がっつり深める

東日本大震災から10年

<第3回>粘土と水とデータが語る巨大すべりの真相

海溝軸付近でも応力はたまっていた

さてJFASTの結果、何がわかったでしょう? まず船上でもすぐに判明したのは「応力」の変化でした。

掘削同時検層(LWD)では自然放射線量と比抵抗を測定すると書きました。この比抵抗のちがいで孔壁の「写真」をとることもできます。すると水が多くて電気を通しやすい部分は、暗い溝のように写ります。これは実際に溝あるいは割れ目で「ブレークアウト」と呼ばれています。そこに水が入りこんでいるのです。逆に明るく写っている部分は、地層の壁そのものです。

「オールドファッション」のような硬めのドーナツが目の前にあると想像してください。それを上下方向から手で潰す(=応力を加える)と、穴の左右にヒビが入るでしょう。これがブレークアウトです。海底下に空けられた直径30cm以下の孔にも、様々な方向から力がかかっています。そのうち最も大きな力と直交する方向に割れ目ができるのです。

JFASTの掘削地点からは少し離れていますが、同じ東北沖で地震前の1999年にも掘削が行われていました。この時のLWDで最も大きいとわかった応力の方向は、南東から北西でした。これは太平洋プレートが沈みこむ方向と同じです。一方、地震後にJFASTで掘削された孔の場合、最も大きかった応力の方向は上下でした。

上下方向の応力というのは、すなわち重力、あるいは上に乗っている地層の重さです。同じ深さで比べれば、地震の前後で変わるはずがありません。しかし地震後に、それが最も大きな応力になっていたということは、水平方向の応力が減っていたことを意味しています。つまりプレート運動によって加えられ続けていた応力が、地震ですべったことにより解放されたのです。

LWDで測定した掘削孔壁の比抵抗を、写真のように表した画像(左:海底下661〜671m)。明るい部分は比抵抗が高く、暗い部分は低い。本来は円筒形をしている掘削孔を平面に開くと、2本の暗い溝(ブレークアウト)が北東と南西の壁に入っていることがわかる。この溝を解析したところ、地震前は太平洋プレートの動く方向に最も大きな応力がかかっていたが、地震後はそれが弱まって、相対的に鉛直方向の応力が最も大きくなっていた(右)。
提供/京都大学 林為人 氏

レンガにレンガを重ねて押しつけながらずらそうとしても、なかなか動きませんが、ある時、一気にすべります。これが応力の解放と地震発生のイメージです。しかしスポンジにスポンジを重ねて押しつけても、すぐ簡単にすべってしまいます。

同様に海溝軸の近くは地層が柔らかく、プレートどうしの固着が非常に弱いため、ずるずるすべっているだけだと以前は考えられていました。つまり地震で一気に大きくすべるほどの応力は、蓄積されないと思われていたのです。しかし東北沖地震の前後で応力の状態が変わったということは、多少なりとも応力は蓄積されており、その解放が大きなすべりに関わったのかもしれません。

「つるつる」だった地震断層

では実際の地震断層は、どのような物質でできていたのでしょう。もちろんスポンジではありませんね。JFASTで採取された「奇跡のコア」を調べたところ、スメクタイトという粘土が80〜90%を占めているとわかりました。

聞き慣れない名前ですが、スメクタイトはどこにでもあります。水たまりで足をすべらせた経験があれば、そこには薄いスメクタイトの層が、あったかもしれません。また化粧品(ファンデーション)などの材料にも使われています。

スメクタイトの特徴は粒子が非常に細かくて、とにかくすべりやすいことです。では実際の断層は、どれだけすべりやすかったのでしょう? それを調べるのは、廣瀬さんが最も得意とするところです。まずは下の映像を見てください。機械で石に石を押しつけながら回転させています。レンガにレンガを重ねて、押しつけながらずらすのと同じです。

火花が飛び散って、最後には摩擦熱で溶けた石が、どろっと流れましたね。実際の地震でも、同様なことが起きています。高知県には、溶けた石が再び冷えて固まったガラス質の「シュードタキライト」という石を、陸上で観察できる場所もあります。

高知県高岡郡四万十町で発見されたシュードタキライトを含む地層。赤い矢印をつけた黒っぽい筋がシュードタキライト。「地震の化石」とも呼ばれている。上の二つは比較的古いシュードタキライトで、少し右上に曲がった断層に沿ってできている。下のシュードタキライトは比較的新しく、水平な断層に沿ってできている。その下に見える白い帯は、断層面に入った水から鉱物が沈殿したもの。
提供/山口大学 坂口有人 氏

廣瀬さんは、このような「回転式高速摩擦試験機(以下、試験機)」を開発し、様々な岩石の「摩擦係数」を調べたり、地震時に地層内でどのような物理・化学現象が起きるかを研究しています。

摩擦係数とはすべりやすさの指標です。例えば二つの物体を接触させて、真上から10の力で押したとします。この状態で真横から二つの物体をずらそうとした時に、10の力が必要だったら摩擦係数は1です。もし5の力でずらせたら、摩擦係数は0.5ということになります。

「奇跡のコア」に含まれていた断層の摩擦係数も、廣瀬さんは同じような試験機(上記の映像とは異なるタイプ)で測定しました。すると約0.1と出ました。つまり10の力で押していても、1の力で動かせてしまうのです。スキーの摩擦係数が0.05〜0.1くらいなので、0.1は「つるつる」と言っていい状態です。一方で普通の岩石は0.6〜0.85くらいです。

また摩擦係数は物体をずらす速度によっても変わってきます。比較的ゆっくり動かした時には0.1ですが、地震で断層がずれる時の速度(だいたい歩く時の速度と同じ)になると、急にゼロ近くにまで落ちてしまいます。これも廣瀬さんの試験機でわかりました。

「回転式熱水・低〜高速摩擦実験装置」と呼ばれる最新の試験機と、それを開発した廣瀬さん。金属の筒(圧力容器)の中に試料と水を入れ、1200気圧までの圧力と600℃までの熱を加えることができる。このため、より現実に近い環境で、巨大地震のすべりを再現できる。
撮影/藤崎慎吾

このように採取された断層のコアを調べた結果は「つるつる」でしたが、現場の温度計測でも、それは裏づけられたでしょうか? 9ヶ月間、海底下に設置しておいた温度計を引き上げてデータを解析してみたところ、断層の温度は周囲の地層より最大0.31℃高くなっていました。地震ですべった時の摩擦熱が、まだ残っていたのです。この結果をもとに計算したところ、地震が起きた時の断層の摩擦係数は、やはり約0.1でした。

水の「ジャッキアップ効果」

あと一つ、地震時のすべりに関係している要素があります。それは「水」です。

断層の中には大小、無数の隙間があって、そこは全て水で満たされています。地震が起きてすべった時、摩擦熱で断層の温度は数百℃にも達します。すると水も熱せられて膨張します。一方で粒子の細かいスメクタイトには、水を通しにくい性質があります。すると膨張した水は、どこへも逃げられず、断層の隙間を押し広げていくことになります。

ここで坂道に置いてある車を想像してください。緩い坂ならブレーキをかけていなくても、車は自分の重さでそこに留まっているかもしれません。しかしジャッキを使って、ちょっと車体を浮かせてしまったら、どうなるでしょう。たちまち転がり始めてしまうのではないでしょうか。

同様に水の圧力で隙間を広げられた断層は、よりすべりやすくなったと考えられます。廣瀬さんらは実験室で、これも検証しました。容器の中で地下と同じ圧力をかけ、水を通しながら、断層の試料をすべらせてみたのです。すると、水を通さない時よりも摩擦係数が下がることを確認しました。この現象を専門用語では「サーマル・プレシャライゼーション」と呼びます。

写真
地震前の断層は上からの圧力で隙間が狭くなっており、比較的、動きにくい状態にある。しかし地震が起きると摩擦熱で水の圧力が上がり、上からの圧力を押し返しながら隙間を広げる。すると断層を押さえつける力が弱まり、動きやすくなる。これを「サーマル・プレシャライゼーション」と呼ぶ。

地震の背景にある1億年の歴史

以上のことから、海溝軸の近くにあった断層で、地震時に何が起きたかを考えてみましょう。

そもそも、そこはスメクタイトの多い、すべりやすい断層でした。とはいえ応力が全くたまっていなかったかというと、そうでもありませんでした。摩擦係数は0.1ですがゼロではありませんし、断層をはさんだ上下の地層だと、もう少し摩擦係数は大きくなります。

スポンジをこすり合わせても、ほとんど手応えはありませんが、よく見ればスポンジは少し変形しているでしょう。応力がたまっている証拠ですが、そういうイメージです。

そこへ海底下数十kmの震源から断層のすべりが伝わってきます。それによって摩擦熱が発生し、水のサーマル・プレシャライゼーションで、断層はますますすべりやすくなります。

こうなると「想定」されていたように、断層のすべりを止めることなどできません。それどころか多少はたまっていた応力のエネルギーが解放され、すべりはいっそう大きくなって、とうとう海溝軸にまで達してしまったのではないか――今はそのように考えられています。

ところで、このシナリオでは主役級の存在でもあるスメクタイトですが、いったいどこから来たのでしょう? どこにでもあるとは書きましたが、多い場所と少ない場所はあります。南海トラフのプレート境界では、断層のスメクタイトが占める割合は50〜60%程度です。一方、日本海溝では80〜90%――なぜこんなにちがうのでしょうか。

「これはプレートの歴史なんです」と廣瀬さんは言います。「太平洋プレートというのは南米の沖あたりでできるんです。そこから約1億年かけて日本までやってくる。その間に、例えば日本の火山が噴いて、細かい火山灰が太平洋の方へ行くんですね。そして海底に、しんしんと積もる。その火山灰が時間とともに水と反応して、スメクタイトになるんです」

太平洋プレートは南アメリカ大陸の西にある東太平洋海膨で誕生し、マントルの対流などに運ばれて移動し、1億年余りをかけて日本海溝までたどり着く。
出典/地震調査研究推進本部

1億年という時間があれば、大量のスメクタイトができるでしょう。一方で南海トラフから沈みこむフィリピン海プレートは、第1回でも触れた通り若いプレートです。生まれてから数千万年しか経っていません。当然、積もったスメクタイトの量は少ないので、プレート境界の断層でも少ない、ということになります。これが、おそらく地震の起きかたにも影響しているのです。

「地震って今の現象なんですけど、その背景には太平洋プレートが1億年前にできているという事実がある。そのくらいの歴史から、すでに始まっているんですね」という廣瀬さんの言葉が、とても印象的でした。

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