科学者を目指す若者のみなさんへ、いま読んでほしい一冊を海と地球の営みを探究するJAMSTECの研究者たちに聞きました。
46億年の地球の歴史をたどる物語や不確実な自然のしくみを紐解くドラマ。科学者、技術者を目指したエピソードなど海と地球を探る人々の思いを紹介します。
オススメする人

(超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 地球微生物学研究グループ)
東京大学大学院農学生命科学研究科で博士課程を修了。米国J・クレイグ・ヴェンター研究所在籍時にメタゲノム解析により強アルカリ性の湧き水から常識を覆す微生物を発見。現在はJAMSTEC高知コア研究所で、地球初期と似た現在の地球環境に生息する微生物の生存戦略を明らかにすることで、生命の誕生や進化を知ろうとしています。

(海洋科学技術戦略部 部長)
静岡大学大学院博士(理学)取得。主な研究テーマは海洋に住む有孔虫という小さな生物が炭酸カルシウムの殻を構築する過程の解明。2019年度から研究開発の社会連携や広報活動などを担っている。
豊福:みなさん、こんにちは。 今回は超先鋭研究開発部門の高知コア研究所から、 鈴木志野さんにお薦めの本を紹介いただきます。 志野さん、よろしくお願いします。
志野:こんにちは。
豊福:では、まず志野さんのご専門を教えてください。
志野:酸素もない初期地球のような環境に生きている微生物の研究から どうやって生命が誕生してきて、進化してきたのか、 みたいなことを研究しています。
豊福:ホームページの志野さんの写真を見ました。 山の中の岩肌に座って、なんかキャンプしているのかなと思うと、 手にはピペットを持っている、というね。

(話題の研究 謎解き解説2017年7月21日)
志野:川を7個も超えて、毎日キャンプをしながらサンプルをとって、 またキャンプして、を繰り返してましたね。 フィールドワークもする環境微生物学。
豊福:そんな志野さんに今回は3冊の本を紹介してもらえると聞きました。
志野:そうなんです。 本好きなので。3冊も紹介していいですか。
豊福:もちろん。
どうやって生命が誕生したのか考えることが ありますか ?
志野:1冊目は、ニック・レーンの 『生命・エネルギー・進化』(みすず書房)という本です。 豊福さんはどうやって生命が誕生したのかなって、 考えることがありますか?
豊福:ええ、わたしはそれなりに考えますね。 読者のみなさんはどうでしょうかね?
志野:みなさんは、そんなことを考えたりするのかなあ。 私は子供のころに1回くらいは考えたことがあるけど。

志野:大の大人が、生命の誕生について、 すごく、ただひたすら、まじめに考えているのが、この本です。 本当に真剣なんです。 私の知り合いが何人か登場してくるんです。 時間も忘れて何時間も生命の誕生について話し合った人たちが 本の中で何度も何度も登場してくる。 生命の起源を研究するような人って ものすごいエネルギッシュで、どっちかっていうと、その。 キャラの濃い人が多くって。
豊福:ああ(笑)
エネルギーという視点から生命と進化をみた一冊
志野:生命とエネルギーとの関係という科学的な題材がある一方で、 研究者同士のやり取りの描写が丁寧に描かれています。 科学って、やっぱり人間の営みなんだなあって感じました。 そういう意味でも楽しかった一冊です。
豊福:生命、エネルギー、進化って、それぞれ関係あるのでしょうか。
志野:車を動かすときにガソリンが必要なのと同じように 生命を駆動するには、エネルギーが必要なんです。 生命が、エネルギーをどのようにうまく使って どのように自分というものを形作るのか。 また、生命は自分を保持させつつ、 少しずつ環境に適応して変えていくというプロセスでも エネルギーが肝になる。 この本は、エネルギーという視点から 生命と進化をみた本だといってもいいかもしれないです。
豊福:なるほど。面白そうですね。 どんな人にお薦めですか?
志野:中学生くらいから大人まで、みなさんにお薦めしたいですね。 わからないところがたくさんあると思うんです。 でも、それなりに読み飛ばしてもらいつつ、 生命誕生について、どのようにみんなが真剣に考えていて どこまで人類が分かっているのか。 エッセンスだけでもつかめたら 日々の生活が、ちょっと楽しくなるんじゃないかな、と思います。
この言葉は、私のような科学者の心をとらえた
豊福:では、次の本に行きましょう。

志野:次のお薦めは、小説の『三体』(早川書房)です。 この本は世界的なベストセラーなので 読んだ人もたくさんいるんじゃないかな。 SF小説なのですが、ものすごく科学的だなあと、 私も読んでみて、とてもおもしろかったです。
豊福:どのあたりが?
志野:主人公のご両親も科学者なんですね、お母さんもお父さんも。 でも、科学がすごく否定された時代設定なので 物理学者のお父さんが、ある理論を科学的に説明したと すごく叩かれて、殺されてしまうんです。 (それによって、主人公は人類に絶望してしまい・・・という話です) その時に、 「この理論は、もしかしたらこの先に覆されるかもしれないけれども いまとしては、最も確からしく、最も真実に近い」 というようなことを説明するんですね。 この言葉は、私のような科学者の読者の心をとらえたんです(笑)
豊福:ほう。
志野:「この理論は絶対正しいぜ!おー!」 ていうことじゃなくて、 「もっとも確からしいけれど、 そうじゃない可能性も常に考え続けている」 という営みがあるじゃないですか、科学者って。
豊福:うんうん。
志野:科学についてわかっている人が書いている小説なんだなって。
豊福:リアリティですね。
志野:そう。 研究者像のリアリティがあるんです。 でも、ときおりB級っぽい展開もあって、 ストーリーがとっても面白いんです。
豊福:サイエンスフィクション(SF)と、リアリティと、混ざっている。
志野:この小説の中に、 基礎研究の知の最高峰って何かを考えさせられる記述があるんです。 なぜ基礎研究が大事なのか。 私たちが常に考えていることですけれど。
豊福:はい。
志野:私たちを構成している最小のもの、 その挙動を、正確に、いろんな時空間の中で、 全部を理解できるようになったら、 すべての現象が説明できるな、とその時に思ったんですね。 さらに、理解するだけじゃなくて、それを使いこなす。 そこに到達できたら、この世の中のエネルギー問題も 環境問題も、もちろん人類の病気の問題も解決するなあ、と思った。 それが基礎研究の最高峰なんだということを この小説に教えてもらった、と感じました。
研究者の描かれ方があまりにリアルで 。
豊福:最後に、もう一冊あると聞いてますけど。
志野:これです。 本のタイトルだけでも気になると思うんですけど。
志野・豊福:(声をそろえて) 『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(文春文庫)

志野:これも小説なんです。 科学が大好きな主人公がいて、 でも科学が大好きすぎるために生きづらい人生を送っているというお話。 科学的に十分に証明されていないような商品企画に対して、 間違っている!って主人公は社内で声高に言っちゃうんですね、 科学が大好きだから。 でも、たくさん売れなくちゃいけないという現実と、 理想の間で苦悶して生きていく。 科学が大好きな主人公は、職業としての「科学者」じゃないので 理想像であり、美化されている部分もあるんです。
豊福:そうですね。
志野:途中で、すごくリアルな研究者キャラも出てくるんです。 科学が大好きで、いま研究を頑張っているんだけど、 だけど雇用に任期があって、研究費の工面が・・・とかいう。 その描かれ方があまりにリアルで。 なんだろうな、もう思わず笑っちゃうくらい。
豊福:なんだか身につまされますよね。

志野:この小説を読んで、科学者としての私が感じたのは、 科学者は、自分の分野においては、 ちょっと科学的に不正確なんじゃないの?ということを ちゃんと発信する義務が、あるんじゃないかなと思ったんです。
豊福:非常によくわかります。
志野:それが、科学者が人類に貢献できるひとつかな、と思いました。
豊福:この本は、これから研究者を目指す人に お薦めしたいということでしたが、 研究者が読むと、シンパシーを感じる。
志野:うん。おもしろい。すいすいと読めちゃいますよ。 研究者のみなさんは、この小説の世界に、すんなりと入っていけると思います。
豊福:今日は志野さん、ありがとうございました。
志野:こんな話で大丈夫でしたか?(笑) ありがとうございました。
いま読んで欲しい3冊!

ニック・レーン/著、斉藤隆央/訳 みすず書房


朱野帰子/著 文春文庫
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