書籍紹介「海の教科書 波の不思議から海洋大循環まで」

今回は、書籍「海の教科書 波の不思議から海洋大循環まで」を紹介します。著者は、海洋研究開発機構の柏野祐二 技術主幹です。

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本書は、海洋研究観測船に多く乗り、主に熱帯の海を研究してきた筆者(※1)が、海の現場と学問の面白さを世の中に伝え、多くの人に海に関心を持ってもらってもらうために書かれた入門書です。海洋学の分野(他に生物学や化学)の中でも、筆者の専門で、波や海流に関する学問である海洋物理学(※2)が解説されています。「まえがき」に書かれていますが、日本の学校教育の中で、海についてはあまり教えられていません(※3)。本書は、それで良いのか?という著者の問題意識から生まれたものです。

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黒潮親潮ウォッチとしての、本書への注目点をあげておきましょう。まず「第四章 海の姿が明らかになってきた」中の「日本近海の海流分布」では、黒潮親潮ウォッチの対象である、黒潮対馬海流親潮混合域(黒潮と親潮の間の領域)についてわかっていることがまとめられています。簡潔に書かれていますが、基礎から比較的最近の知見までの概略を学べます。

もう一つの注目点は、第五章「海洋大循環はなぜ起こるか」です。何が黒潮や親潮のような海流を動かしているのでしょうか?これは、海上に風が吹いた時に摩擦によって海面にはたらく力が主な動力であることがわかっています(第五章 地球の熱バランスと海洋を動かすもの)(※4)。しかし、実は、風が海流を押していると単純に考えることはできないのです。

  1. おおざっぱに見ると、黒潮・親潮を含む海流の循環は風と同じ方向に回っているように見えます。しかし、風が吹いても海水がその方向に動くわけではありません。地球の回転していることによって生じるコリオリ力(※5)のために、風が吹くと、海の表面では、風の向きではなく、風が吹く方向の右(北半球の場合。南半球では左。)に海水が流されるように力がはたらきます(第五章 風が吹くと海の流れはどうなるか)。したがって、海流の向きには別の説明が必要です(第五章 地衡流)。
  2.  水にはある程度ねばり(粘性)がありますが(第五章 海水の粘性)、そのねばりによって海面に吹く風の力の影響が直接届くのは、せいぜい深さ数十メートルまでです(第五章 風が吹くと海の流れはどうなるか)。深さ1000mまで及んでいる黒潮(第四章 黒潮)を動かすには、風の効果がどうやって深いところまで届いているかを考える必要があります。
  3. 海の中は、どこにでも同じように強い流れがあるわけではなく、大洋の西側で特に強い流れが見られます。太平洋の黒潮・親潮や、大西洋の湾流、インド洋のソマリア海流などがその例です。このような海流を西岸境界流と言います。西岸境界流を理解するには、地球が丸く、緯度によって地球の自転の感じ方が違うことによって生じる効果を考える必要があります(第五章 渦度・ロスビー波と西岸境界流)。

以上のことを組み合わせていくと、黒潮や親潮がなぜ流れるかが理解できます(第五章 風成循環とストンメルの理論)。黒潮親潮ウォッチでも機会があれば解説したいと思いますが、答えを知りたい方は本書を読んでみましょう。

以上で注目した他についても、海流や波について興味がある人にはお勧めの本です。黒潮親潮ウォッチの姉妹サイト「季節ウォッチ」の読者には、「第八章 エルニーニョ現象とその仲間たち」が参考になります。本書を通読しても面白いですし、目次、巻末のさくいん(※6)から興味のある部分を探して読んでみるのも良いでしょう。巻末の参考文献やウェブサイトのリストも充実しています。

書籍名 海の教科書 波の不思議から海洋大循環まで (ブルーバックス)
筆者  柏野祐二
出版社   講談社 
出版社サイト http://bluebacks.kodansha.co.jp/intro/193/

 

※1 写真撮影でも著名で、科学技術団体連合主催の「科学技術の「美」パネル展」3年連続最優秀賞受賞などがあります。前著に写真集「海洋地球研究船「みらい」とっておきの空と海」(柏野祐二, 堀 E.正岳, 内田裕 / 著、ネイチャープロ編集室 / 構成・文、幻冬舎)があります。

※2 海洋物理学は、著者の言葉では「海のさまざまな現象を物理学的な観点から研究する学問」です。物理学と聞くと抵抗があるならば、海の気象学のようなものと考えると良いでしょう。本書では数式はほとんど用いられていません。

※3 日本海洋学会は、関連学術学会と共同で、小学校理科第4学年単元「海のやくわり」新設の共同提案を行っています。

※4 風の効果によって生じる海洋循環を風成循環と言います。黒潮が風成循環の一部であることは、2016/03/04号「黒潮はどれくらい先まで予測できるのでしょう?」で触れています。

※5 コリオリ力については気象学で聞いたことがあるかもしれません。本書ではコリオリ力について、第五章でじっくり解説されています。

※6 さくいんは、紙の書籍にはありますが、電子書籍版にはないようです(手持ちのkindle版の場合)。そのかわり、電子書籍版では検索ができます。


美山 透

海の変化は、漁業海運エネルギー天候など様々なことに影響します。海洋予測がもっと身近なものになるように、頭をしぼって書いています。