がっつり深める

東日本大震災から10年

<第3回>粘土と水とデータが語る巨大すべりの真相

いつ起きるかを予想できる地震

さて「大きくすべるとは想定されていなかった」という場所は、日本海溝の海溝軸付近ばかりではありません。実は海底下数十キロメートルの震源を中心とした、宮城県沖の震源域全体についても言えます。そこは、ある意味で研究者に「見過ごされていた」場所でした。

ここで東北大学大学院理学研究科准教授の内田直希さんに、ご登場いただきましょう。廣瀬さんが海でコアを採取したり、実験室で機械油にまみれながら、実際に「物」を見ていることが多い一方、内田さんは主に陸の地震計を用いて、集まってくる「データ」をじっと見ていることが多いようです。地震を待ち構えて、得られた様々なデータを解析するのが仕事だからです。

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内田直希(うちだ・なおき)

1977年、三重県生まれ。東北大学大学院博士課程修了。東北大学理学部COE研究員、助手等を経て、2016年、東北大学大学院理学研究科准教授、現在に至る。地震のくり返しを手がかりとして地震の発生過程の解明を目指している。一連の研究業績により2009年日本地震学会若手学術奨励賞、2017年第2回地球惑星科学振興西田賞を受賞。写真は東北沖地震後、すべり速度の周期性を共同研究するため滞在したカリフォルニア大学バークレー校にて。提供/内田直希 氏

東北沖地震が起きた時、内田さんは研究室でパソコンに向かっていました。棚などが倒れることはありませんでしたが、ほとんどの物が落ちて散乱し、床は足の踏み場もない状態になったそうです。「宮城県沖地震が起きると、ずっと言われていて、備えはしていたと思うんですけど、そんなに大きな揺れとは思わなかったんですね」と内田さんは振り返ります。

内田さんがとくに関心を抱いているのは、小さな「くりかえし地震」です。それ自体が大きな被害をもたらすことはありませんが、色々と興味深い性質を備えており、大きな地震の予測に役立つのではないかと注目されています。

地震はいつやってくるのか、あらかじめ知りたいとは誰もが思うでしょう。日本では国をあげて、それを可能にする研究に取り組んできました。しかし今のところ「地震予報」は実現していません。「明日、関東地方でマグニチュード(M)7以上の地震が起きる確率は、90%でしょう」などとニュースが伝える日は、夢のまた夢という状況です。

ただ年単位での予報が可能な地震なら、あるにはあります。岩手県の釜石沖ではM5前後の小さな地震が、約5.5年間隔で規則的に発生していました。第1回にご登場いただいた東北大学大学院理学研究科教授の松澤暢さんは、その観測結果をもとに2002年の時点で「2007年ごろに同じ地震が起きる」と予測しました。そして実際に予測は的中し、2008年1月に地震は発生しました。

左は釜石沖で発生する、くりかえし地震の震央(赤い星印)と、東北沖地震で大きくすべった領域(等高線のように示してある部分)。右が地震活動の履歴で、横軸が発生年、縦軸が規模(マグニチュード)を示す。2008年までは、ほぼ等間隔で起きており、規模もM5前後で変わらない。しかし2011年の東北沖地震発生以降は頻度が急増し、規模も一時的に大きくなっている。
右図提供/内田直希 氏

さすがに、このようなケースはまれですし、被害を及ぼすくらい大きな地震では、まずありえないことです。とはいえ、この釜石沖の「小くりかえし地震」は、研究者に様々なヒントを与えてくれました。

同じ「音」を出すアスペリティ

そもそも、なぜこのような地震が起きるかを考えてみましょう。大陸プレートの下に沈みこんでいく海洋プレートの表面は、我々が立っている地表がそうであるように、一様ではありません。平らな場所もあれば、凸凹している場所もあり、つるつるした場所もあれば、ざらざらしている場所もあるでしょう。

直感的に平らでつるつるした場所は、すべりやすいと考えられます。一方で凸凹だったり、ざらざらしている場所は、上の大陸プレートに引っかかって、すべりにくいと予想できます。すべりやすい場所は沈みこみに伴って、先にすべっていくでしょう。しかしすべりにくい場所は取り残されていきます。

とはいえ同じプレートの上ですから、いつまでも引っかかってはいられません。そこに、どんどん応力がたまって限界に達すると、一気にすべって遅れを取り戻します。これが地震です。凸凹やざらざらの場所が小さければ小さい地震が起き、大きければ大きい地震が発生します。

こうしたすべりにくい場所を、研究者は「アスペリティ」と呼んでいます。その周囲にあるすべりやすい場所は「安定すべり域」などと呼びます。

日本海溝から沈みこむ太平洋プレートの表面を模式化した図。大小の青っぽいパッチがアスペリティで、釜石沖のくりかえし地震は小さなアスペリティが起こしている。それ以外の茶色っぽい領域は、基本的には地震を起こすことのない安定すべり域。

小くりかえし地震は、同じ小さなアスペリティが引き起こしていると考えられます。実際、地震の波形を見ると、毎回そっくりです。たとえ話としてはオルゴールでしょうか。円筒形のシリンダーに並んでいる小さな突起がアスペリティで、それはシリンダーが一回転するごとに同じ音を鳴らします。

ただ一定の間隔ですべるアスペリティは、まれです。同じ音を鳴らしていても、間隔が短かったり長かったりします。それはオルゴールの回転が速くなったり遅くなったりしているのと同じで、その場所の「すべり速度」が変化していると考えられます。

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上は釜石沖のくりかえし地震の波形。1985年から2008年までは、非常によく似ている。下は、この波形をとらえた地震計(中央左の黒っぽい装置)。東北大学地震・噴火予知研究観測センターの地下壕に設置されていた(現在、地下壕は使われていない)。 提供/東北大学 地震・噴火予知研究観測センター

小くりかえし地震の空白域こそ震源域

このような小くりかえし地震の性質を利用して、内田さんは様々な解析を行っています。まずはその分布を眺めるだけでも気づくことがあります。東北沖地震の前、四半世紀くらいの間に起きた小くりかえし地震の位置を地図にプロットしてみると、一様に散らばってはいません。ところどころに空白ができます。その中でも比較的、大きな空白が宮城県沖にありました。

つまり、そこでは小くりかえし地震がほとんど起きていなかったのです。これには二つの解釈が可能です。一つは、そこに大きなアスペリティがあり、プレートどうしがしっかりと固着していたため、地震が起きなかった。もう一つは、逆にとてもすべらかな安定すべり域があって、小さな地震さえ起こさずに、ずるずるとすべっていた。

東北沖地震が起きる前にも、そこに空白があることは認識されていました。しかし、ほとんどの研究者は安定すべり域だと考えていました。第一回で触れた通り、日本海溝のように古くて重たいプレートが沈みこんでいる場所では、全体的にプレートどうしの固着が弱いと考えられていたからです。また海溝軸付近のように柔らかいプレート境界が、少し深いところまで広がっているとも見られていました。

しかし、それはまちがいでした。宮城県沖に見られた小くりかえし地震の空白域こそ、まさに最も大きくすべった震源域だったからです。

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年輪のような黒い線は東北沖地震でのすべり量(5m単位で同じすべり量だった場所をつないでいる)を表し、小さな黒い点々が小くりかえし地震の分布を示している。宮城県沖の最も大きくすべった領域では、あまり小くりかえし地震が起きていない。色分けはプレート境界の固着の度合いで、赤いほど強く、青いほど弱い。ただ小くりかえし地震が起きていない場所では、その度合の推定は難しい。 提供/内田直希 氏(すべり量は飯沼卓史 氏による)

ただ地震が起きる前に、その空白が大きなアスペリティなのか、広い安定すべり域なのか、確実に見定めることは困難です。過去にそこで巨大地震が起きたかどうかがわかればいいのですが、近代的なデータの蓄積が約100年ぶんしかない一方、巨大地震が起きる間隔は数百年以上の可能性があります。

そこで「想定ミス」を防ぐためには、地震学だけではなく地質学・測地学など様々な観点からの検証が必要です。そして発生頻度が一定ではない小くりかえし地震も、総合的な検証の一助となります。

すべり速度の周期で大地震を予測

内田さんは小くりかえし地震が起きる頻度から、すべり速度の変化を導いてみました。オルゴールで同じ音に注目し、どのくらいの間隔で鳴るかを測れば、シリンダーの回転速度がわかるでしょう。間隔が短ければ速く、長ければゆっくり回っていることになります。小くりかえし地震も頻繁に起きればすべり速度は速く、まばらなら遅いと言えます。

三陸沖でその速度変化を見ていくと、約3年ごとに速くなったり遅くなったりしていることがわかりました。また速くなっている時に、大きめの地震が多いことも判明しました。1994年の三陸はるか沖地震(M7.6)、そして東北沖地震も、わりと速くなってきた時期に発生しています。このような周期性は、三陸沖以外の場所でも見られます。

そこで東北から関東の沖に至る広い範囲で、3年ごとにすべり速度の分布を見ていくと、2008年から2011年にかけては、それ以前に比べて、すべり速度の速い場所が増えていました。東北沖地震で大きくすべった震源域の中や周辺が、とくに速くなっています。これは固着が緩みつつあったことを示している可能性があります。

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小くりかえし地震のデータから推定した三陸沖東部(上)と西部(下)の、プレート境界のすべり速度(灰色のグラフ)。赤線はその周期を表す。各グラフ上部の星はM5以上の地震が起きた時期とその規模(マグニチュード)を示す。すべり速度が速い時ほど地震は多いことがわかる。「M7.6」とラベルされた線は、三陸はるか沖地震が起きた時点を示している。 提供/内田直希 氏
東北沖から関東沖にかけて、小くりかえし地震から推定したすべり速度の分布を、3年ごとに比較した。赤い場所ほど速く、青い場所ほど遅い。2008年から2011年にかけては速い場所が増えており、とくに東北沖地震で大きくすべった領域周辺が速くなっている。 提供/内田直希 氏

周期はずっと長いですが、東北沖では巨大地震もくり返していると今では考えられています(これについては次回以降に触れます)。過去の津波による堆積物や地質学的なデータから、そのことが2011年3月以前に明らかとなっていたら、小くりかえし地震の空白域や、その周囲におけるすべり速度の変化について、もっと疑いの目が向けられていたかもしれません。

内田さんに「すべり速度の変化は地震の予測に使えるのでしょうか」と聞いたところ、「すべりが速い時期に『起きやすい』ということは言えます」との答えでした。「ただ3年に1回くらい速い時があるんですけど、起きないことのほうが多い。それでも普段よりは可能性が高まっているかもしれません」。

現在、北海道から関東の沖合にかけては、多数の地震計や水圧計を光海底ケーブルで結んだ観測網が張り巡らされています。この「日本海溝海底地震津波観測網(S-net)」のデータから、内田さんは、もっと広範囲に、くりかえし地震を含めた色々な小地震を検知して、その分布を見たり、すべり速度の変化を推定していきたいと考えているそうです。(次回に続く)

藤崎慎吾(ふじさき・しんご)

1962年、東京都生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどを経て、99年『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書は早川書房「ベストSF1999」国内篇第1位となる。現在はフリーランスの立場で、小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。近著に《深海大戦 Abyssal Wars》シリーズ(KADOKAWA)、『風待町医院 異星人科』(光文社)、『我々は生命を創れるのか』(講談社ブルーバックス)など。ノンフィクションには他に『深海のパイロット』、『辺境生物探訪記』(いずれも共著、光文社)などがある。

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