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研究者コラム

DAS技術による海底光ケーブルを用いた津波の観測

記事

海域地震火山部門 地震発生帯センター
主任研究員 利根川貴志

近年、光ファイバー自体をセンサーとして振動などを捉える分散型音響センシング(以下、DAS: Distributed Acoustic Sensing)という技術が地震観測などに用いられるようになってきました。この技術は、光ファイバー上を数m〜数十mという超高密度の観測点間隔で約100 kmほどの距離まで観測することが可能です。また、海底に設置されている海底光ケーブルでDAS観測を実施することで、他の多点海底観測に比べて安価で稠密な観測を実現することが可能です。そのため、近年この技術は地震観測だけでなく、海洋波の伝播や海底下の地震学的構造の調査など、多目的に応用されるようになってきています。

2023年10月9日に鳥島近海を震源とする津波が発生し、日本の南岸でも津波に伴う海面変動が観測されました。津波は大きな地震の後に発生する印象があります。ですが、このときはマグニチュード5️程度の大きさの地震が多発しましたが、津波を発生させるほどの大きさのものではありませんでした。にもかかわらず津波が観測されたこともあり、多くの研究者が注目し、メディアにも取り上げられました。

JAMSTECでは四国の室戸沖に設置された海底光ケーブルにDAS観測を適用し、2022年1月から連続的にデータを取得しています(図1)。1997年に室戸沖に設置した海底ケーブルを、DAS観測に活用しています(写真1)。このDAS観測の主目的は、南海トラフ近傍で発生するスロー地震を観測するためです。ですが、鳥島近海で津波が発生したタイミングでも連続的に観測していたため、その津波がこの海底光ケーブル上を伝播する様子を観測することに成功しました。この内容についてはプレスリリース「海底光ファイバーケーブルによる津波伝播の観測 ―2023年10月に鳥島近海で発生した津波の例―」で発表されていますので、ご参照ください。本コラムでは、海底光ケーブルで観測された津波についてさらに詳細を解説いたします。

図1.鳥島近海の地震活動(黄色星)、海底光ケーブル(赤線)、DONET水圧計(桃色三角)の位置関係。

DAS観測

津波の話の前にDAS観測についてご紹介します。DAS観測では光ファイバーの先端にインテロゲーターという装置を接続します(図2、写真2)。光ファイバーに入射光を入れるとファイバー上の各場所から散乱光が返ってくるのですが、その到達時刻をインテロゲーターで計測します。もし地震動などでケーブルが歪むと、返ってくる散乱光の到達時刻が変化します。また、「各場所」の空間的な間隔も調整することができるので、ケーブル上に仮想的に多数のセンサー(チャネルと呼ばれています)を一定間隔で設置することができます。この多数のセンサーで散乱光の到達時刻の変化を調べることで、空間的に超稠密な観測が可能となっています。

図2. 海底光ケーブルを用いたDAS観測の概念図.

DAS観測による津波の記録

津波には様々な周期の成分が含まれていますが、その周期がある程度短周期になると、津波の伝播速度が少しずつ遅くなっていきます(これを分散と呼びます)。今回観測された津波は巨大地震によるものではなく、それらに比べると短周期の成分を多く含みます。ちなみに、巨大地震による津波の場合は長周期の成分を多く含みますが、理論的にはその周期帯の津波の伝播速度は周期によって変化しません。

図3(a)は周波数ごとに津波の振幅をプロットしたものですが、上側(短周期側)に行くほど到達時刻が遅れていることがわかります。また、図3(b)は100-200秒の周期の津波の伝播をプロットしたもの、図3(c)は50-100秒の津波の伝播をプロットしたもので、赤線・青線の斜線が津波の伝播に対応するものです。まず、50-100秒の津波の到達時刻(7時半〜8時頃)が100-200秒の津波(7時頃)より遅れていることがわかります。さらに、斜線の傾きが伝播速度を表しているのですが、50-100秒のほうが傾きが大きく、これは伝播速度が遅いことを表しています。このように、DAS技術を使うと、海底光ケーブル上を伝播する津波の速度の違いを一目ではっきりと区別することができます。

図3.(a) 周波数ごとに津波の伝播をプロット。ケーブル上のある一点での観測結果。0.005–0.01 Hz (100–200秒)は7時過ぎに到達しているが、0.01–0.02 Hz(50–100秒)は8–11時ごろにかけて到達していることがわかる。(b)周期100–200秒の津波の伝播をプロット。上が海側、下が陸側。青線・赤線の斜線が津波を示す。垂直の線は津波とは関係のない別の信号。(c) 周期50–100秒の津波の伝播をプロット。斜線の傾きが(b)よりも大きく、これは伝播速度が遅いことを示す。

DAS技術で観測される津波

DAS技術では、光ファイバーの各点にかかる歪みを観測しています。津波が伝播する際には海面波高が変化するため、海底にかかる水圧が変化します。そのため、DAS観測で得られた歪みデータから津波の波高を推定するためには、その水圧変化が光ファイバーにかかる歪みとしてどのように影響を与えるかが予めわかっている必要があります。ですが、実はこれはあまりよくわかっていませんでした。今回津波の伝播を観測できたこと、そして、この海域には地震・津波観測監視システム(DONET)(防災科学技術研究所)の水圧計が設置されていたことで、水圧変化と歪みの関係が少しずつわかってきました。

津波が伝播する際に光ファイバーにかかる歪みは、主に次の2種類の影響を受けると考えられます(図4)。(1)水圧変化が光ファイバーを変形させるために発生する歪み、(2)水圧変化が海底に届くと海底は変形するのですが、その変形によって光ファイバーが受ける歪み、の2種類です。(1)は光ファイバーの物性(伸びやすさ、縮みやすさ)、(2)は海底下の物性(こちらも伸びやすさ、縮みやすさ)によって、光ファイバーにかかる歪みが決まります。実は海底付近の温度変化も光ファイバーの歪みに影響を与える可能性があるのですが、それはもっと長周期の場合だと考えられています。ですが、本当のところはまだよくわかっていないですし、巨大地震に伴う津波はもっと長周期成分を含んでいますので、こちらは将来的に検証する必要があります。

JAMSTECでは、(1)(2)の情報を取得する研究を進めています。これらの情報が把握できれば、将来的におおまかな津波波高の算出ができる可能性があり、海底光ケーブルの防災への活用が期待されます。

図4.海底ケーブル光ファイバーにかかる2種類の歪み
写真1:無人探査機「かいこう」第37潜航(1997年8月2日)のキャプチャ画像。手前は無人探査機「かいこう」のバスケットなどの機器類で、奥に見える斜めの白い線がDAS観測で使用している海底光ケーブル。
写真2:室戸の陸上局に設置しているDAS観測用のインテロゲーター(写真は海域地震火山部門の松本浩幸主任研究員提供)。