豪雨の鍵をにぎる東シナ海

九州をはじめとする西日本では、梅雨末期の7月に集中豪雨が発生しやすいことが知られています。例えば、2012年(平成24年)には九州北部で集中豪雨が発生し(※1)、多くの被害が出ています。最近の研究で、海水温がこの集中豪雨に重要な役割をはたしていることがわかってきました。今回は、その研究を紹介します。

まず、7月の海水面温度の特徴を6月と比較しながら見てみましょう。図1は、平年(1993-2012年平均)の6月と7月の海水面温度を比較したものです。6月(図左)の水温の特徴は、黒潮の流れているところで温度が高くなっているのがはっきりわかることです。この黒潮の高い水温が梅雨の雨に与える影響については2015/6/19号「黒潮と6月の梅雨の関係は?」で解説しました。

7月になると水温の様子が変わってきます(図1右)。夏本番になり、全体的に水温が上がってきますが、黒潮の北の東シナ海や黄海は水深が浅いので特に急速に温度が上昇します。そのため、東シナ海では黒潮とそれほど温度が変わらないくらいまでに水温が高くなります。

このような7月の水温の様子は、たとえば2012年の九州北部豪雨にどのような影響があったのでしょうか?万田敦昌准教授(当時:長崎大、現:三重大)らのグループはこの問題に挑みました(※2)。この研究では2012年の九州北部豪雨をシミュレーションしました。7月の水温を使った場合、九州北部豪雨がよく再現できました。しかし、気象条件を変えずに、海面水温だけ6月の物に変えて実験すると、雨はかなり弱くなりました。つまり、7月の海面水温が強い雨に重要だったわけです。

6月は東シナ海がまだ冷たいために、梅雨前線の位置が同じだったとしても(※3)、梅雨前線に南から吹き込む風に熱と水蒸気を十分に供給できません。一方、7月になると東シナ海の水温が上昇するので、南から吹き込む風に、たっぷりと熱と水蒸気を供給できます。これが7月に集中豪雨が発生しやすい理由となります。

この研究は、将来の集中豪雨に対する示唆も与えてくれます。もし、予測されているように、地球温暖化で東シナ海の温度が上昇するとどうなるでしょうか?この研究のシミュレーションによると、九州北部豪雨と同じ気象条件であった場合には、7月にさらに激しい豪雨が発生する可能性が高まることがわかりました。また、現在は7月に発生する規模の豪雨が、6月に時期を早めて発生しやすくなりそうです。

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図1: JCOPE2で作成された平年(1993-2012年平均)の海面水温(°C)。(左)6月平均。(右) 7月平均。

 

最後に、今年の状況を見てみましょう。図2の左は、今年の6月19日の海面水温が平年より高いか(赤っぽい色)、低いか(青っぽい色)、をJCOPE2のデータを用いて見たものです。今年は東シナ海で全体的に温度が平年よりも高く、九州のまわりでは平年より1度以上温度が高い所が見られます。このような状況が、今年は6月に九州で発生した豪雨(※4)に影響を与えた可能性はあります。今後の研究が待たれます(※5)。7月に入っても、6月ほどではない(注※6を2015/7/13に追記)ですが、平年より温度が高い所が見られます(図2右)。高い水温は台風の発達にも影響を与えるので、今後も注意が必要です。

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図2: JCOPE2推定による平年(1993-2012年平均)からの海面水温差(°C)。(左)2016年6月19日(右)2016年7月3日。

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※1 参考資料:「平成24年7月九州北部豪雨 平成24年(2012年)7月11日~7月14日」(気象庁)

※2 この研究の論文はプレスリリースになっています。「東シナ海の水温上昇が梅雨期に九州で起こる集中豪雨の発生に影響 ― 2012 年「九州北部豪雨」の事例と今後の水温上昇に伴う将来の見通し ―」(pdf) 図のpdfはこちら。
もとになった論文は、Manda, A., H. Nakamura, N. Asano, S. Iizuka, T. Miyama, Q. Moteki, M. K. Yoshioka, K. Nishii, and T. Miyasaka, 2014: Impacts of a warming marginal sea on torrential rainfall organized under the Asian summer monsoon. Scientific reports, 4, 6. doi:10.1038/srep05741 (英語)
筆者(美山)も共著者として参加しています。
この論文にはJCOPE2のデータが使用されています。
この研究とその背景に関しては、2016/6/3号で紹介した書籍「天気と海の関係についてわかっていることいないこと」の第2章で、万田准教授が解説しています。
論文では、過去の気象記録を用いて、九州西部における平年雨量は梅雨最盛期の 6 月下旬にピークを迎えるますが、日雨量が 250mm 超える集中豪雨の発生頻度は 7 月中・下旬が圧倒的に高いことも確かめています。

※3 今回は、梅雨前線が同じである時の海面水温の影響に関して書きましが、海面水温が梅雨前線に影響を与えているという研究もあります。
Moteki, Q., and A. Manda, 2013: Seasonal migration of the Baiu frontal zone over the East China Sea:sea surface temperature effect, SOLA, 9, 19-22, doi:10.2151/sola.2013-005 (英語)
この論文にはJCOPE2のデータが使用されています。
この研究についても、※2で述べた書籍「天気と海の関係についてわかっていることいないこと」の第2章に解説があります。

※4 参考資料: 「梅雨前線による大雨 平成28(2016)年6月19日~6月30日(速報)」(気象庁)

※5 関連して、「日本周辺の海面水温場が局所的な豪雨・豪雪の予測可能性に与える影響の定量的評価」(代表:中村尚 東大教授)という研究プロジェクトが今年度から始まってます。筆者(美山)も連携研究員として参加しています。

※6 もともと7月は6月より水温が高いので、6月より水温が低いという意味ではありません。また、7月3日以降、水温の上昇が大きくなり、平年より高い状況は拡大しています(図3)。

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図3: 2016年7月10日のJCOPE2推定による平年(1993-2012年平均)からの海面水温差(°C)。2016/7/16追記