「海ごみAI」による海岸の写真の解析画像

がっつり深める

「海ごみAI」~海岸の写真からごみを自動で分析

記事

取材・構成/鈴木志乃(フォトンクリエイト)

取材協力:

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松岡 大祐
付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター
データサイエンス研究グループ グループリーダー

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杉山大祐
付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター
データサイエンス研究グループ 准研究副主任

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日髙弥子
付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター
データサイエンス研究グループ 研究員

クラゲの研究とAIの画像認識がつながって

――海洋に流れ出したプラスチックごみが大きな問題になっています。その問題解決につながると期待される技術を開発したそうですね。それは、どのような技術ですか。

日高:海岸で撮影された写真から、AI(人工知能)を用いて自動でごみを検出できる技術です。私たちは「海ごみAI」と呼んでいます。

――分かりやすい名前ですね。名付けたのは日髙さんですか。

日高:いいえ。この開発プロジェクトの松岡さんと杉山さんは、これまでさまざまな分野でAIを用いた解析手法を開発しています。それぞれ「地震AI」「台風AI」「気象AI」「海底地形AI」などと呼んでいたので、その流れで「海ごみAI」と呼ぶようになりました。

――日髙さんは、なぜ海ごみAIの開発を?

日高:家の前は海、という環境で育ちました。子どものころからの夢は海洋学者で、学生時代は深海クラゲの研究をしていました。水中ロボットが撮影した画像をひたすら見てクラゲに関する情報を取り出すのですが、あまりにも大変な作業で、とても疲れます。「AIを使って自動化できたらいいのに」と思っていました。しかしAIの知識がないので、どうしたらいいのか分かりませんでした。

一方で、海のごみが生物や環境、さらには漁業や観光に大きな影響が及ぼしていることを目の当たりにしていたので、海洋ごみの問題に取り組みたいとも思っていました。

そして、JAMSTECで海洋プラスチック問題の解決にAIを活用しようというプロジェクトが始まり、研究の補助員を募集していることを知ったのです。AI技術を身に付けることもできて、海洋ごみの問題にも取り組める絶好の機会だと思い、応募しました。幸運にも採用され、プロジェクト全体の責任者である松岡さんと、技術面を担当している杉山さんと共に、海ごみAIの開発を進めることになったのです。

海岸の写真から人工ごみを検出する

――海ごみAIはどのようなことができるのか、教えてください。

日高:海岸で撮影された写真を入力すると、写っているものをAIが識別し、「人工ごみ」「自然ごみ」「設置物」「自然物」「空」「海」「砂浜」「背景」の8種類に塗り分けた画像が出力されます。木や草、海藻などは自然ごみ、プラスチック製品や瓶、缶、漁具などは人工ごみと識別されます。丸太や角材は木ですが、腐食剤など自然界にないものを含んでいる可能性があるので、人工ごみとしています。

上下に配置された2枚の写真のうち、上側の写真。
下側の写真。
上は海岸で撮影された写真。下は海ごみAIが写っているものを8種類に識別して色を塗り分けた結果。

――海ごみAIには、どのような解析手法が使われているのですか。

杉山:「セマンティック・セグメンテーション」と呼ばれる手法を使っています。セマンティック・セグメンテーションは、画像のピクセル1個1個に対して何が写っているかを識別して塗り分ける画像認識の一手法です。

実は、少し前の画像認識は、対象物がフレームの中央に写っている大きいものならば精度よく識別できますが、端の方に写っている小さなものの識別は苦手でした。海岸で撮影された写真の場合、大小さまざまなごみがフレームの中央にも端にも写っていますから、従来の画像認識にとっては苦手な写真になります。

それが2019年春、AIによる画像認識技術に進展があり、端の方に写っている小さな被写体でも精度よく分類できる技術が出てきたのです。AIの世界は技術の進化が速いので、置いていかれないように、使えるかどうか分からなくてもいろいろな技術を常に追っています。

JAMSTECで海洋プラスチック問題の解決にAIを活用しようというプロジェクトが始まったのも2019年春でした。この先端技術を使えば、海岸で撮影された写真についてごみを11個識別して塗り分けることができるのではないかと考え、開発を進めました。

用意した写真は3,500枚!

――開発で大変だったことは?

杉山:AIといえども、いきなり何が写っているかを判断し分類できるわけではありません。あらかじめ、人工ごみはこういう色や模様、形状をしているというように、分類ごとに特有なパターンを学習させておかなければなりません。ディープラーニングという機械学習の一手法を用いるのですが、それには正解を示した写真をたくさん用意する必要があります。その大変な作業を担当したのが、日髙さんです。

日高:このプロジェクトでの最初の仕事は、海岸の写真を探すことでした。そして、山形県庄内総合支庁が海岸清潔度モニタリングを長年行っていて海岸の写真をたくさん持っていることが分かり、ご提供いただけることになったのです。

写真が集まったら次は、人が11枚見て、写っているものを分類して塗り分け、正解ラベルと呼ばれるデータを作成します。その数、3,500枚! しかも正しく塗り分けられているかを3回チェックしたので、ものすごく大変でした。3,500枚のうち約2,800枚を使ってAIに学習させ、残りの約700枚でテストを行いました。

ごみが海岸をどのくらい覆っているかも分かる

――どのくらいの精度で人工ごみを識別できるのですか。

日高:画像認識の精度にはいろいろな指標があるのですが、海ごみAIが8種類に塗り分けた結果を正解ラベルで答え合わせした正解率は68%です。自然ごみと人工ごみの識別が難しく、ごみを自然か人工か区別しない場合の正解率は80%以上になります。

松岡:これは、実用に耐え得る精度です。

杉山:海ごみAIは、人工ごみが海岸をどのくらい覆っているかという被覆面積も推定できます。海ごみAIに入力する写真は人が地上から海岸を撮影したものなので、写真のピクセル1個に対応する実際の面積が写真の手前と奥で違い、単純には被覆面積を計算できません。そこで私たちは、人工ごみを識別した後の画像を、射影変換といって真上から撮影した構図に変換することで、人工ごみが海岸を被覆している面積を推定できる手法を開発したのです。

日高:ドローンを用いると、真上から撮影できて、また撮影時の高さも分かるので、ごみの大きさや被覆面積を高精度で推定できます。しかし、ドローンを使うには機材の調達や技術の習得が必要で、撮影できる機会は限られます。

一方、私たちの方法のいいところは、海岸に立った人がスマートフォンなどで撮影した写真が使えるという点です。今は多くの人がカメラ付きのスマートフォンを持っていますし、特別な技術は必要ないので、撮影の機会はぐんと増えます。

これまでよく行われていたのは、人が直接見て、ごみの種類や数を調べるという方法です。しかし、人手や時間、経済的な制約があって広範囲を高頻度で調査することは難しく、精度にも限界があります。海ごみAIのように、汎用的で実用的な技術が求められていたのです。

上に二段、下に四段ある写真。
人工ごみの被覆面積の推定。まず、地上で撮影した海岸の写真(上段左)に対してセマンティック・セグメンテーション(海ごみAI)を用いて、人工ごみを検出する(上段右)。その画像を真上から撮影したような構図に射影変換することで、ごみの被覆面積を推定できる(下段一番右)。ドローンが海岸を真上から撮影した画像(下段一番左)から求めた被覆面積の正解値(下段左から2枚目)との誤差は10%程度であった。

なぜ海岸のごみを調べる?

――なぜ海岸のごみを対象にしたのですか?

松岡:JAMSTECではプラスチックなどの海洋ごみについて、研究船による表層の調査、潜水調査船や探査機による海底の調査、どのように拡散していくかというシミュレーション研究、海洋生物への影響の研究などを行っています。対象は、海が中心です。

しかし、海洋ごみの大半は陸から出たものですから、発生源である陸もターゲットにするべきでしょう。そこで、まずは陸と海をつなぐ海岸のごみを対象にしたのです。

日高:海岸には、陸や川や海からごみが集まってきます。そうしたごみの7割から9割をプラスチックが占め、それは太陽の光にさらされてもろくなり、波に砕かれてマイクロプラスチックとなり、海流に乗って遠くへ運ばれていきます。マイクロプラスチックは、生物の体内に取り込まれて深刻な影響を与えることが分かっています。

海岸はマイクロプラスチックの生産工場とも呼ばれ、海岸にプラスチックごみがどれだけあるかを把握することは、環境に与える影響を評価するためにも重要です。

ごみが海に流れ出てしまうと、回収することは、ほぼ不可能です。海岸はごみを回収できる最後の場所なのです。だからこそ、多くの人に海岸のごみに関心を持ってもらいたいと思っています。

海ごみAIは進化中

――海ごみAIの開発を今後、どのように進めていく計画ですか。

日高:ごみの種類を細かく分類できるようにしたいと思っています。プラスチックごみの材質が分かると、ごみの起源の推定にも役立ちます。材質を調べるには特殊な装置が必要ですが、ペットボトルかレジ袋かといった種類ならば、写真から識別できます。種類が分かれば、ペットボトルはポリエチレンテレフタレート、レジ袋はポリエチレンというように、だいたいの材質も分かります。

杉山:海ごみAIを進化させる新しい技術はないかと、常にアンテナを張っています。今注目しているのは、写真のようなリアルな質感を持った画像を作成できるフォトリアル3DCGです。

さまざまなごみが落ちている海岸の画像を大量につくり、それをAIに学習させるのです。今は人が正解ラベルをつくっているので、正解が誤っていることもあります。フォトリアル3DCGでつくった画像ならば、その心配はなく、正解率の向上にも役立つでしょう。

日高:現在の海ごみAIは、学習に使った山形県の海岸の写真だけでなく、それ以外の海岸で撮影した写真に対しても、ある程度適用可能であることが分かっています。今後は、さらに精度を高め汎用性を広げていきたいと考えています。そのためには、いろいろな海岸で撮影したたくさんの写真を使って海ごみAIをチューニングする必要があります。

しかし、私たち研究者が集められる写真には限度があります。市民の皆さんが科学に参加する「市民科学」が、海ごみAIの進化にも、海洋ごみ問題の解決にも、重要になってくると考えています。

松岡:「海ごみ」という名前が付いていますが、私たちが開発した技術は、街中や河原など、どこに落ちているごみに対しても使えます。国によってごみの特徴が少しずつ違いますが、チューニングすれば日本以外の国でも使えます。世界中のごみの情報がJAMSTECに集まってきて、そのデータを使って世界中の人がごみ問題の解決に取り組む。そういう流れをつくっていきたいと思っています。その一歩として、参加型プラスチックごみ画像収集プロジェクトを2022年1月に開始しました。

プラスチックごみ画像収集プロジェクト開始!

――参加型プラスチックごみ画像収集プロジェクトとは?

松岡:無償のスマートフォンアプリ「ごみ拾いSNS『ピリカ』」によって収集された海岸や街中のプラスチックごみの画像から、AIを用いてごみの種類や量を分析しようという市民参加型の研究プロジェクトで、アプリを開発した株式会社ピリカのほか、九州大学、鹿児島大学、JAMSTECが共同で実施しています。お手持ちのスマートフォンを利用して、誰でも参加いただけます。

皆さんには、無償のアプリ「ごみ拾いSNS『ピリカ』」をインストールし、街中や海岸のプラスチックごみを撮影してもらいます。その画像がJAMSTECや鹿児島大学に送信され、海ごみAIを用いて画像からプラスチックごみの種類と被覆面積を自動で識別します。識別結果を画像と一緒に送信される日時や位置情報とともに解析して、プラスチックごみの種類ごとの量の推定や時間変化の追跡に取り組む計画です。

写真とプロジェクトマッピング
参加型プラスチックごみ画像収集プロジェクト。左は、スマートフォンアプリ「ごみ拾いSNS『ピリカ』」で撮影・送信した画像から、ペットボトルやレジ袋などプラスチックごみの種類を識別した結果。右は、ごみの種類別の量をマッピングしたイメージ。(画像提供:鹿児島大学)

松岡:皆さんが撮影した画像データによって、ごみの散乱状況を把握できて、それが行政のごみの回収や対策に関わる立案にもつながります。プラスチックごみの分析技術も向上します。2025年3月まで実施予定なので、多くの方の参加をお願いします。

写真
アプリ「ごみ拾いSNS『ピリカ』」、株式会社ピリカのウェブサイトからダウンロードすることができます。日本語、タイ語、英語、中国語に対応。
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