更新日:2021/04/09

船舶観測により捉えられた水塊の十年規模変動とその影響

亜熱帯では海面から深くなるにつれて水温は低下し,海水の密度は大きくなりますが,この鉛直方向の変化の大きさは水深や場所により異なり,さらに時間とともに変化しています.図1は東経137度に沿った夏季の海水密度の平均南北断面を示しています.北緯25-31度の200-300 m深付近に,密度の鉛直変化が比較的小さい層が見られます.この鉛直一様な水塊を亜熱帯モード水と呼んでいます(参考:用語解説「海洋混合層とモード水」).亜熱帯モード水は北太平洋亜熱帯北西部に広く分布していますが,その形成域は狭く,房総半島沖を東向きに流れる黒潮続流の南側の海域で冬季に形成されています(図2).冬季は,強い季節風の吹き出しにより海面が冷却され,海洋表層には深さ数百mに達する深い対流が起こり,海水密度が鉛直に一様な混合層が厚く発達します.混合層の海水は,春季以降に海洋の内部に沈み込み,鉛直一様性を保ったまま,亜熱帯モード水として,海洋の流れにより下流域へ広がっていきます.黒潮続流南側の冬季混合層は十年規模で厚さを変動させていることが知られています.この変動は亜熱帯モード水の厚さの変動として,モード水の形成域から下流域へ伝わり,下流域の水温や密度の分布に影響を与えると考えられますが,どのような影響があるか,これまで十分に調べられていませんでした.

図1:東経137度に沿った夏季の海水密度の平均南北断面.等値線の値に1000を加算した値がkg/m3単位の海水密度.横軸は緯度,縦軸は圧力(メートル単位の深さにほぼ等しい).カラーは渦位で200-300 m深付近に見られる低渦位の海水が亜熱帯モード水.

図2:6-8月平均の亜熱帯モード水の厚さの平均分布.白丸は東経137度定線の観測点.黒太線は冬季2-3月の深い混合層(140, 180 m)で,亜熱帯モード水の形成域を表す.破線は流線を表す.

そこで,私たちは気象庁の東経137度定線の海洋観測データを用いて,この課題に取り組むことにしました.東経137度定線では,亜熱帯モード水を含む西部北太平洋の水温塩分の南北横断観測が50年以上継続して行われており,海洋の長期変動を捉えることができます.また,東経137度は,亜熱帯モード水の下流に位置しており(図2),亜熱帯モード水の影響を調べることができます.
本研究では,亜熱帯モード水とその上下に見られる密度の鉛直変化の大きい層(図1で密度の等値線間隔が狭いところ)に着目しました.亜熱帯モード水の上に見られる密度の鉛直変化の大きい層は季節躍層,モード水の下に見られる層は主密度躍層と呼ばれています.1972年から2019年までの観測データを解析した結果,亜熱帯モード水の厚さは9-15年周期で変動し,厚い(薄い)モード水が現れると季節躍層の深度は浅く(深く)なり,モード水の上部から海面付近まで海水の密度が増加(減少)することがわかりました(図3).一方,主密度躍層は,厚い(薄い)モード水が現れると深く(浅く)なる傾向が見られました.この結果は,海面付近から深さ数百mまでの海水の密度がモード水の変動の影響を強く受けていることを示しています.

図3:亜熱帯モード水と季節躍層および主密度躍層の変動の関係.季節躍層の上昇は海洋表層の密度の増加をもたらす.

海洋表層の密度の変化は,水温の変化を反映しているため,亜熱帯モード水は表層水温を変化させていると考えられます.これまで,モード水は,混合層が深くなる秋季から冬季にかけて混合層に取り込まれることにより海面水温を変化させることが知られていました.本研究の結果は,モード水自体が混合層に取り込まれなくても,季節躍層の昇降を通して,海面付近の水温を変化させうることを示しています.今後,海面水温の変動を通した亜熱帯モード水の大気への影響など気候との関係について,新学術領域研究で投入したアルゴフロートや既存のデータを組み合わせて,研究を進めていきたいと考えています.


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください: Kobashi, F., T. Nakano, N. Iwasaka, and T. Ogata, 2020: Decadal-scale variability of the North Pacific subtropical mode water and its influence on the pycnocline observed along 137°E. Journal of Oceanography. https://doi.org/10.1007/s10872-020-00579-x