海洋再出現過程 (Reemergence)

中緯度の海洋には大きな混合層厚の季節変動が存在します。それによって中緯度海洋に特徴的な冬季海面水温偏差*を形成することが知られています。それが海洋再出現過程(Reemergence)です。

図1は海洋再出現過程のメカニズムを示した簡易図となっています。ある冬季に大気強制によって正の混合層水温偏差が混合層内で生じた場合を考えてみましょう。季節が春夏になると混合層が浅くなり,亜表層(混合層の下)に前冬季に形成された水温偏差が取り残されます。さらに,この亜表層では大気の影響から隔離されるため,この水温偏差は維持されます。次に,混合層が深くなった時にこの亜表層の水温が再び混合層内に取り込まれます。この取り込まれた海水は前冬季と同じ水温偏差を持っていることから,この年の冬季海面水温偏差は前冬季と同じ正の水温偏差となります。図2は北太平洋中央部(ちょうどハワイの北西部あたり)の8月の亜表層水温偏差と各月各深さの水温偏差のラグ相関係数を示したものです。この図で色がついているところが同符号の水温偏差の軌跡を表していて,前回の冬季にできた水温偏差が一旦夏に亜表層に沈み込み,次の秋頃から表層に再出現している様子がわかります。この現象は北太平洋・北大西洋のみならず南半球中緯度海洋でも存在が確認されているものとなっています。

ところで,熱帯での海面水温偏差はエルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象に代表されるように地球規模の気候や生態系に大きな影響を及ぼしており,そのメカニズムの重要性や予測精度の向上は多くの研究によって発展してきました。中緯度にもそのように世界中に大きな影響を及ぼすものが存在し,その一つに太平洋十年規模振動(the Pacific Decadal Oscillation, PDO)というものがあります。海洋再出現過程はPDOにおいて,ある冬から次の冬へと海面水温偏差を維持する役割を担っていると考えられています。

海洋再出現過程のより詳細な描像を理解するには,海洋内部の長期間観測や大気海洋結合モデルによる長期変動との関係を調べていく必要があります。

*偏差:平年からのずれ。例えば,天気予報などで用いられる「平年よりも暖かい」などでは30年分の平均値から暖かい方へずれていることを表しています。

図1:海洋再出現を表した簡易図。横軸が季節,縦軸が深さを表します。MLD(mixed layer depth)は混合層厚を表します。ΔT’は亜表層水温と混合層内の水温の差の偏差を表し,いつもよりも暖かい水温偏差の海水が亜表層にある場合,ΔT’>0となります。

図2:北太平洋中央部における亜表層(図の黒四角)での水温偏差と各月各深さの水温偏差とのラグ相関係数。横軸が月,縦軸が深さを表しています。色が塗られているところに注目すると,青矢印のような水温偏差の軌跡が見られます。

村田 壱学(東京大学 大学院理学系研究科)