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研究者コラム

“飛行機雲のことをどれだけ分かっていますか?”

記事

地球環境部門 環境変動予測研究センター 雲解像モデル開発応用グループ
清木 達也

飛行機雲の不思議

遠くから飛行機の音が聞こえてきたときに空を見上げると、雲が一筋走っていく様子を観察することが有ります(図1a)。いわゆる飛行機雲です。飛行機が好きな方なら、注意深く空を観察してもう一つ気が付くことがあるでしょう。そうです、飛行機が通った後に、飛行機雲が観察されない場合(図1b)もしばしばあります。

図1.飛行機の後ろに(a)一筋の雲が伸びる場合と(b)飛行機雲が出来ない場合。

――Q1. 飛行機雲が出来る場合と出来ない場合の違いはなんでしょうか?

このような疑問を感じたことが有る方は、科学者の素質があると胸を張ってよいでしょう。一度気になりだすと、疑問はそれだけにとどまりません。飛行機が去った後に飛行機雲がすぐに消える場合(図1a)と、しばらく空に航跡を残し続ける場合があります(図2)。

図2. 空に残る幾筋もの飛行機雲。

――Q2. 飛行機雲はどれくらい持続しているのでしょうか?

一筋の雲が、やがて周囲の乾いた空気と混ざり合い、徐々にその形を崩していく様子を観察されたことはあるでしょうか。マニアックな人ならもう少し踏み込んだ疑問も感じるかもしれません。

――Q3. 目に見えるものだけが飛行機雲でしょうか?

飛行機雲は気象学の見地からは、巻雲に分類されます。飛行機が通過するような、非常に高い高度(日本付近だと高度10~13kmくらい)に存在する薄い雲のこと指します。巻雲は非常に薄いために雲を透かして空の向こう側が見えることも有ります。ここで科学的な表現を用いると、巻雲は光学的に薄く対流圏上部に存在する雲、として定義されます。発生初期から一時間ほど経過した飛行機雲の光学的厚さは0.1を下回ることがままあります(Schumann et al., 2017)。この値は砂ぼこり(ダストエアロゾル)と同程度であり、ほとんど視認する事は出来ません(可視光の透過率は99%程度)。しかし、これは人間の目で捉えられる可視光に限った話となります。赤外の波長で巻雲を観測すると、実にしっかりと雲の姿を識別することが出来ます(透過率は90%程度)。

おまけ

光は大気中の様々な物質の影響を受けながら伝達していきます。例えば、オゾン層を通過すると紫外線の一部は吸収されますし、雲の下を通過して雨粒子にぶつかった可視光線は散乱して虹として観測されます。このように、もともとI0の強さを持った光が吸収されたり散乱されたりしながら大気を通過して、やや弱いIの強さを持った光になります。この時、Iは以下のように表現されます。
I=I0 exp⁡(-τ).
ここでτを光学的厚さといい、光が1/expに減衰する消散強度がτ=1の時に相当します。一般的に、雲によって散乱した可視光はほとんどが進行方向に散乱(前方散乱)するため、空が雲で覆われていても地上は明るさを保っています。実際に地上から見た空の明るさを見積もる場合、元の光(直達光)の強さのみならず、散乱したのちに降り注ぐ光(散乱光)の強さも合わせて考慮する必要があります。巻雲の光学的厚さが0.1の時、地上に降り注ぐ直達光は90%程度、散乱光が9%程度であり、残りの1%程度が宇宙へと反射されます。

一般的に、飛行機雲は目で見えなくなった後にも長時間空にとどまり続けることがあり、長い場合には5時間以上経過しても霧散しないこともあります(Schumann et al., 2017)。結果として、飛行機雲のでき始めは100m程度の横幅しかなかったものが、数時間後には幅10kmの広がりを持つに至ります(Schumann et al., 2017)。私たちが空を眺めるとき、地平線の端から端までで、およそ10km程度の範囲を捉えることが出来ます。つまり、気象条件によっては、空一面が目に見えない薄さの飛行機雲に覆われていることが有りうるということです。飛行機雲は私たちが普段実感しているよりも長く、かつ広範囲にわたって空に存在し続けていることが分かってきました。さて、好奇心の強い方なら、次のような疑問も湧いてくるのではないでしょうか?

――Q4. 飛行機雲は地球の気候に影響を与えるのではないだろうか?

飛行機雲研究の歩み

ここまで興味を持っていただけた方は、もう気候学者への門の前に立っていると言えるでしょう。世界における研究の取り組みを遡ってみると、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が国際民間航空機関(ICAO)の要請を受け、1999年に”Aviation and Global Atmosphere(航空機と世界の大気)”という特別報告書を出版しました。今からおよそ25年前の出来事です。これ以降、航空機産業界は気候研究者と協力し、飛行機雲の研究を推進してきました。

参考 ICAO YouTube “Achieving net zero by 2050: the long term global aspirational goal (LTAG) for international aviation ” 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

最新の研究成果によると、飛行機雲は地球をわずかに暖める方向に働いており、その強さは航空機由来の二酸化炭素による温室効果と同程度、もしくはもう少し大きいことが示唆されています(Lee et al., 2021)。我々はこれまで二酸化炭素の排出を特に気にかけていましたが、実は他の要素も無視できないほど大きいことが徐々に明かされてきました。航空機産業に無関係ではない、もしくは無関心ではいられない方々は原著論文をあたってみることをお勧めします[ICAOの最新版長期目標報告書(ICAO-LTAG)やIPCCの主要な根拠論文(Lee et al., 2021)]。
さて、飛行機雲が気候に与える影響は大まかには分かってきたのですが、定量的な議論を始めるにはまだ不十分な点が多いのが現状です。なぜなら、素朴な疑問のように見えた前述のQ1~Q3のどれもが、実は今でも正確に答えることが難しい問題なのです。

飛行機雲を捉えることの難しさ

現行の気候変動予測に用いる数値シミュレーションモデル(気候モデル)の空間解像度は100km程度です。そのため、幅100m~数kmの飛行機雲の分布を表現する為には、簡易的な診断手法に頼らざるを得ません。そして、気候モデルの解像度100kmは気象学的に無視できるほど小さいとは言い切れません(よりスケールの大きい気候学的には許容できる点が多いですが)。すなわち、水平方向100kmの範囲内における空間不均一性を考慮すると、飛行機雲の動態を正確に表現しているかどうかは疑問が残ります。例えば、東京から100km圏内には富士山、甲府、前橋、水戸がありますが、いずれの地域の天気予報が常に同じであるとは言えませんよね?気候変動における飛行機雲の問題は、気候学と気象学を融合させないと解決できない、学際的な研究領域なのです。
また、気候モデルの検証の為には、広範囲をカバーする高密度観測データ網の整備も不可欠です。それでは、既存の地上観測網では飛行機雲を捉えること出来るのでしょうか?例えば、日本全域の気象を網羅しているアメダスでは日射量や降水量を計測することが出来ますが、太陽光を透かす上に地上降水をもたらさない飛行機雲を捉えることは出来ません。他にも、地上設置降水観測レーダーは波長が長すぎる為に(1cm~10cm程度)、飛行機雲を形成する小さな氷の結晶(1μm~10μm, Schumann et al., 2017)を捉えることは出来ません。

飛行機雲の有力な研究手法と今後の発展

気候モデルの確からしさを底上げする為には、この空間不均一性を低減するようなモデルの高解像度化が必要になります。現在、空間解像度を高めることで雲が成長する気象場を詳細に表現する気候モデル「全球雲解像モデル」の開発が世界中で進められています(Satoh et al., 2019)。海洋研究開発機構では2000年から全球雲解像モデルNICAMの開発が進められており、日本が飛行機雲研究をリードすることが期待されます。

参考

「地球温暖化で台風がますます激甚化する!?」 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

「世界中の雲の生成を計算して、台風の動きを予測する! 全球雲解像モデル「NICAM」の実力<前編 > 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

「世界中の雲の生成を計算して、台風の動きを予測する! 全球雲解像モデル「NICAM」の実力<後編 >」 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

一方で、欧米では人工衛星を用いた飛行機雲観測網の構築が始まっています。特に、北米ではGoogleやBreakthrough Energyのような大企業が自ら研究チームを発足し、静止衛星GOESを用いた飛行機雲の常時モニタリングを行っています。GOESの観測範囲は南北アメリカ大陸、東部太平洋および大西洋に限られています。日本の気象衛星「ひまわり8号」を用いることで、アジア・西部太平洋域を網羅したグローバルな飛行機雲モニタリングネットワークの構築が可能になるでしょう。日本でも、産官学を併せた飛行機雲研究コミュニティの発展が期待されます。

参考  “How AI is helping airlines mitigate the climate impact of contrails” 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

《参考文献》

ICAO-LTAG 2022 (International Civil Aviation Organization, Report on the Feasibility of a Long-Term Aspirational Goal for International Civil Aviation CO2 Emission Reductions), https://www.icao.int/environmental-protection/LTAG/Pages/LTAGreport.aspx

IPCC 1999, Aviation and the Global Atmosphere, https://www.ipcc.ch/report/aviation-and-the-global-atmosphere-2/.

Lee, D. S., and Coauthors, 2021: The contribution of global aviation to anthropogenic climate forcing for 2000 to 2018. Atmospheric Environment, 244, 117834, https://doi.org/10.1016/j.atmosenv.2020.117834.

Satoh, M., B. Stevens, F. Judt, M. Khairoutdinov, S.-J. Lin, W. M. Putman, and P. Düben, 2019: Global Cloud-Resolving Models. Curr Clim Change Rep, 5, 172–184, https://doi.org/10.1007/s40641-019-00131-0.

Schumann, U., and Coauthors, 2017: Properties of individual contrails: a compilation of observations and some comparisons. Atmospheric Chemistry and Physics, 17, 403–438, https://doi.org/10.5194/acp-17-403-2017.

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