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研究者コラム

この夏にはラニーニャモドキ現象と負のダイポールモード現象が同時発生か?

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付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

昨春に発生した太平洋熱帯域のスーパー・エルニーニョ現象は、昨年末に最盛期を迎え、現在徐々に衰退し始めています。一方、昨夏にインド洋熱帯域に発生した正のダイポールモード現象は、昨秋に最盛期を迎え、今は終息しています。現在は熱帯インド洋全体(特に西インド洋)の水温が高い状態にあります。

気象庁やいくつかの現業予報機関は、典型的なラニーニャ現象が今夏に発達する可能性を報告していますが、アプリケーションラボの予測システムは、ラニーニャ現象というよりはラニーニャモドキ現象が夏に出現し、冬まで持続すると予測しています。予測の不確実性はまだ大きいですが、インド洋の熱帯域には、昨年とは逆に負のダイポールモード現象が発生すると予測しています。

最近では2022年にラニーニャ現象と負のダイポールモード現象が同時発生しました。2022年の夏は、東・西日本と沖縄・奄美で平均気温がかなり高く、 降水量は北日本でかなり多くなりました。また2020年の夏は、その前年に正のダイポールモード現象とエルニーニョモドキ現象が発生した後に、ラニーニャ現象と負のダイポールモード現象が同時に発生した夏でしたので、今年の予測に似た状況でした。この年の夏は全国的に気温が高く、7月には梅雨前線の活動が各地で活発で洪水が発生し「令和2年7月豪雨」と命名されています。今年の夏も梅雨前線の活発化に注意が必要になりそうで、今後の熱帯海洋の様相から目が離せません。

ラニーニャモドキ現象とは?

3月11日に、気象庁エルニーニョ監視速報(No.378)で、この夏にラニーニャ現象が発生する可能性に関する速報がありました。 気象庁のエルニーニョ監視速報においては速報性の観点から、実況と予測を合わせたエルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差の5か月移動平均値が-0.5℃以下の状態で6か月以上持続すると見込まれる場合に「ラニーニャ現象が発生」と表現しています。

アプリケーションラボでは、エルニーニョ現象・ラニーニャ現象の事例毎の多様性に着目し、典型的なエルニーニョ現象やラニーニャ現象とは似て非なるエルニーニョモドキ現象、ラニーニャモドキ現象を見出し、国際的に研究を推進してきました。ラニーニャモドキ現象は、ラニーニャ現象と似ていますが、その世界各地への影響はかなり異なります。ラニーニャ現象は、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より低くなりますが、ラニーニャモドキ現象は、熱帯太平洋の東部と西部で海面水温が平年より高くなり、中央部で海面水温が低くなります。ラニーニャモドキ現象に伴う偏差(平年からの差)の符号が逆である現象が、エルニーニョモドキ現象です。エルニーニョ現象に似て非なることから、アプリケーションラボの山形俊男博士らによりエルニーニョモドキ現象と名付けられました(詳しくは、こちら)。

ラニーニャ現象が発生すると北日本が猛暑になる傾向がありますが、ラニーニャモドキ現象の時は、西日本で降水量が増える傾向が報告されています。ラニーニャモドキ現象と日本の季節不順の関係は、現在も活発に研究にされています。

インド洋のダイポールモード現象とは?

熱帯インド洋で見られる現象で、エルニーニョ現象と同じく、海と空が連動して変動する現象です。数年に1度、夏から秋にかけて発生します(詳細は季節ウォッチを参照)。ダイポールモード現象には正と負の符号をもつ現象があります。負のダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなります。この水温変動によって、通常時でも東インド洋熱帯域で活発な対流活動が、さらに活発となり、インドネシアなどでは大雨・洪水の被害が甚大化します。一方で、東アフリカ熱帯域では干ばつが発生しやすくなります。2020年、2021年、2022年と負のダイポールモード現象が3年連続発生し、東アフリカの多くの地域で深刻な干ばつに見舞われ、食料や飲み水の安全が著しく脅かされました(アプリケーションラボではそれらを事前予測する技術を磨いてきました。詳しくは、プレスリリース「東アフリカの極端な干ばつを数ヶ月前から予測可能に!―負のインド洋ダイポールモード現象の予測が鍵―)。

ダイポールモード現象の中緯度帯にある遠隔地(日本を含む)の気象への影響やエルニーニョ現象やラニーニャ現象やモドキ現象との相互関係については現在も国際的に活発な研究が続いています。

ラニーニャモドキ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生は事前に予測できるか?

アプリケーションラボのSINTEX-Fと呼ばれる予測シミュレーション(注1)は、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、1年以上前からエルニーニョ・ラニーニャ現象やエルニーニョモドキ・ラニーニャモドキ現象の発生を、高い精度で予測してきた実績があります(詳しくはSINTEX-FのHP)。

インド洋ダイポールモード現象については、数か月前から事前に予測することが難しいとされていますが、SINTEX-F予測シミュレーションは、その発生予測に成功した実績が多くあります(例えば、2019年の非常に強い正のダイポールモード現象の発生予測に前年の秋の時点で成功しました。詳しくは、プレスリリース「2019年スーパーインド洋ダイポールモード現象の予測成功の鍵は熱帯太平洋のエルニーニョモドキ現象」)。

最新の予測では?

SINTEX-F予測シミュレーションを使って、エルニーニョ現象とダイポールモード現象が今度どのように推移するかを予測したのが、図1と図2です。強さの不確実性は残るものの、夏に、ラニーニャモドキ現象と負のインド洋ダイポールモード現象が同時発生する確率が高いと予測しています。

図1: エルニーニョモドキ現象の指数(単位は°C)で、熱帯太平洋中央部(小さい地図の赤色の領域)の海水温の異常値からその西部および東部(小さい地図の青色の領域)の海水温の異常値を引いて計算される(単位は°C)。0.5ºC(–0.5ºC)より高(低)くなれば、エルニーニョ(ラニーニャ)モドキ現象が発生していると考えられる。黒線が観測で、2024年3月1日時点で予測したのが色線。SINTEX-F2と呼ばれる気候モデルを用いて、初期値やモデルの設定を様々な方法で少しずつ変えて、スーパーコンピュータ24通りの予測実験を行った(アンサンサンブル予測と呼ぶ)。それぞれ、海面水温データを初期値に取り込んだSINTEX-F2(緑色の線:アンサンブル平均値、黄緑色の破線: 各アンサンブルメンバー)、海洋亜表層観測データを初期値に取り込んだSINTEX-F2-3DVAR(青色の線:アンサンブル平均値、水色の線: 各アンサンブルメンバー)。紫色の線は全ての予測アンサンブルの平均値。アンサンブルメンバーの平均値が、今年の7月から来年の冬まで-0.5ºCを超えて下がっており、ラニーニャモドキ現象が発生すると予測している。
図2:図1と同様だが、インド洋ダイポールモード現象の指数DMI(西インド洋熱帯域の海面水温異常の東西差を示す数値で単位は°C)について。-0.5ºCを下回れば、負のダイポールモード現象が発生していると考えられる。予測の不確実性は大きいが、夏に負のインド洋ダイポールモード現象の発生を予測しているアンサンブルメンバーが多い。

世界各地に異常気象を起こす熱帯海洋の動向に今後も注意していく必要があります。アプリケーションラボのSINTEX-F予測シミュレーションの結果は毎月更新されます。最新情報は、SINTEX-FのHP季節ウォッチAPL Virtualearthなどをご参照ください。

1:SINTEX-F予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数か月先でもその情報が消えず、エルニーニョ現象やダイポール現象を引き起こす“種”の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器などによって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデルに教え込むことで、将来の予測シミュレーションを実施します。リアルな海からバーチャルな海へのバトンパスともいえます。気候モデルとは、海だけでなく海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況を予測計算できるソフトウェアです。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にあります(2021年10月5日既報)。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年”TRITONブイ動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生予測だけでなく、それらの世界各地の気候への影響を予測(季節予測とも呼びます)する技術を磨いてきました。その先駆的な成果の詳細は、SINTEX-FのHPアプリケーションラボのトピックスをご覧ください。

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