がっつり深める

研究者コラム

COP21と地球システムモデルによる研究とのかかわり

記事

総合的気候変動予測研究分野
羽島 知洋 技術研究員
河宮 未知生 分野長

 今後の温暖化対策とCO2排出削減に関する新たな国際的合意を目指すCOP21(The 21st Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: 気候変動枠組み条約第21回締約国会議)に、筆者の一人(羽島)が日本代表団のサイドイベント開催要員として参加してきました。私たちの主な目的は2015年12月4日にJAXA主催で開催されたジャパンパビリオンサイドイベント”Global Carbon Monitoring – Towards Modeling, Projection and Policy Decision”での講演です。このサイドイベントは地球全体の炭素循環に関する衛星観測研究を紹介することが主たる目的で、環境省、JAXA、NASA、国立環境研究所、およびJAMSTECからそれぞれ講演が行われました。JAMSTECでは気候変動リスク情報創生プロジェクトチームにおいて、陸域や海洋における生態系活動や炭素循環も扱うことのできる気候モデル「地球システムモデル」を開発しており、これを用いた温暖化予測研究について発表をいたしました。COP21ジャパンパビリオンのWebサイトに、私が参加したセッションの詳細や発表資料があります。(「炭素循環を考慮した気候変動の予測:地球システムモデル」)このプロジェクトチームで行っている研究内容やCOP21との関わりについては、本コラム後半で紹介します。

 COP21はあくまでも政府間交渉の場であるため、聴講者には研究者だけでなく政策決定者やメディア関係者もいたようです。印象的だったのは、アフガニスタンから来た方からの質問で、「あなたがた(=講演者全員)のグローバルな研究が私の国の問題とどう関係づけられるのか?」というものでした。これまで、私たちが取り組んできた全球スケールでの温暖化予測研究は、IPCCの評価報告書などを通して、政策決定やCOP21といった交渉における議論の土台(科学的知見)を提供してきた訳ですが、このようなニーズも今後増えていくことでしょう。それを象徴したコメントだったように思います。なお、NASAのKaye博士は、この質問に対し「より詳細かつ精度の高い全球情報を生み出すことを目指している。不断の努力とともにこれを目指し続ければ、ローカルなニーズにも同時に応えていけるはずだ」という趣旨の返答をしていたと記憶しています。

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(図1) COP21会場の正面エントランス

 以下では、COP21会場の雰囲気などをお伝えしたいと思います。COP21の会場となったル・ブルジェは、シャルルドゴール空港とパリ市の間に位置しており、サッカーの国際試合会場でも有名なサンドニ競技場の近くに位置します。正面ゲートから会場に入る(図1)と、会場内は複数の区画に分かれており、テレビでもよく映されていた本会議場だけではなく、実務者間交渉のための会議室区画、各国代表団の作業スペースやパビリオンのための区画(著者はこのパビリオンスペースで講演しました)、メディア向け区画やサイドイベント・展示用区画などがありました。本会議場や会議室区画では夜を徹した政府間交渉・調整が行われていました。なお、COP21に参加していた期間中は、実務者間による調整が主で、メイン会場での交渉を聴講する機会は残念ながら得られませんでした。
 一方で、サイドイベント・展示区画では一種のお祭り的な雰囲気もあり、活気あるイベントや展示などが行われていました。これらのサイドイベントはNGO団体や研究機関などによって催されており、温暖化問題に関して異なる国・立場から発せられるメッセージを多数聴くことができます。印象的だったのは海面上昇や干ばつといった気象災害に苦しむ島嶼部の人達の声です。彼らは、明らかに温暖化問題の最前線に立たされた人々であり、現在進行形で生活と文化が奪われているという切実な状況にあります。また、発展途上の国々は自国の経済発展や教育などが第一優先であり、CO2削減をするためには、先進国からの経済・教育・技術支援が不可欠であることを訴えています。近年目覚ましい経済発展をしている中国やブラジルなどは、化石燃料の使用を控えることはその発展の勢いを殺しかねず、難しい判断をせまられています。これらは、私たちが日本で暮らしている限りなかなか感じることは難しいですが、研究者もまたこのような実際の政府間交渉の場に居合わせたり、実際に気候変動で被害を受けている方々の生の声を聴く機会はなかなか無いものです。COP21の空気を肌で感じることができたのは、温暖化問題に関わる一研究者として有難い経験であったように思います。

 さて冒頭で触れた通り、JAMSTECでは、文部科学省「気候変動リスク情報創生プログラム」の支援を受けながら、陸や海の生態系によるCO2吸収といった生物活動なども含めて地球環境を包括的にシミュレートする「地球システムモデル」(ESM)を用いた気候予測に取り組んでいます。COP21の議論では、温暖化を2℃未満に抑えるために、あとどのくらいCO2を排出できるのかが重要な論点として話題に上りましたが、人間活動と気候、自然界のCO2吸収をつなぐことのできる「地球システムモデル」を活用することで、こうした評価が初めて可能になり、今後の開発でその精度が向上することが期待されます。最近では、CO2だけでなく窒素などの養分が生態系に取り込まれたりする過程を考慮すると、2℃目標達成のためのCO2排出量の評価が大きく変わってくる可能性が指摘されています(図2)。2021年までに出版が想定されているIPCCの次の統合報告書に向けては、そうした過程も取り込み高度化された「地球システムモデル」による評価を、JAMSTECを含めた世界各国の研究機関が提出する見込みです。

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(図2) 世界各国の研究機関の「地球システムモデル」による、将来の大気CO2増加に対する陸域生態系のCO2吸収量(陸域炭素貯留増加量)と純一次生産のレスポンスの関係。CO2吸収量は、モデル中での純一次生産増加量と深く関係し、また窒素循環を含むモデルと含まないモデルとでレスポンスが大きく異なることが分かる。なお、図中の”MIROC-ESM”がJAMSTEC/AORI/NIESで開発しているモデル。Hajima et al. (2014) より

 地球がどの程度温まりやすく、また温まっていく気候のもとで森林や海洋がどの程度CO2を吸収できるのか、という評価は、自然科学的に興味深いだけでなく、この評価がほんの少しずれただけで将来の温暖化対策の費用の見積が何倍にも変わってしまうほど、社会的にも重要な課題です。JAMSTECでは今後も「地球システムモデル」の開発に注力し、温暖化に立ち向かう社会に科学を通して貢献していきます。

 最後に、よく周囲の方々からも尋ねられるパリでの安全面について一言触れておきたいと思います。2015年11月に発生したテロ事件を受け、筆者もフランスへ行く前はそれなりにナーバスになっていました。ですが現地に着いてみれば、COP21の会場とその周辺の警備体制は非常に頼もしく、極めて安全に過ごすことができました。会場でのセキュリティレベルは、空港といった重要施設以上の水準でしたし、滞在したホテルのゲートにも頑丈な鉄柵が新設されていました(図3;しかもホテルでは重武装の警察官が常駐してくれていました)。

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(図3) 滞在したホテルエントランスに新設された鉄柵。出入りする際には左手にあるインターホンを通じてゲートを開けてもらう必要がある。

 今回パリ協定が合意されたことで、温暖化問題が解決したわけでは決してなく、解決に向けて国際社会がスタートを切ったことを意味するにすぎません。しかし、COP21に参加した国々が、テロ事件のような予想外のものも含め、数々の障壁を乗り越え、合意にまで漕ぎ着けられたことは、今後温暖化問題に取り組んでいく上で、大きな自信になったのではないかと思います。