現在、わたしたちのJCOPEでは2ヶ月先までの海洋予報を行っています。黒潮や黒潮続流はどれくらい先まで予測出来るのでしょうか?個々の渦や離岸・接岸傾向は2ヶ月先でもなかなか難しいくらいですから、ここでは黒潮の流量や、黒潮続流緯度(2016/2/19号解説)の平均位置というようなおおまかな特徴の予測の話ということにします(※1)。
これには良いニュースと悪いニュースがあります。
良いニュースというのは、黒潮の流れを作っているのは何かということに関係します。黒潮は風によって動かされる風成循環の一部です(※2)。風が変動すれば黒潮も変動します。幸い海の動きはゆっくりなので、太平洋中央の風の変化が伝わって黒潮が変化するまで数年かかります(図1)。つまり、今の風の変化を観測すると、数年先の黒潮のおおまかな変化が予測できることになります。季節予測で、将来の風が予測できるとすれば、なおさら予測が可能ということになります。例として、黒潮続流の緯度は風のゆっくりした変化があらわれやすいことが知られています(※3)。
悪いニュースというのは、海流のちょっとした変化が、しだいに成長して黒潮・黒潮続流を大きく変化させてしまう可能性あるということです(図2)。最初のちょっとした変化はとらえにくいので、その影響が大きいとすれば予測は難しいということになります。
わたしたちアプリケーションラボの野中グループリーダー代理らの研究グループは黒潮続流を対象として、この予測の問題に取り組みました(※4, ※5)。この研究では、アプリケーションラボが開発している海洋シミュレーションOFESを使い、ほんの少しずつ変化をつけた「並行世界」をまず用意してやります(このような並行世界の集まりをアンサンブル、個々の並行世界をアンサンブルメンバーといいます)。この「並行世界」からスタートして、同じ風を使って(つまり風の予測はできているとして)11年先の予測をしてやります(アンサンブル予測)。もし「並行世界」のメンバーのちょっとした違いが小さいまま同じような予測結果であれば、風がわかれば予測が可能ということになります。もし予測結果がばらばらであれば、風がわかっても予測は不可能ということになります。野中グループリーダー代理ら研究グループの結論では、「風の変動によって生じる」変動量と、「風の変動と無関係に生じる」変動量はほぼ等しいという結論になりました(※6)。つまり、予測はある程度可能だけれども(予測が完全にばらばらというわけではない)、確実ではない(まったく同じ予測が得られるというわけではない)ということです。詳しくは研究のプレスリリース(※4)をご覧ください。
これは悪いニュースにも見えますが、海洋予測の未来も指し示しています。現在、わたしたちJCOPEの黒潮予測も含め、海洋予測はあたりかはずれかという予測が一般的です。しかしアンサンブル(「並行世界」)の研究が進めば、天気予報や季節予測で一般的であるように(※7)、海洋予測もアンサンブル予測になっていくでしょう。つまり「来週、黒潮が離岸する確率は60%でしょう」とか、「急潮の強い流れが来る時期はx月x日の前後5日間でしょう」という確実さの幅をもった予測になっていくでしょう。わたしたちJCOPEグループでもアンサンブル予測の準備を進めています。
※1
これは、数ヶ月先が晴れか雨かという予測は無理でも、冷夏や暖冬は予測できる可能性があるとする季節予測の考え方に通じます。
※2
参考: 海をたずねて -地球とわたしたち- (15) 暮らしの目で黒潮を観測
※3
気候系のHotspot研究成果紹介「ジェットに捕捉された黒潮続流変動が引き起こす日本南岸水位変動」
※4
海洋研究開発機構プレスリリース「海洋循環に潜む「パラレルワールド」の存在を指摘―アンサンブル実験により黒潮続流の年々変動要因を解析―」
※5
関連する解説として、気候系のHotspot研究成果紹介「黒潮続流の変動の予測」があります。
※6
その割合は、予測の期間、予測の対象、使っているモデルによって異なる可能性があります。
※7
天気予報では、「降水確率」や「台風の予報円」などでアンサンブル予測のあらわれです。季節予測では例えば、JAMSTECニュース「スーパーエルニーニョ現象のこれから」の図1にいくつも線があるのがアンサンブル予測のあらわれです。