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研究者コラム

市町村スケールでの気候変動予測情報創生の試み

記事

付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター(CEIST) 杉山 徹 松田 景吾

人為起源による地球温暖化が疑う余地がないと報告されている今、国だけでなく自治体単位でも気候変動対策が求められており、その対策の策定には、既存の気候変動予測情報よりもさらに高解像度(市内の地域性が分かる程度)の情報が必要となっています。そこで、国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)は、横浜市環境創造局環境科学研究所と共同研究(横浜における都市の熱環境の改善に向けた研究)を実施しています。2022年7月29日に横浜市環境創造局環境科学研究所よりプレスリリース(海風や緑地が将来も引き続き重要に! ~横 浜 市 内 の気 温 の将 来 予 測 を行 いました~)が横浜市より行われました(以下、プレスリリース)。本記事では、このプレスリリースのベースとなった海風の研究について紹介します。

地球温暖化により、世界の平均気温は産業革命前より1度以上上昇していると言われています(IPCC-AR6/WG1)。日本国内でも日最高気温35℃以上の猛暑日の年間日数が増加傾向(気象庁:気候変動監視レポート2021)にあり、熱中症搬送者数が全国で年1000人に達するなど、現在でも夏季の暑さは厳しい状況です。この夏の暑さが、あなたの暮らす街では将来どの程度厳しくなるのでしょうか。今回は、横浜市を中心とした神奈川県東部を例に、既存の気候変動予測情報よりもはるかに高精細な320mという高解像度の気象シミュレーションにて将来気候を予測し解析しました(温暖化予測情報や現況の数値天気予報の解像度はおよそ2~5kmです)。その結果、海風には夏季の気温上昇(日中の気温上昇に加え、温暖化による気温上昇量も)を抑制する効果があることが見えてきましたので、そのメカニズムを紹介します。

海風の恩恵の例

2022年6月末~7月初めの関東地方では、東京気象台で気温が35℃以上となる猛暑日が連続9日間(6月25日~7月3日)を記録するなど、とても暑い日が続きました。一方で横浜地方気象台では、この期間の猛暑日は6月30日の1日のみであり、相模湾に面した藤沢市辻堂に設置されているアメダスでは、期間最高気温は31.5℃でした(各観測地の位置は、図1の左上参照)。これは、海風(海水面温度)の影響であると考えられます。

海風の概念図

横浜市を含む神奈川県東部は、太平洋に続く相模湾と東京湾に面しています。そのため、この地域の天気は、四季を通じ海風などの海の影響、特に海水面温度の影響を受けます。一般的に海水は地面や空気(大気)より温まりにくく冷めにくいため、夏季の晴れた日中では、日の出とともに地面温度やその直上の気温(大気の温度)は上昇しやすい一方で、海水面温度やその直上の気温はあまり高くなりません。そのため、海上の気温より陸上の気温が高くなることで相対的に陸側の気圧が下がり、高圧の海から低圧の陸に向う「海風」が生まれます。
この涼しい海風は、時間とともに徐々に内陸に進入していき、その風が到達した地域では、気温の上昇が抑えられます。到達した地域とまだ到達していない地域との境界線は、海風前線と呼ばれています。まずは、2022年6月30日を例に、この海風が進入する様子と、前線通過後の気温変化を見てみましょう。

図1. (図の拡大:別画面表示
(上)2022年6月30日の9時(左図)と10時(右図)における気温分布を色で、風向きを細線矢印で示します。海風が相模湾と東京湾から進入している様子が見られます。図中太い点線と実線で、9時と10時における海風前線の位置(抜粋域のみ)を示しており、時間とともに内陸に移動している様子が分かります。
(下)図1左上の灰色の実線に沿った気温と南北風のプロファイルをに示します。
(左)
9時における気温(赤線:左軸目盛)と南北風強度(黒線:右軸目盛)。横軸は海岸線位置からの距離。海風が到達している概算位置を青矢印で示します(海岸線から約5~6kmまで)。海風が到達している地域の気温が、内陸の気温(橙色:25km以遠の平均気温)より低くなっている様子が分かります。
(右)
同じく10時の図。

午前9時と10時の気温と風向きを表したのが図1上です。9時が左上、10時が右上図です。細い矢印で風向きを、色で気温を表しています。沿岸地域と内陸地域との風況の違いから、9時の段階では、相模湾と東京湾からの進入した海風により点線の位置に海風前線が形成されていることが分かります。10時には、より内陸の実線の位置まで海風前線が移動しています。さらに、海風が通過した前線より沿岸側の地域では、内陸に比べて気温が低く抑えられていることが分かります。

そこで、9時の図の灰色線に沿った地に注目し、海風と気温の関係についてより詳しく見てみます。図1下に、9時と10時における気温(左縦軸目盛り、赤色)と南北風速(右縦軸目盛り、黒色)を、海岸線からの距離に対して表しています(各データ値は.約1.5km四方の平均値)。なお、ここでは海風と気温の関係を明瞭に捉えるために、相模湾からの海風(南よりの風)の影響のみに着目し、東京湾からの海風の影響をうけにくい位置を選択しています。南北風速は、正値が南から北へ吹く風を表すため、海岸線付近では海風を捉えています。海岸線付近に比べて風速が急激に低下するなど風況が大きく変わる地点が海風前線の位置を表しており、9時では海岸線から約5~6km、10時では約10~11kmの距離に海風前線が位置していることが分かります。気温は、海上では低く、15kmよりも内陸側の地域では高くなっています。海風は、この涼しい海上の空気を内陸に運びます。陸上では地面から受け取る熱により気温が急激に上昇しますが、海風が到達した地域では、まだ到達していない内陸より気温が低くなっています。さらに加えて以下の特徴があります。9時から10時にかけて、海風が到達していない地域では気温が上昇していますが(例えば20km地点は34℃から36℃に上昇)、到達している地域では上昇していません(例えば5km地点では34℃程度上昇ままほぼ変わっていない)。このように、海風には日中の気温の上昇を抑える効果があることが分かります。その後、海風前線は横浜市、神奈川県を通り抜け、東京都を超え、午後には埼玉県に至ります。

ここで紹介している海岸線からの距離による気象変化を解析する事が出来た理由の一つは、これまでにない高解像度での気象シミュレーションを実施した事です。320mという高解像度で計算を行うことで、図1のように、海岸線から徐々に気温や風速が変化していく様子を捉えることに成功しました。

温暖化した際の海風の恩恵

それでは、この海風の恩恵は、将来の温暖化した場合でも得られるでしょうか。

図2a
図2b
図2c

「現在気候」と「2℃上昇した場合の擬似温暖化実験」の結果を示します。
(a)
図1 と同じく、灰色線(内陸側は延長)に沿った気温の空間分布に関して、「2℃上昇した場合」の結果(2K黒線)と、「現在気候(CUR)」の結果(CUR赤線)を示します。図1と同じく、海風が到達している地域で、気温が内陸より低くなっている様子は、CURも2Kもどちらも似ています。
(b)
「現在気候(CUR)」と「2℃上昇した場合(2K)」の気温差の空間分布を黒線で示します。海風が到達している地域ではおよそ1.55℃(青太線域1~9kmの平均値)、内陸ではおよそ1.70℃(赤太線域15~23kmの平均値)の上昇となっており、その差はおよそ0.15℃となっています。
(c)
図2(b)にある「海風が到達している地域(1~9km)」と「到達していない内陸地域(15~23km)」におけるCURと2Kの気温差データのバラつきをヒストグラムで示します。下図が到達している地域(See Breeze)を、上図が到達していない地域(Inland)です。差が逆転している時もありますが、平均値には有意な差があります。

産業革命以前に比べ世界の平均気温が2℃上昇した場合と4℃上昇した場合に、この地域の夏季の気温が現在よりどの程度上昇するかを、同じく320mの高解像度の気象シミュレーションで予測しました。現在気温として、シミュレーション実施時に解析データのあった2010年から2019年までの10年間の8月1ヶ月分(310日分)を選び、擬似温暖実験(用語補足参照)により実施しました。この10年間の8月の計算結果の中から、顕著な相模湾からの海風が発生した日を抽出し、2℃上昇した場合の気温を海岸線からの距離に対して表しました(図2a)海岸線から10km地点に海風前線が到達した時刻のデータを並べ、その平均気温の値を算出しています。温暖化することで、「現在気候(CUR:赤線)」から「2℃上昇した場合(2K:黒線)」へおよそ1.7~1.8℃程気温が上昇しています。一方で「現在気候」と「2℃上昇した場合」のグラフは距離に対して同じような振る舞いをしており、温暖化した将来でも、海風前線が通過した地域(10km地点より海岸側)ではまだ到達していない内陸部より気温が低くなる傾向があることが分かります。このことから、海風により日中の気温上昇が抑制されていることが分かります。より詳しく見てみましょう。図2bに「2℃上昇した場合」と「現在気候」の気温上昇量を黒線にて示します。同時に、海風が到達した地域(1~9km)の平均気温上昇量(青太線:およそ1.55℃)と、まだ到達していない地域(15~23km)の平均気温上昇量(赤太線:およそ1.70℃)を表す線を同時に示しています(比較しやすいように、青と赤太線を延長して細線でも表示しています)。赤線と青線を比べると、海風が到達した地域では、まだ到達していない地域に比べて平均気温上昇がおよそ0.15℃抑えられることが分かります。また、これらの地域での気温差データのバラつき具合を図2cにヒストグラムで示します。上図が海風のまだ到達していない地域、下図が到達した地域のヒストグラムです。上下図の海風が到達した地域とまだ到達していない地域での平均気温上昇量には、統計的にも気温上昇量の有意な差(有意水準P<005)があることが分かりました。このことは、海風前線が通過した地域では、温暖化による気温上昇が内陸部に比べて抑えられることを示しています。つまり、温暖化による気温上昇が抑制されています。このような影響は、地球温暖化に伴う海水面温度の上昇量が、大気の気温上昇量より小さいことから生じます。すなわち、海上気温の上昇量が内陸気温の上昇量に比べて低くなるため、図2aのように海上域の気温上昇が抑えられることにより、海風の気温上昇量が内陸の気温上昇量より小さくなります。

図2d
図2e
図2f

図2(a)~(c)と同じく、「現在気候(CUR)」と「4℃上昇した場合(4K)」の空間分布、ヒストグラムを示します.結果は、2℃上昇した場合と同じ傾向を示しています。

4℃上昇した場合でも、2℃上昇した場合と同様に、海風によって日中の気温上昇が抑制される傾向(図2d)と温暖化によって気温上昇が抑制される傾向(図2e)があることが分かります。気温上昇量のヒストグラム(図2f)では、2度上昇した場合と同じ傾向がさらに顕著に現れて、より恩恵を受けられることが分かります。
2022年6月30日の事例でも、盛夏時に比べて海水面温度がまだまだ低かったため、沿岸地域では冷涼な海風の影響が強く現れ、辻堂に設置されているアメダスでは猛暑日とならなかったと考えられます。

図3a

図3b
 
(a)
擬似温暖化実験を行った10年分の8月の平均気温を、現在気候(左)、2℃上昇した場合(中)と4℃上昇した場合(右)について示します。相模湾沿岸,東京湾沿岸は,内陸地域に比べて気温上昇量が抑えられています。なお、平均気温を求める際に、降雨による気温低下日を除外するため「日降水量1mm未満の日」のみを選びました。灰色線は、おおまかな市区町村界線です。
(b)
将来気候と現在気候との気温差(気温上昇量)を示します。左が2度上昇した場合、右が4度上昇した場合です。海上では陸上より上昇量が小さいという気温上昇抑制の要因となる特徴が見られます。

予測シミュレーションによる10年間の平均気温分布

予測シミュレーションを行った10年分の8月の平均気温の空間分布を、現在気候と合わせて図3aに示します。この図は、プレスリリースに掲載した図の基になったデータです。プレスリリースの図との違いは、標高による気温変化の影響(100m高くなる毎に約1度気温が下がる)を取り除いた海面高さでの気温になっている点です。その結果、高解像度のシミュレーションを行ったことの成果としての市町村スケールより細かいスケールでの以下のような地域差があることが、より見やすくなっています。3枚の分布図では、共通して気温が低い場所が点在しており、これらは緑地に対応します。また全体的な傾向として、相模湾沿岸部や東京湾沿岸部線から内陸に向かって徐々に気温が高くなる地域差が見られ、市町村スケールであっても見えています。次に、図3bに将来気候と現在気候との気温差(気温上昇量)を示します。例えば、横浜市内を見た場合でも、「2℃上昇した場合」は約 141.6℃、「4上昇した場合」は約 3.74.3℃と、それぞれ幅を持っており、こちらにも市町村スケールでの地域差があることが分かります。

図3c
図3d
図3e
 
図3(c)~(e)
時間帯別の市内の気温分布(陸域のみ)を示します。それぞれ、(c)現在気候、(d) 2度上昇した場合、(e)4度上昇した場合。色の表す温度は上下の各4パネルで異なります。地域性が(c)~(e)の各気候時に見られます(横浜市界のみ表示)。

図3aは1日の平均気温を示していますので、時間帯毎に分けてより詳しく見てみましょう。図3c~eは、1時間の平均値を3時間毎に示しています。上記の地域差について、現在気候と将来気候で多少の時間のずれはありますが以下の様子が見られます。深夜0時~朝6時ごろでは、南北の差が弱くなっていますが、緑地の部分の気温が下がっている様子が見られます。一方、日中の9時~15時では、海風が吹くことで南北の差がはっきりと現れています。日没後しばらくの間(18時~21時)では、両方の特徴が見られています。この時間帯毎に異なる特徴は、2℃上昇した場合と4℃上昇した場合で同じ傾向です。図3aの平均気温分布では、前節で議論したような卓越した海風だけでなく、様々な要因で海の方向から陸へ吹く風の影響が含まれています。しかし、時間帯ごとに平均した気温の分布図では卓越した海風が時間の経過にしたがって内陸に進入するのと同様の時空間構造を持つ気温分布が現れていることがわかります。このことから、卓越した海風以外の影響も含むものの、日中に海の方向から吹く風によって沿岸域の日中の気温上昇が抑制されていることがわかります。

本結果を活かしたまちづくりへ

横浜市域は相模湾の海岸線からおよそ5km離れており、図2においては、上部の黄色線で示されたエリアが市域に対応します。横浜市の南部地域では、2℃上昇した場合も4℃上昇した場合も、同じように海風の恩恵を受けられていることが見て取れます。海風前線の北上に伴い、時間のずれはありますが北部地域も気温の上昇が抑制されます。また、図1に見られる通り、東京湾からも海風が進入している日には、その海風に対しても同様のメカニズムが働くため、南部と東部地域では海風の恩恵(海風によって気温上昇が抑制される)を受けられます。これらのことから、横浜市域では、海風が市内に進入することにより、日中の気温上昇のみならず、温暖化による気温上昇が抑制されていることが分かりました(プレスリリース)。また、本計算では、時間帯ごとの気温分布情報も作成しました(図3)。日中のみならず、熱帯夜対策に資する情報としても今後活用できるでしょう。

街中の暑熱環境は、温暖化により厳しくなってきています。温暖化緩和策に加えて、避けられない気温上昇には適応策による対応が必要となります。ここで得られた情報は、その立案に資するものと考え、さらに、建物形状や都市の被覆情報(道路・緑地公園・街路樹など)を考慮した微気象計算も行っています。風向きを考慮した建物配置など、まちづくりへの具体的な貢献が可能となるでしょう。

 

用語補足

IPCC-AR6/WG1
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2021年に公表した第6次評価報告書(AR6)1作業部会(WG1、自然科学的根拠)の報告です。

熱中症搬送者数
厚生労働省「令和3年(2021)人口動態統計(確定数)」に基づいて算出した2010~2021年の平均値です。

高解像度の気象シミュレーション
メソスケールGPVデータを基に、マルチスケール大気モデルMSSG-Aを用いて3.3km – 1.0 km – 320m までネスト計算を行いました。

擬似温暖化実験
詳細な手法については、文献(佐藤、天気 57-2、 111-112、 2010年)を参照のこと。過去の実際の気象データ(今回は2010年~2019年に実際に起こった現象)に、温暖化により気候が変化した差分量を加算して数値シミュレーションを行う事で、温暖化後の影響評価を現在との差で予測する実験方法。ここでは、大規模場の変化として、DDS5TK by SI-CATによるデータベース(約30年分)を利用し温暖化差分値を求めました。同時に、シミュレーションでは力学的ダウンスケーリング手法を用い、東日本から神奈川県東部へ多段階のネスト計算(解像度を徐々に向上させ、DDS5TK by SI-CATデータの5km解像度から320mの高解像度まで詳細化)をしています。

産業革命以前に比べて2℃上昇した場合
パリ協定の「2℃目標」の状況に達した世界で起こりうる気候の状態に相当します。「2℃目標」とは、産業革命以前に比べて世界の平均気温上昇を2℃より十分低く保つことです。

産業革命以前に比べて4℃上昇した場合
追加的な緩和策(温室効果ガスの排出削減など)を取らなかった世界で起こりうる気候の状態に相当します。産業革命以前と比べて、世界の平均気温の上昇量が約4℃に達する状態です。

 

海風や緑地が将来も引き続き重要に!~横浜市内の気温の将来予測を行いました~(横浜市発表) 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ