間どうしたらよいかについては、いろいろな意見があって、まだ答えは出ていません。答えは1つではないかもしれません。

今、世界中の研究者が、いろいろなアイデアや新しい素材を提案しています。そういったシーズと呼ばれるひらめきや発明の種について、メーカーは大量生産できるかなどの検討を行います。そして厳しい条件をクリアしたものが生産され、市場に出ていきます。そして、皆さんが購入して売れたものだけが市場に生き残り、未来まで残ります。

これはつまり、世界中で「未来を支える新素材をつくろう」というコンテストが行われているようなものです。そして、この新素材コンテストの審査員は、皆さんです。商品を買うときに、「これはどんな素材でできているのだろう?」「リサイクルできるのかな?」「環境にやさしい素材かな?」ということを少しでも頭に思い浮かべるだけで、審査に参加できます。お店の商品を手に取るとき、そういったことも考えていただけたらうれしいなと思います。

この記事は、JAMSTEC 50周年記念行事「ビーチ×サイエンス企画」オンラインセミナー「行方不明のプラごみを探しています」(2021年8月2日開催)をもとに作成したものです。

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