「ちきゅう」のための海流予測2 (4)台風の影響は深くまで

順調に掘り進む

10月3日までの海流データが「ちきゅう」と支援船から届いたので、今回はそれについて見てみましょう。

図1の赤記号は、前回の9月26日午前9時から、10月3日午前9時までの「ちきゅう」の位置です。掘削地点(★)で順調に掘削を続けています。

今回の観測には支援船2隻も参加しています。支援船は、「ちきゅう」に物資を補給したり、「ちきゅう」の上流から強い海流が来ないかを警戒したりすることで、「ちきゅう」の観測を助けます。新潮丸(支援船1)は、和歌山県新宮港を往復して「ちきゅう」の支援作業を行ったり、室戸岬沖まで往復して黒潮の動きを探ったりしています(図1緑線)。第八明治丸(支援船2)は掘削地点のやや北西に位置して(図1青記号)、上流からの急な強い流れを「ちきゅう」のために警戒する役割を担っています。

「ちきゅう」の観測については「ちきゅう」公式Twitter「ちきゅう」船上レポートをご参照ください。

Fig1

図1: 「ちきゅう」(赤線)、支援船1(新潮丸、緑線)、支援船2(第八明治丸、青線)の航路。●がそれぞれの期間のスタート地点で、▲がそれぞれの期間の最終地点。9月26日午前9時から10月3日午前9時まで。

 

 

「ちきゅう」公式Twitterより


室戸崎沖での黒潮の位置

黒潮の位置を支援船のデータから確認しておきましょう。図2は、10月1日の、[左上]支援船1と2の航路、[右上]その航路に対応する緯度位置(縦軸)と支援船で観測された海面近く(深さ15m)の流速の大きさ(ノット、横軸)、[下]1日の中での時間(横軸)と流速(ノット、縦軸)を見たものです。

支援船1(緑線)はこの日は室戸崎沖を往復した後、潮岬方面に向かっています(図2左上)。その際、黒潮中心と考えられる3ノットを超える流速を横切っています(図2下)。その緯度位置を見ると、北緯33度よりもやや南です(図2右上)。黒潮の中心はこの緯度を流れ、室戸岬ではやや離岸しているようです。それでも黒潮の中心はまだ掘削地点(★)からは遠く、掘削地点近くにいた支援船2の流速は約1ノットです(図2下の青線)。

支援船2の観測した流速データについては、下の「続・台風後のゆれる流速」でも触れます。

Fig2

図2: 9月26日の支援船のデータ。[左上]支援船の航路。●がそれぞれの期間のスタート地点で、▲が最終地点。緑が支援船1。青が支援船2。黒★が掘削地点。[右上]対応する緯度(縦軸)と流速(ノット、横軸)。[下]流速(ノット)の時系列。


今後の見通し

掘削地点周辺の海流予測は、「ちきゅう」のための海流予測特設サイトで毎日更新し、公開しています。JCOPE-T-JCWJCOPE-T-EASという二つの予測モデルを使っています。

その中から、10月8日12時における海面での流速分布の予測値を見ると(図3)、黒潮は室戸崎沖でやや離岸して南に下がっていますが(今週の黒潮予測も参照)、依然として掘削地点の北に位置して、掘削地点()付近では強い流速にはならないと予測しています。

fig3

図4: 10月8日12時(日本時間)の海面での流速(ノット; 矢印は海流の向きと強さ; 色は海流の強さ)(2016/10/4号の予測より)。(上段) JCOPE-T-JCW 。(下段) JCOPE-T-EASが掘削地点。白い記号は風向きと強さ。

 

掘削地点での流速の予測時系列(図4)を見ると、今週通過した台風18号の影響で再び流速が振動していたと推定していますが(来週検証します)、その影響は次第におさまり、どの深さで約1ノットから1ノット弱の流速になると予測しています。

Fig4

図4: 掘削地点での流速(ノット)の予測の時間変化(2016/10/4号の予測より)。深さごとに色が分かれており、赤が海面での流速。クリックすると図が拡大。(上段) JCOPE-T-JCW。(下段) JCOPE-T-EAS


続・台風後のゆれる流速

前回、8月20日に通過した台風の影響で、「ちきゅう」の掘削地点付近での流速が振動している様子を見ました。その続きを見てみましょう。

図5の緑線は、掘削地点近くに位置していた支援船2の流速の時系列です。9月26日の午前9時(黒縦線)の時点でも、流速の大きさが大きく振動していたことを前回に見ました。今回入手したデータで時系列を10月3日まで伸ばすと、流速の振動は次第におさまり、約1ノットに落ち着いてきていることがわかります。

前回の私たちの掘削地点の海流の予測は、台風16号が通過した影響は次第におさまり、流速は約1ノットから1ノット弱の流速になるというものでした。予測は正しかったようです。

9月27日午後5時からは「ちきゅう」からのデータも入手できています(※1)。図5に赤線で重ねて見ると、支援船2が観測している流速とほぼ同じ変化をしています。支援船2がしっかり掘削地点での流速の警戒という役割を果たしていることがわかります。

Fig5

図5:掘削地点近くに位置した支援船2(第八明治丸)が観測した海面近く(15m深さ)の海流の流速(緑線)と、掘削地点にいた「ちきゅう」が観測した流速(赤線)の時間変化(ノット)。データは1時間平均した。線がないのは観測データがない期間。

 

「ちきゅう」は海底までパイプを下ろして作業が行われるので、海の深い所まで流速が観測されています。そこで、流速の振動が深さ方向にどのように変化しているかを見るために、図6では縦軸を深さにした時の流速の変化(横軸)を見てみました。すると、流速は単に振動しているだけではなく、強い流速(赤っぽい色)と弱い流速(緑から青っぽい色)が交互に、時間とともに下から上へ伝わっていることがわかります。つまり、台風の後の振動は、その場ので純粋な振動(慣性振動)というわけではなく、波として伝わる性質(近慣性内部波)も持っていることがわかります。

流速の振動が、台風によって海面で引き起こされたのでれば、深いところから海面に向かって波が伝わるのはおかしいではないかと感じる方もいるかもしれません。しかし、理論的には、これこそが海面の変化が深い海に伝わる証拠だということがわかっています(※2)。前回、振動が時計回り回転するのは海の流れが地球の回転の影響を受けている証拠だと書きましたが、今回の振動が上下に伝わる様子は、海の流れが重力の影響(それによって暖かい軽い水が上に、冷たい水が下になる性質)を受けている証拠になっています。

どのように流速が変化しようとも、たんたんと「ちきゅう」は作業を続けています。その「神業」ぶりは、船上レポートで山本研究員がその一端を伝えています。

Fig6

図6: 「ちきゅう」の観測している海流流速(ノット、一時間平均)を、縦軸を深さ(m)にして、時間変化(横軸)を見た図。

※1 9月27日午後5時以前も流速を観測していましたが、設定により小数点以下の値が落とされていました。

※2: 参照: 地球流体電脳倶楽部 「地球流体力学実験集」 内部重力波


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「ちきゅう」のための海流予測の連載記事一覧はこちら
この連載では、流れの速さの単位として船舶でよく使われるノット(2ノットは約1メートル毎秒)を使用します。
「ちきゅう」のための海流予測特別サイトはhttps://www.jamstec.go.jp/jcope/vwp/chikyu.2016.09/です。
「ちきゅう」の観測の様子に関しては「ちきゅう」公式twitter船上レポートを参照。