黒潮大蛇行

日本南岸を流れる黒潮(図1)が,東経136度~140度の間で北緯32度よりも南に大きく蛇行した状態を『黒潮大蛇行』と呼びます(図2のオレンジ矢印)。黒潮大蛇行は,1年程度で終わることもあれば,長い時には数年持続します。2017年8月頃に黒潮大蛇行が12年ぶりに発生し,2022年4月には観測史上最長継続記録を更新しました(気象庁・海上保安庁 2022)。本解説の執筆時点(2023年12月)も大蛇行は継続しており,最長継続記録を更新しています。

大蛇行期には,本州南岸と黒潮との間の海面水温が冷たくなることが知られています。大蛇行期である2018年を例にとると,平年に比べて海面水温が2℃近く低いことがわかります(図2のカラー)。一方で,黒潮の一部が分岐し沿岸に暖かい水が流れ込む『黒潮分岐流』が,黒潮大蛇行期には発生しやすいともいわれています(図2の緑矢印とカラー)。この冷たい海水や沿岸の暖水は,沿岸域の漁業にも大きな影響を与えることが指摘されています。

さらに,黒潮大蛇行に伴う海面水温の変動が日本付近の気候や気象現象へ作用することもわかってきています。海面水温は,海から大気への熱や水蒸気の放出を司る重要なファクターです。平年に比べて,黒潮大蛇行に伴う冷水域では熱・水蒸気放出が減少し,分岐流に伴う暖水域では熱・水蒸気放出が増加します。このような熱・水蒸気放出量の変動は,紀伊半島から東海沖周辺の大気の状態へ影響します。その影響は,日本南岸を通過する温帯低気圧(いわゆる,南岸低気圧),大雪,豪雨や高温など,多種多様な現象におよぶことが近年の研究によって指摘されています。このような黒潮大蛇行の影響は,大気変動に対する中緯度海洋の能動的な影響の好例です。

このように黒潮大蛇行の影響は海洋だけにとどまらず,気象・気候,海洋生態系などにも波及します。本新学術領域研究でも,様々な観点から黒潮大蛇行に関わる研究が実施されており,2021年5月には大蛇行域での集中的な観測も行われました。また,各研究班間の情報交換や新たな連携の創出を促すことを目的に,黒潮大蛇行に関するサブワーキンググループが活動を行っています。

図1:2001年1月~2020年12月までの平均海面水温(カラー)と平均海面流(ベクトル:流速が0.1m/sよりも大きいところのみを描画)。太いオレンジの矢印で黒潮の位置を示す。海面水温はMGDSST,海面流はCMEMSのデータを使用。

図2:2018年(大蛇行期)の平均海面水温と平年の海面水温(図1)との差(カラー)と2018年の平均海面流(ベクトル:流速が0.1m/sよりも大きいところのみを描画)。赤色(青色)は黒潮大蛇行期に海面水温が高い(低い)海域を示す。太いオレンジの矢印で黒潮の位置を緑の矢印で黒潮分岐流の位置を示す。

平田 英隆(立正大学)・西川 はつみ(東京大学 大気海洋研究所)