がっつり深める

東日本大震災から10年

<第7回>地震を研究するのは、地球が好きだから

海と陸の間に何があるのかを知りたい

――ところで日野先生は『日本沈没』という映画(小松左京原作)に出てきた、地球物理学者の竹内均先生(1920〜2004年)にあこがれて、研究者を志したそうですね。

日野:それは、ちょっとニュアンスがちがう感じですね。映画の中で、竹内先生がプレートテクトニクスの説明をするシーンがあるんです。そこで「ああ地球科学って面白いな」と思ったっていうのはあります。研究者のパーソナリティという意味でいうと、登場人物の田所教授にいちばんあこがれてたんで(笑)。
 映画に出てきた竹内先生って、ほんとうにただ専門家として国会に呼ばれて説明しているだけなので、そういう意味では「ああ、すごい先生がいるんだな。しかも実在の人物なんてすごいな」と思ったところまでは印象にありますけど、あそこに関しては先生が説明された内容にすごくインパクトを受けた。

1973年に光文社カッパ・ノベルスから刊行された小松左京『日本沈没』。同年、映画化もされた。上下巻合わせて400万部近いベストセラーとなり、プレートテクトニクスの日本における認知に一役買ったとされている。
小松左京『日本沈没(上)(下)』/カッパ・ノベルス(光文社)

――『日本沈没』は、今、地球科学や地震をやっている人には、やっぱり大きな影響があったんでしょうか。

日野:人によると思いますけど、私の知り合いではけっこう多いですよね。当時は1970年代前半くらいで(小説は1973年刊行)、ほんとうに夢中になって読んでいたのは、我々よりちょっと上の世代かもしれません。
 私が『日本沈没』はよかったよねと話して、そうだそうだと言われた記憶があるのは、うちの松澤暢さん(東北大学大学院理学研究科教授、第1回に登場)と山岡耕春先生(名古屋大学大学院環境学研究科教授)――山岡先生はあまりに好きでね、次に映画化された時(2006年)に科学監修をされました。
 他にどれくらいいるかっていうのは推測するしかないですけども、比較的、近い人に2人も大好きな人がいるんだから、それなりに皆さんに影響があるのかなと想像はしますけどね。

小平:僕も映画を見た記憶はあるんですけど、まだ子供だったから「ふうん」というだけでした。もうちょっと大きくなってから本を読んだ記憶はありますが、リアルタイムでは影響を受けてないような気がします。何年か経って、自分に地球科学への興味が出てきたところで、もう一回読んで「なるほどな」って思ったかもしれません。

――地球科学に限らず、多くの科学者の研究に対する動機は「好奇心」に尽きるんじゃないかと思っています。単純に何かを知りたいとか、こうしたら、こうなるんじゃないかとか、思いついたとたんに追求せざるをえなくなる。ただ地震に関しては、好奇心という言葉がなじまないような気もするんですけど、お二人の場合は、どのような動機で研究をしていらっしゃるんですか。

小平:僕はもともと地震現象というより、子供の頃から地図を見るのが大好きで、なんかこう地球のシワシワが山や海溝であるとか、そういうのを見るのが非常に好きで、その理由はわかりません。ただ好きで、中学生になるとプレートテクトニクスという学問があって、それで色んな説明ができるんだとわかって、さらに興味を持った。
 あとは今はそんなに得意ではないけど、算数とか物理で色んな説明ができるというのも、ちょっと楽しかったっていうところで、やっぱり好奇心ですよね。地球を知りたいという、そういうところだという気がします。

日野:同じですね。僕は『日本沈没』の話以来、まず沈みこみ帯に興味を持ち、プレートテクトニクスに興味を持った。当時の理科の教科書とか地学の教科書って、地球の構造に関しては「地殻があります、海にはすごく薄い地殻が、陸にはすごく厚い地殻があります」って書いてあるのね。じゃあ海と陸の間はどうなっているのっていうところに私はすごく興味を持ったんだけど、点線でつないでいるだけなんです。すごく地殻の薄い海と、すごく地殻の厚い陸があって、その間に何があるかは教科書に説明が何もない。
 その一方で映画でちらっと見たプレートテクトニクスの図が、どういう関係になっているのかなと気になった。だから海と陸の間に何があるのかがずっと知りたくて、今でもまだわからないという意味では、ずっと謎を追っているという感じですかね。もとをただすと好奇心ですね。

――結果的に、それが地震研究につながっているわけですか。

日野:そうですね。

興味を突き詰めれば防災につながる

――天文学者や生物学者は文明の発展に寄与することはあっても、人の生死に関わるような影響を社会に与えることは、まずありません。その点、地震学者は少しちがうのかなと思うのですが、地震研究が社会に重大な影響を与えうる点を意識することはありますか。

日野:する時としない時がある、という感じですかね。自然現象に向き合っている時には、それが人を殺すかどうかというのは、あまり関係がない。例えば地震はなぜ起こるのかとか、地震が起こる前には何か動きがあるんじゃないのとか、地震の起こりやすい所と起こりにくい所があるらしいのは、どうしてかとかって、それは全部、好奇心なんですよね。だから、ほんとうに地震現象に興味が向いている時には、震災というのは全然、気にもしない。
 でも地震現象を突き詰めて考えていくと、大きい地震が起こる条件があったとして、それをしっかり突き止められたら、それに合うような防災対策ができるはずだとも考える。それって今度は、もう学者じゃなくて市民ですよね。「こういうのがあれば震災が小さくなるのにな」という思いがあって、それに自分の調べていることがつながると「あ、これって何か役立てられる方法はないのかしら」と思うとか、そういうことはあります。
 ただ、こういう言い方をしたらがっかりさせるかもしれないけど、震災を研究しようと思ったことはないですね。地震予知を本気でやろうと思ったこともない。ただ自分がやりたいと思っていることが突き詰められれば、そこにつながるだろうと、そんなイメージですかね。

小平:僕もかなり近くて、東北にいる人に比べたら私たちの悩みは全然、軽いのかもしれないけど、震災の時には、何をやってたんだとか、何をやればいいのかって、けっこう悩んだんです。研究なんかしていても何も役に立てないなとか、ちょっと思ったりして……。
 でも、その時によくよく考えたら、自分が知りたいことは何かを突き詰めていくと、東北沖地震についても色んなことがわかってくる。それを世の中の人に知らせてあげるということが、自分にできることじゃないかと思ったんです。それは必ずしも防災とは直結しませんけどね。
 何が起きたかとか、何が起きるかっていうことを自分は知りたいだけで、それを突き詰めて自分なりに理解して、新しいことを明らかにして、それをみんなに説明していく。たぶんそれは自分たちにしかできないことだから、そこをやればいいんだなっていうふうに感じた。
 だから、ほんとうのところ私は日野さんと同じで、防災事業を専門にしているわけではないので、やっぱり起きていることをちゃんと理解したい、それを世の中にちゃんと説明したいっていうところですかね。ただ、それは自分なりにできるアプローチで、防災とか防災意識っていうものに貢献できているんじゃないかというふうには思っています。

日野:個人的なモチベーションの部分は、たぶんそうですよね。サイエンスとして、ちゃんとしたサイエンスをやりたい。自分たちが興味を持って始めたことに基づいてやらないと、やっぱり力を出せませんから。
 けれども一方で責任は感じてます。それはやっぱり災害軽減のために、こういう研究費をいただいているんだとか、そういうのはありますから、ほんとうに興味本位だけでやっていていいというわけでは決してありません。何もできないくせに地震予知をやりますなどと言うのではなく、自分の良心に従って、これがいい道だと思っていることを続けている。そこが私の感じる責任――要するに災害軽減のための地震学としてやらなきゃいけないと思っているのは、その責任感があるからです。

小平:新しい発見とか新しい技術で解決できる問題ってあるはずで、その発見や技術を世の中は求めている。それは自分が興味を持っていることの延長線上に必ずあるはずで、そういうものを突き詰めているっていうことだと思いますね。だんだん歳をとってくると、社会問題を解決しなければいけないっていう意識は当然あって、それを自分なりのアプローチで解決していく、自分たちが得意としているアプローチで解決していくっていう意識ですかね。

「よくわからない」が許されていた

――東北沖地震の時に何か発言に慎重になったとか、迷ったというようなことはありましたか。

日野:当時は松澤さんがそういう立場にいらっしゃったので、ずいぶん苦労されたんじゃないかと思います。逆に私は観測すること、研究することに、すごく集中させてもらいました。
 取材とかはたくさんいただきましたけども、現在進行形で何が起こっていて、これから何が起こりそうだっていうのは、あの当時は「よくわからない」って言うことが、すごく許されてたんですよね。「わからないから調べないとだめだ。調べてないからわからないんだ。その調べないことが、いちばんよくない」っていうようなことを、私はずっと言い続けてきたのが、当時は比較的、受け入れてもらえてたんです。要するに「想定外」をなくさなきゃいけないっていうのを、すごく皆さんがおっしゃってたところだったので、わからないことをちゃんと突き詰めなきゃいけないっていうことに、すごく寛容だったと思うんです。
 でも一般的には学者が言うことは正しくって、学者は全部、知ってなきゃいけないって思っているところが、やっぱりどこかにあって、世の中が落ち着いてくると、またそっちに向かってきているんじゃないかなという気が、ちょっと最近しているんですけどもね。それは新型コロナウイルスの騒ぎを見ていてなんですけども――専門家の先生方が何かわあわあ騒いでいるのを見てて、何やってんだと思っちゃうんでしょうね。いや、だって、わからないんだからしょうがないだろうと僕は思うんだけども。

小平:10年前の我々の世代って、責任ある立場にまだ達していない年頃だった。松澤さんたちは、けっこうそれに近づいちゃってて、すごく責任を感じていらっしゃって、学会とかでも色んな集会を先頭に立ってやられてたんだけど、どっちかというと、それよりちょっと下の我々って、調査や観測の最前線に立って、自分から体を動かしたりする、そのぐらいの年頃だった。よくわからないことがあるけど、とにかく調べようって、そっちにどんどん考えかたが向いてったんですよね、地震の直後は。
 でも、ちょっと上の人は、もう少し上からものを見ていたから、どうしなきゃいけなかった、これからどうするって、そっちをすごく真剣に考えられて、ご苦労なさっているのを、やっぱり見てはいました。我々は、それよりも、わからないことがあるから、とにかくそっちを調べるということを許してもらっていた世代だったんじゃないかな。たまたまそういう年頃だった。今、地震が起きたら、ちがうかもしれない。

日野:そうですね。

――今は逆に前の松澤さんの立場になられているわけですよね。例えばこれから東南海地震、南海地震みたいなのが起きたとしたら、たぶんお二人が矢面に立つと思うんですけど、その心構えみたいなのは学んだ感じですか。

日野:迎え撃つ心構えは、まだちょっと足らないなと思うんですよね。
 南海地震って起こるだろうっていうふうに言われているけど、でも5年や10年で起こらないだろうと思って、その5年や10年の間に、しっかり準備しなきゃっていうところが、すごく強くあります。今がんばらないと、もう間に合わない。特に私たちは地殻変動をやってますので、ああいうのって結果が出るのに5年や10年、簡単に経っちゃいますから、今ここでがんばらないともう絶対、間に合わないという、そういう焦りはあります。
 けれども逆に今、本物の地震が起こっちゃったらどうしようっていうのは、全く心構えができていません。そのための知識が、まだ足りていない。