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研究者オススメの一冊

【第3回】 忘れられた巨人

記事

新型コロナウイルス感染拡大防止のために、外出自粛を続けている若者のみなさんへ、いま読んでほしい一冊を海と地球の営みを探究するJAMSTECの研究者たちに聞きました。
46億年の地球の歴史をたどる物語や、不確実な自然のしくみを紐解くドラマ。科学者、技術者を目指したエピソードなど海と地球を探る人々の思いを紹介します。

オススメする人

オススメする人:小栗 一将 主任研究員
地球環境部門
 
名古屋大学大学院修了 博士(理学)。海の底にものがたまっていくという、自然の仕組みの奥の深さに興味を持つ。近年では自作の観測機器を駆使して、超深海(水深6000m以深)の海底の様子を地質学的・化学的に明らかにする研究を行っている。
聞き手:豊福 高志 主任研究員
(海洋科学技術戦略部 部長)
 
静岡大学大学院博士(理学)取得。主な研究テーマは海洋に住む有孔虫という小さな生物が炭酸カルシウムの殻を構築する過程の解明。2019年度から研究開発の社会連携や広報活動などを担っている。

前回の『台風と闘った観測船』に続き、小栗さんにもう一冊のお薦めを伺いました。
今度はノンフィクションではなく、小説ですが、その先には、地球科学の研究と思いもよらぬご縁がありました。それでは、続きをどうぞ。

豊福:今日はもう一冊ご紹介いただけるということですが。

小栗:はい。 ええっと。(と、本を手に取り) この本です。 カズオ・イシグロさんという作家が書かれた小説で、 『忘れられた巨人』(早川書房・土屋政雄訳)です。

豊福:あの有名な・・・あのイシグロさん、ですよね?

小栗:はい、2017年にノーベル文学賞を受賞された、 あのカズオ・イシグロさんです。

本を手に紹介する小栗

豊福:また、なんで、海と地球を語る。のお薦めが この一冊なんでしょうか。

小栗:この本との出会いはですね、 私が外国の観測船に乗るときに、 乗船地まで飛行機で行ったんですが、 移動時間が非常に長かったんです。 たしか、40時間くらいかかったんですけど。

豊福:40時間の移動は長いですね(笑)

小栗:長かったんですよ(笑) その時は、南米のチリに行ったんですが、 飛行機の中で読もうと思って手に取ったのがこの一冊でした。 この本は、非常に面白い、という言葉では片づけられない、 我々に、いろんな問題を突き付けてくる、 そんな小説だと、はっきり感じました。

豊福:どういうところに惹かれましたか?

小栗:まずですね。 物語は、古代から中世のイギリスが舞台なんです。 鬼とか妖精が登場してくる世界で、 老夫婦が冒険を始めるというファンタジーのお話しなんです。 ただし! 一見、そういうファンタジー小説のように見えるんですが 実は、現代がはらんでいる、いろんな国際問題、 例えば戦争もそうですし、 それから、貧富の問題ですね。 いろいろな問題がすべて物語に投影されているんです。

豊福:うんうん。

小栗:私が非常に面白いと思ったところは 現代のいろいろな問題を 全然違うストーリーに組み立てなおすことによって 読者が抱いている問題意識を 煽ってくるようなところがあるんですね。 そこが非常に面白いです。

豊福:じゃあ、あれですね。 単に、(この一冊を)紹介するってことじゃなくて、 小栗さんご自身が非常に思い入れをもって とても面白かった一冊になりますね。

小栗:そうですね。 小説ではあるのですが、 特に、この本をお薦めしたい人は、 テレビのニュースなどで社会問題を知って 自分で深く考えてみたい、 社会問題を真剣に考えたい、という方に、 お薦めの一冊だと思います。

豊福:この本も、前回の『台風と闘った観測船』と同じように、 少し厚いですよね。

小栗:はい、このくらい。(と厚みをみせて)

豊福:別に、本の厚さ勝負をしているわけじゃないです(笑)

小栗:あはは。厚さ勝負ならこんな感じになりますね(笑) (と、お薦めの二冊を重ねてみる)

 

お父さんが電子工学と海洋学を融合されるような、 素晴らしい成果を上げられた研究者なんです

著者のお父さんについて語る小栗

豊福:そういえば、小栗さんは、 なぜか著者(カズオ・イシグロ)のお父さんのことを調べていましたよね。

小栗:ええ。 お父さんのことを調べて、 『海の研究』という日本海洋学会の和文誌に投稿しました。 お父さんは、石黒鎮雄さんという研究者で、 長崎海洋気象台に勤めておられた方です。 その方が非常にユニークな研究者で、 電子工学と海洋学を融合されるような、 素晴らしい成果を上げられた方なんです。 私は、彼の研究に非常に興味を持ちまして それで、昔の論文とかを掘り起こしたりしました。 すると、石黒さんは、非常に先進的な研究をされていて、 また、誰も真似しないような、非常にオリジナリティのある 優れた研究をされていたことが分かったので それをまとめてレビューしたわけです。

豊福:なるほど。 そういう意味では、海洋とつながっていないわけでもないと。 途中で親子のつながりが挟まっていますが(笑)

小栗:そうですね!(笑) 途中で挟まっていますね。 非常に面白かったのは、 お父さんの石黒鎮雄さんが、いくつか文章を書かれているのですが その文章の書き方がですね、 カズオさんの文章にどことなく似ているんですね。

相槌を打ちながら聞く豊福

豊福:なーるほどね。 まあ、なんというか、やっぱり家風というか。 何かが伝わったんでしょうね。

小栗:そうでしょうね。 頭の良さという点は確実に伝わっていると思いますね。

豊福:僕たちも頭のいい文章が書けるようになりたいですね(笑)

小栗:そうですよね(笑) 無駄をそぎ落として、でも、ちゃんと伝わるということを、 こういう文章を読むと、もっと書かなくちゃいけないなと反省しますね。

豊福:あー、なるほど。 それはサイエンティストに非常に重要な素養ですね。

小栗:ええ、私の苦手なところです(笑)

豊福:そんなことは全くないと思いますけど(笑) それでは、 今日は小栗さん、ありがとうございました。

小栗:はい、どうもありがとうございました(笑)

いま読んで欲しい1冊!

小栗一将 主任研究員のオススメ

『忘れられた巨人』
カズオ・イシグロ/著 土屋政雄/訳 早川書房

小栗主任研究員がレビューしたお父さんの業績はこちらです。
総説:石黒鎮雄博士の業績─観測機器・実験装置の開発とアナログコンピューティングによる海洋現象解明のパイオニア─

小栗 一将/『海の研究』第27巻(日本海洋学会、2018年9月発行)

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