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研究者コラム

マリンスノーの浮遊・沈降に影響する細胞外ポリマー物質の役割

記事

超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 物質科学研究グループ 山田洋輔 研究員

マリンスノーとは

マリンスノーを知っていますか? 様々な海中動画や写真には、しばしば映っているので、皆さんも知らないうちにマリンスノーをたくさん見ているはずです。筆者は水族館に行くと、魚やクラゲなどよりも水槽内を漂うマリンスノーについつい目がいってしまいます。
マリンスノーは海の中で見られる透明、白色、黄色、褐色の不定形粒子で、生きている微生物の他、魚など様々な生物由来のポリマーや粘液、糞粒、死骸、鉱物などが集まった凝集物で、1つ1つ様々な大きさ、密度、形、成分を持っています。海中でライトに照らされた際に白っぽく映るので、それが雪のように見え、このように名づけられました。1800年代初頭にはその存在が予測されていましたが、1930‒50年代に国内外の研究者による潜水艇を用いた観察により、その存在が確認されました(Silver 2015には、マリンスノーの発見と20世紀における研究の歴史が詳細に書かれています)。

図1 高知県浦ノ内湾沿岸で採取したマリンスノーの顕微鏡写真。より拡大して観察すると植物プランクトンの破片や鉱物粒子などがマリンスノー内に確認できます。(撮影/山田洋輔)

マリンスノーと食物網、物質循環との関係

では、なぜマリンスノーを研究することが重要なのでしょうか?1つはマリンスノーが海中にたくさん存在し、それが動物プランクトンや魚類、大型生物の餌として重要だからです。もう1つは、マリンスノーのうち密度が高いものは深海や海底まで沈降し、炭素や窒素など様々な物質を海の表層から深層まで輸送する役割があるためです。2つ目の役割は、植物プランクトンが二酸化炭素から光合成によって作り出した炭素を最終的に100‒3000年ほど海洋中に貯留・隔離することにつながり、大気中の二酸化炭素の上昇を抑える役割があるので、近年非常に注目されています。このようにマリンスノーは海洋における食物網や物質循環の他、地球規模の気候変動にも影響するため、マリンスノーの存在量や深層への輸送効率を現場観測により調べる研究が世界中で行われ、当機構でも長年研究が続けられてきました(本多 2009; 2022)。

図2 マリンスノーの重要な2つの役割。海洋における食物網と物質輸送に大きく影響しています。

マリンスノーの大きさや密度を決定する要因

マリンスノーの存在量や輸送効率を調べる現場観測研究の他、その輸送量に大きく影響する沈降速度が何により決まるのか、つまりマリンスノーの大きさや密度がどのように決定されているか、というメカニズム研究も並行して行われてきました。ワシントン大の研究者Verdugoらは海洋に存在するナノサイズのポリマーが凝集することで、ゲル状の粒子ができ、さらにその一部が他の物質を取り込みながら大きくなることでマリンスノーを形成するという凝集モデルを提唱しました(Verdugo 2012)。このモデルは、ポリマー自体の粘着性の他、取り込む物質の量や種類がマリンスノーの大きさや密度に影響することを示唆しています。海洋の主要なポリマーとしては、主に植物プランクトンや細菌などの微生物由来の多糖類やたんぱく質を多く含むもの(細胞外ポリマー物質)が知られています。これらは微生物が不要物除去やバイオフィルムの形成、外敵からの防御などをするため分泌すると考えられています。このうち多糖類を多く含むものについては粘着性が高く、他の粒子と付着・凝集する性質の他、密度が海水よりも低いという2つの性質があることが知られていました。

図3 ナノポリマーからマリンスノーまでの凝集モデル(Verdugo 2012のモデルを拡張・改変して、イラスト化しました。)ナノポリマーからマリンスノーへの凝集により、その大きさは約100万倍に変化することも示しています。

マリンスノー内の細胞外ポリマー物質の役割

上に述べた細胞外ポリマー物質の2つの性質(粘着性が高い一方、密度が低い)により、マリンスノーの浮遊と沈降にこれらがどう影響するのかが、海洋物質循環に関する論争の1つになっていました。そこで筆者らは、細胞外ポリマー物質がマリンスノーの浮遊と沈降に与える影響を調べるため、現場観測により解明を試みました。 機構が所有する白鳳丸および新青丸での研究航海(東京大学大気海洋研究所、沖縄科学技術大学院大学との共同研究)により、北海道域(亜寒帯域)と黒潮域(亜熱帯域)の2つの海域の表層において、浮遊および沈降するマリンスノーを採取し、それぞれの画分における細胞外ポリマー物質の含有量を詳細に調べました。マリンスノーキャッチャーと呼ばれる大型の採水器を使用することで、浮遊と沈降画分を分けて採取することが可能になります。

図4 マリンスノーキャッチャーでのサンプリングの様子(左)と採取したマリンスノー(注1)の顕微鏡写真(右) (Photo by Yamada and Nagata)。目的の深度から100‒300Lの海水を採取し、そのまましばらく船の甲板上に置いておくことで、浮遊・沈降粒子を分離回収することができます。(撮影/山田洋輔(左)、永田 俊(東京大学大気海洋研究所)(右))

収集したマリンスノーおよび採取時の海水の水温や塩分、栄養塩濃度、クロロフィル量(植物プランクトン量の指標)を分析したところ、細胞外ポリマー物質は北海道域ではマリンスノーの浮遊に影響する一方で、黒潮域ではマリンスノーの浮遊の他、凝集と沈降にも影響していることが明らかになり、海域によって異なる結果が得られました。これら2海域での細胞外ポリマー物質の役割の違いは、海域による粒子組成や生態系の違いを反映しているものと推測されました。

図5 本研究の結果と文献情報を総合した細胞外ポリマー物質の役割の概念図(Yamada et al. 2024の図7を一部改変)。この図は、マリンスノーの浮遊と沈降に対して、細胞外ポリマー物質がどのような役割をするかについて、海域による違いを強調しています。

本研究で得られた知見は、海洋における細胞外ポリマー物質の役割の理解を深めるだけでなく、海洋物質循環のメカニズム解明や気候変動に伴う海洋応答予測の高精度化にも役立つものと考えられます。本研究について、より詳しく知りたい方は以下の論文をご覧ください。

(注1) マリンスノーは一般的に直径0.5 mm以上の大きさの凝集物とされていますが、この記事では分かりやすくするため、それ以下のサイズの物もマリンスノーと呼んでいます。

《今回紹介した論文》
著者:山田洋輔1,2, 海老原諒子3, 福田秀樹3, 乙坂重嘉3, 御手洗哲司1,2, 永田俊3
1 海洋研究開発機構、2 沖縄科学技術大学院大学、3 東京大学大気海洋研究所
タイトル:Functions of extracellular polymeric substances in partitioning suspended and sinking particles in the upper oceans of two open ocean systems
掲載情報:Limnol Oceanogr. In press
掲載URL:https://doi.org/10.1002/lno.12554

謝辞
本研究は東京大学大気海洋研究所、沖縄科学技術大学院大学との共同研究により得られた成果をまとめたもので、研究は日本学術振興会科学研究費補助金JP19H05667、JP20K19960、JP21H03586およびJST創発的研究支援事業JPMJFR2070の助成を受けて実施されました。

引用文献
Silver, M. (2015), Marine Snow: A Brief Historical Sketch. Limnology and Oceanography Bulletin, 24:5-10. https://doi.org/10.1002/lob.10005

本多牧生(2009)海に降る雪 マリンスノー 二酸化炭素の運び屋とその追跡方法. Blue Earth 104, 28-31.

本多牧生(2022)西部北太平洋時系列観測研究による生物ポンプに関する研究. 海洋化学研究 第35巻第 2 号

Verdugo, P. (2012) Marine Microgels. Annual Review of Marine Science Volume, 4:375-400. https://doi.org/10.1146/annurev-marine-120709-142759