高知コア研究所のコア冷蔵保管庫の一角。国際深海科学掘削計画(IODP)やその前身の国際計画で海底から掘りだされた柱状の地層サンプル(コア)が、合わせて142km分、保管・管理されている。世界最大級の海洋コア保管庫で、約250km分を収蔵できる。内部は室温4℃・湿度80%に保たれている。
撮影/藤崎慎吾

がっつり深める

東日本大震災から10年

<第3回>粘土と水とデータが語る巨大すべりの真相

記事

取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)

一般の人が日本海溝のような深海底を直接、目にする機会はまずありません。さらにその下の地下となれば、研究者にとってもほぼ未知の世界です。しかしプレート境界の地震は、そこで発生します。様々な手がかりを駆使して、何があるのか、何が起きているのかを知らなければなりません。

今回は「掘削」という直接的な手法と、小さな「くりかえし地震」の分析という間接的な手法――二つの対照的なアプローチで「想定外」に挑んだ研究をリポートします。

世界中から海底の地層を集めた保管庫

高知県の室戸岬では、プレート運動の力をまざまざと感じることができます。プレートとは地球を覆う十数枚の岩板です。それらが動いて相互作用することにより、地震や火山活動が起きると考えられています。

岬から約140km沖の海底には「南海トラフ」と呼ばれる深い溝があって、そこからフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈みこんでいます。このため100〜150年の間隔で大きな地震が発生し、そのたびに岬は隆起して、海成段丘という特徴的な地形が形成されています。

またフィリピン海プレートの上に積もった「タービダイト」と呼ばれる泥や砂が、沈みこみにともなってユーラシアプレートの端に付け加えられています。その一部が陸上に押し上げられて岩となり、大きく歪んだり立ち上がったりしている奇観を目にすることができます。

約1600〜2800万年前、川から運ばれた砂や泥が深海に層をなして降り積もった。その「タービダイト」が陸の上に押し上げられて、今は岩となっている。もともとは水平だった地層が、縦になったり斜めになったりしている。
撮影/藤崎慎吾

この室戸岬から車で約1時間半の高知大学キャンパス内に、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高知コア研究所があります。ここには世界各地から海底の地層が集められています。地球深部探査船「ちきゅう」のような掘削船で掘り取られた柱状のサンプル(コア)が、総延長142km(約20万本)ぶんも保管されているのです。これは東京から静岡くらいまでの直線距離に相当します。

海が近いため、コアの冷蔵保管庫は分厚い防水扉で、津波から守られるようになっています。その中には2012年5月21日に「ちきゅう」で採取された東北沖のコアもあります。それは特別な1本と言えるでしょう。前年3月11日の東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)で、日本海溝の海溝軸付近が最も大きくすべったという「想定外」の謎を解く鍵となったからです。

高知コア研究所岩石物性研究グループ主任研究員の廣瀬丈洋さんは、その時、初めて「ちきゅう」に乗船しました。「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」というプロジェクトに参加したからです。第1回で触れましたが、特例的に実現した緊急掘削です。

プロフィール写真

廣瀬丈洋(ひろせ・たけひろ)

1973年、大阪府生まれ。専門は構造地質学・岩石力学。京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻で博士(理学)。スイス連邦工科大学ポスドク研究員などを経て、2007年海洋研究開発機構高知コア研究所研究員、現在に至る。地震断層掘削調査と岩石変形実験を連携させながら地震断層の物理化学的性質を調べる研究を進めている。写真は高知コア研究所の玄関先で、「奇跡のコア」(後述)の模型を手にする廣瀬さん。撮影/藤崎慎吾

コア冷蔵保管庫で、保存されているコアの1本を引きだす廣瀬さん。
撮影/藤崎慎吾

機器の破損や故障に悩まされた掘削

JFASTの主な目的は、海溝軸に近い水深約7000mの海底を約1000m掘り、地震で大きくすべったプレート境界から直接、断層のコアを採取し、その付近に残っている摩擦熱を測定することでした。こう書けばシンプルなようですが「決してそんなに順調に事が進んだわけではなくて、ほとんどあきらめかけていたような状況でした」と廣瀬さんは振り返ります。

「ちきゅう」は全長210m、幅38m、総トン数5万6752トンという大型の船です。中央にそびえるデリック(掘削やぐら)の高さは130mもあります。しかしJFASTの時にデリックから海底下まで下ろしていった掘削パイプの直径は、16cmほどしかありません。これで7000mの海底を1000mです。

スケールを200分の1にしてみると、12階建てビルの屋上から地面まで、注射針を何百本もつなげて下ろし、狙ったポイントを地下5mまで突き通すといったイメージになります(実際は突くのではなく掘るのですが)。プロジェクトの困難さが想像できるのではないでしょうか。実際、機器の破損や故障と悪天候の連続で、予定されていた2ヶ月弱にわたる航海の間、なかなか成果をあげることができませんでした。

静岡県清水港で東北沖への出航を待つ地球深部探査船「ちきゅう」

掘削調査は、まず地震ですべった断層がどこにあるかを探ることから始まりました。掘削パイプに様々なセンサーを組みこんで、掘り進みながら地層の状態を調べていくのです。これは「掘削同時検層(LWD)」と呼ばれています。

各センサーは地層中の自然放射線の量や、比抵抗(電気の通りにくさ)などを測定していきます。またパイプの先端に取りつけられているドリルビットは、回転しながら土や岩を削っていくのですが、この時モーターにかかる負荷も計測しています。

自然放射線とモーターの負荷とで何がわかるかというと、地層の中に含まれている岩石の種類です。岩石に粘土成分が多いと、自然放射線の量が増えます。また粘土成分が増えれば地層は柔らかくなるため、ドリルビットは回転しやすくなり、モーターへの負荷は減ります。

これらの両方を見ていったところ、海底下820mあたりで急に粘土成分が多くなり、つるつるとビットが回転しやすい地層に行き当たりました。廣瀬さんを含む調査チームは、そこが地震ですべった断層(地震断層)ではないかと当たりをつけました。そのあたりにプレート境界がありそうなことは、反射法地震探査でもわかっていました。

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黄色い丸がJFASTでLWDを行った海溝軸付近の掘削地点(宮城県牡鹿半島の沖合約 220km、水深6889.5m)。赤い「+」は東北沖地震の震央。
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反射法地震探査による掘削位置(赤い線)付近の地下構造断面図。北米プレートと太平洋プレートの境界を含む、海底下850.5mまでの地層を調べた。 提供/京都大学 林為人 氏

ここまでが第1段階でしたが、実は一度、掘削孔(くっさくこう)を掘るのに失敗していたため、すでに4週間近くが過ぎていました。予定されていた航海期間は、あとひと月も残されていません。

断層の熱を測定する温度計は、別の孔を空けて設置しなければならなかったため、さっそく三度目の掘削に取りかかりました。ところが悪いことに途中で掘削パイプが折れ、その次に掘り始めた孔では温度計の設置に必要な水中カメラが壊れてしまったのです。

そこで調査チームは、いったん温度計の設置をあきらめ、先に地震断層のコアを採取することにしました。この時点で残された航海期間は2週間弱でした。目指すはLWDで当たりをつけた海底下820mの地層です。通常なら、そこに至るまでの地層を連続して採取するのですが、時間がないので途中は掘り飛ばしました。

掘削パイプの先端に取りつけられたドリルビット。これが回転しながら岩などを削っていく。刃には人工ダイヤモンドが使われている。

ただし断層にさしかかるあたりからは、慎重にコアを採っていきました。通常は一度につき約10m分のコアを船に引き上げるのですが、2mずつにしたのです。コアというのは丸ごと無事に採れるほうがまれで、どうしても一部はこぼれ落ちてしまいます。でも小刻みに採っていったほうが、失われる量は少ないことが経験的にわかっていました。

とはいえ8000m近い距離を上げ下げするのには、それなりに時間がかかります。小刻みにすればするほど、さらに時間はとられます。にもかかわらず慎重を期したのは、確実に断層のコアを採りたいという思いからでした。

それも功を奏して、地震断層と思われる場所から何とかコアを引き上げたのが5月21日、航海期間が終わる3日前でした。船上に姿を現した1mにも満たないコアに、研究者を含むスタッフが群がっていく様子を、下の記録映像がとらえています。

がさがさにひび割れたような地層を前にして、誰もが「すごい」と目を見開きました。一人が「これ(地震)断層そのものじゃん」と声を上げたので、まばらな拍手が起こります。しかし信じきれない人が構造地質学の専門家に「これなんですよね、断層は?」と迫りました。すると専門家は「断層です」と、きっぱりうなずき、再び大きな拍手と歓声が湧き上がりました。後に「奇跡のコア」と呼ばれる試料の誕生です。

採取に成功した「奇跡のコア」を、うれしそうに見つめる研究者たち
「奇跡のコア」で地震断層と考えられる部分。細かくひび割れている。

しかし断層の熱を測定するという重要な目的が、まだ達成されていませんでした。どちらかといえば、本来の優先順位はコアの採取より上だったのです。

第1回で触れましたが、地震が起きた時の摩擦熱を推定できれば、断層がどれだけすべりやすかったかもわかります。「想定外」の原因に一歩、近づけるわけです。あきらめられませんし、断層が冷えるほど推定は困難になるため、なるべく早く温度計を設置する必要がありました。

そこで同じ年の7月5日から約2週間の予定で、「ちきゅう」は再び日本海溝へ向かいました。その時は掘削の効率を上げる「マッドモーター」という新兵器を用意したこともあって、スムーズに掘り進むことができました。そして55個の温度計が数珠つなぎになった長いロープを、水深7000mの海底から孔内に下ろし、無事に設置することができたのです。

それぞれの温度計の精度は1000分の1℃、つまり体温計の100倍くらいです。深さ850m余りの孔内にある間、あらかじめ設定された間隔で温度を計測し、内蔵のメモリーに記録していきました。そして約9ヶ月後に無人探査機「かいこう7000Ⅱ」によって全て回収されました。

掘削孔内に温度計が数珠つなぎになったロープを下ろしていく。紅白の縞になった部分に温度計が入っている。