雪と氷の世界が広がる美しい北極(2018年3月、アラスカ沖の海氷上で撮影)/JAMSTEC

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「真の北極点で写真を撮るのが困難」なワケ…多くの人が知らない、北極研究“現場あるある”の中身―私たちの知らない北極

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取材・文 岡田仁志

日本からおよそ5000キロメートルの距離にある氷の世界、北極。「とてつもなく遠い場所」「年中氷に覆われた地域」「ホッキョクグマのいるところ」――みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。

私たちにとって必ずしもなじみが深いとは言えない北極ですが、そんな氷の世界を職場にする人たちがいます。海洋研究開発機構(JAMSTEC)北極環境変動総合研究センターの研究者たちです。一面が氷と海に覆われた世界で2ヵ月以上に及ぶ観測・研究生活を送ることもあれば、海氷上に一泊二日で行って帰ってくることも! 「北極を知れば、地球環境のこれからがわかるかも」と語る、同センターの菊地隆センター長に、わたしたちの知らない北極研究のリアルから、温暖化との関連、さらには北極の氷がとけたら日本に何が起きるのかという難しい疑問まで、たっぷりとお話を伺いました。本稿では「そもそも北極までどうやって行くの」など、気になる現場のリアルを紹介しましょう。(取材・文:岡田仁志)

北極へ出発…現地滞在は「一泊二日」のことも!?

――北極や南極には、冒険家や探検家が目指す「世界の果て」のようなイメージがあります。菊地センター長は研究のために何度も北極を訪れているそうですが、行くだけでも相当に大変なのではないですか?

菊地隆センター長※以下敬称略:いや、そうでもないですよ。お金さえあれば、誰でも行けます。日本からだと南極より北極のほうが近いですし、北極のほうが人が住んでいるところに近いですので、行くこと自体はそんなに大変ではありません。夏場には砕氷観光船が運航されますし(※編集部注:日本からは直線距離で北極海の中央部まで約5000キロメートル、北極点までは約6000キロメートル。一方南極は約14000キロメートルだという)。

また、かつてはロシアが毎年4月に観光目的の氷上キャンプを北極点(=北緯がちょうど90度の地点)近くに設営していました。北緯80度付近にあるノルウェー領のスヴァールバル諸島から、小型飛行機でブーンと飛んでいきます。氷上キャンプからは、ヘリコプターで北極点まで行くこともできました。

私たちも、そのキャンプを2002年から2013年まで研究・観測のために利用していました。観光客の中には、氷上マラソンを楽しむ人や、結婚式を挙げる人もいました。キャンプで寝泊まりできるので、いろいろやれますよね。ちなみに私は北極点付近の海氷上まで観測をしに行って、現地滞在は一泊二日、日本発着で計算しても10日間ほどで帰ってきたこともありますが(笑)。

――北極滞在が一泊二日ですか!? 移動も含めて10日間ほどですと出張とあまり変わりませんね。

菊地:はい、まさにちょっとした出張感覚です。そのときは自動観測装置を氷上に設置する仕事でした。前線基地であるカナダの街から海氷の上に小型飛行機で移動。到着後に早速作業をして装置を海氷上に設置します。氷上キャンプで一泊したあとに装置からデータがちゃんと送られて自動観測できていることを確認したら、それでミッションは完了です。そしたら、その日に飛行機で到着した人に「帰りたければこれに乗って帰れるけれど、帰るか?」と聞かれたので、それで帰れるなら、ちょうどいいから帰ろうと。氷上キャンプではシャワーも浴びることができませんからね。結局、海氷の上では一泊二日だったというわけです。

ただし念のため申し上げておきますが、こういう観測ばかりではないです。観測船や砕氷船に乗って北極海に行ってデータを集めることもあります。その時は2ヵ月以上北極海の中にいることもあります。でも、船での長期航海は快適ですよ。JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」は食事も美味しいし、シャワーはもちろんのこと、自分たちで切りますが理髪室なども完備していますから。

海洋地球研究船「みらい」/JAMSTEC
「みらい」船内の理髪室の様子/JAMSTEC

氷上にテントや飛行機! 割れたりしないの?

――南極は大陸ですが、北極は海水が凍ってできた海氷が海に浮いているわけですよね? キャンプ用のテントを張ったり、飛行機が離発着したりするのは、危険ではないのですか?

菊地:もちろんリスクはありますが、海氷はけっこう頑丈です。日本でも、北国では凍った湖の上を人が歩くことがありますよね? 歩くだけなら、厚さ30センチメートル程度あれば十分。北極の海氷はひと冬で1.5~2メートルぐらい凍ります。場所によって何回も冬を経た厚い海氷があり、その厚さは4〜5メートルにもなります。さらにぶつかって重なり合った海氷は20メートルを超えるところもあるんです。

一方で、テントを張るときは、氷の厚さが2メートル以上ある平坦なところを見つけなければいけません。北極の氷はデコボコが多いので、十分な面積のある比較的フラットな場所を探すのは大変です。特に飛行機が離発着するための滑走路として使うためには、長さが1000メートルくらい必要です。

2018年、小型飛行機でアラスカ沖の海氷上に着陸。黄色の防寒服が菊地センター長/JAMSTEC

――海に浮いている氷は揺れたり動いたりして、離発着が難しそうですけど。

菊地:冬はガチガチに凍っているので、そんなに揺れませんね。海氷の漂流速度も、ふつうは秒速10センチメートル以下です。人が歩くよりも遅いので、問題ありません。ただし風が強いと海氷の漂流速度も1〜2ノット(1ノットは時速1.852キロメートル、秒速約50センチメートル)ぐらいになります。そういう日はそもそも風が強くて飛行機は来ませんし、屋外作業もできません。テント内でおとなしくしているしかないですね。「海氷が割れなければいいな」と祈りながら。

――やはり、海氷が割れる可能性はあるわけですね……

菊地:幸いなことに私の滞在中には経験がありませんが、テントの下の海氷が割れてしまうことはあります。そうなったら、大変です。最悪、海に落ちる危険があります。惨事になる前に別の場所に移動しなければいけません。

私自身も、これから行こうと思っていた氷上キャンプの滑走路の海氷が割れてしまい、計画を中止せざるを得なかったことはあります。すでにカナダのレゾリュートに入り、北極点に設置する観測用ブイの準備を整えていたのですが、予定よりも短い滑走路しか確保できず、小型飛行機しか離発着できなくなりました。誰でも行けるとはいえ、自然環境の影響でさまざまな災難に遭遇するリスクがあるという意味では、登山みたいなものかもしれませんね。

――登山にたとえると「頂上」は北極点のような気がしますが、大陸にある南極点と違い、氷が漂流しているので位置がわかりにくそうですね。

菊地:南極大陸の氷床もわずかに動いてはいますが、年間数ミリの話なのでほとんど動いていないのと同じです。それに対して北極の海氷は風や海流の影響を受けて漂流しています。北極点に到着してGPSの数字が北極点を意味する「90.0」になったことを確認して、旗を立てて記念撮影しているあいだに、そこは北極点ではなくなってしまうこともあるんですよ。ある外国の研究者は、撮影用に立てた旗に「It was North Pole(ここは北極点だった)」と過去形で書いていました(笑)。

――「過去形」なのは面白いですね。現場では平均的な滞在時間の中で、研究と自由時間、それぞれみなさんはどんな風に過ごしているのでしょうか。

菊地:氷上キャンプにせよ、観測船や砕氷船の航海にせよ、現地で研究者は貴重な機会を活用して、観測作業を行っています。現場の状況が許す限り、そこでしか取れないデータや試料を取得し、分析を行い、状況を記録します。観測作業の合間には、休憩を取って遊んだりもしますよ。海氷や雪でSnow Domeを作ったり、みんなでサッカーをしたり。ただ、北極海のその時期やその場所でしか見られないものがありますので、いま北極海で何が起きているのかをしっかりと見ています。

2008年ドイツ砕氷船Polarstern号航海での休憩中の一コマ。Snow Domeを作っているが、この氷の下は、水深4000メートルの海/JAMSTEC
同じく2008年ドイツ砕氷船Polarstern号航海での休憩中の一コマ。海氷上での“国際親善”サッカーの様子。黄色の防寒服が菊地センター長/JAMSTEC

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ここまでのお話から、私たちが想像していたより北極は“近い場所”だということがわかった一方、テント設営や飛行機の離発着など、やはりリスクのある場所だということもわかりました。私たちの知らない「北極」の様子が少し見えてきましたね。

では、研究者はこの氷の世界でどんなことをしているのでしょうか。今“熱い”北極研究の最前線を、この後の連載で語ります!

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