2011年の東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)は、発生当初から「想定外」と言われてきました。地震の大きさや津波の高さが、私たちの想像を超えていたのは確かです。一方で、その背景には、地震の研究者にとっても「想定外」だった事実が、いくつもありました。
前回は「プレートどうしの固着が弱いため、東北沖ではマグニチュード(M)9クラスの地震は起きない」という思いこみが、くつがえされたことを話しました。
今回は地震後の観測で「起きないはずのことが起きていた」とわかった事例を取り上げます。
海底が31m動いたことを現場で確認
皆さんは「前震」という言葉を聞いたことがあるかと思います。大ざっぱに言えば、大地震の数日前くらいから、その震源付近で起きる比較的小さな地震のことです。
東北沖地震の前震は3月9日に起きていました。M7.3なので、M9.0の本震に比べれば350分の1程度の規模です。とはいえ、それなりの大きさで、1978年に東北全県で死者28人、負傷者1325人を出した宮城県沖地震(M7.4)と、さほど変わりません。
3月11日に東北沖地震が起きた時、東北大学災害科学国際研究所教授の木戸元之さんは、まさに2日前の前震を緊急調査するべく準備にとりかかっていました。観測機器などが置かれている倉庫で突然、強い揺れにみまわれ、ラックなどが倒れないように慌てて押さえたそうです。
前震は後から振り返ってみて、それだったとわかるもので、この時の木戸さんはM9の本震が来たなどとは夢にも思っていません。おそらくM8以下だろうから、揺れも1分くらいでおさまると考えていました。ところが、いつまでもおさまらないので「これはおかしいぞ、まだ経験したことのない地震だ」と強い恐怖を覚え、倉庫から逃げだしました。
木戸元之(きど・もとゆき)
1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)。2015年より現職。海洋研究開発機構の客員研究員なども務めている。専門は海底測地学。海底の動きを計測し、巨大地震の発生機構の研究を行っている。提供/木戸元之 氏
木戸さんの専門は、海底に置いた装置の位置や動きを正確に測ることです。それによって沈みこみ帯のプレートが、どの方向へどれだけ動いたかを、東北沖地震が起きる前から調べていました。
陸上であれば三角測量や全地球測位システム(GPS)によって、かなり正確に色々なものの位置がわかります。とくに計測用GPSの進歩はめざましく、今ではミリ単位の精度で測れるといいます(スマホやカーナビのGPSには、残念ながらそこまでの精度はありません)。これを使って日本列島がどれだけ動いたか(変形したか)を調べる観測網は、1995年の阪神淡路大震災以降かなり整備されてきました。
ところがGPSは人工衛星からの電波を利用しています。この電波が海の中には、ほとんど届かないのです。
そこで木戸さんがどうしているかというと、音波を使います。まず調べたい海底に音響受信機(海底局)を何台か設置して、それらの中心を観測点とします。そして近くの海上に音響送信機(海上局)を備えた船、あるいはブイを持ってきます。この海上局から出した音波を海底局が送り返すまでの時間から、各海底局がどれだけ離れているかがわかります。船やブイを動かしながら何度もこうした測定をくり返すと、海上局からみた観測点の位置が正確にわかるのです。
一方で海上局が地球上のどこにあるかは、GPSでわかります。揺れる船やブイの上なのでミリ単位とまではいきませんが、それでも2〜3cmの精度です。すると海底の観測点が地球上のどこにあるかも、間接的にわかる仕組みです。これは「GPS音響測位法(GPS-A)」と呼ばれています。
また海底の上下の動きには海底圧力計も使われます。これも名前の通り海の底に設置され、上に乗っている水の重さ(水圧)から、海面までの距離(水深)を割りだします。潮汐によるちがいを除いた上で水深が変化していたら、その差だけ海底が隆起したか沈降したことになります。
東北沖地震の発生後、日本海溝の近くで海底が50m以上動いたのではないかという推定は、かなり早くから出ていました。しかし、これは沿岸での津波観測と、陸上での地震波やGPSによる観測をもとにしていました。200kmほども沖にある日本海溝付近の海底については、非常に大ざっぱなことしかわかりません。そこでGPS-Aの出番となります。
2010年末までの段階で、東北大学は宮城県沖の4ヵ所にGPS-Aの観測点を設置していました。このうち2点は、日本海溝にある太平洋プレートの沈みこみ口(海溝軸)付近にあります。これらの地震後の位置を測定して、地震前の位置と比較すれば、周辺の海底がどれだけ動いたかが、はっきりとわかります。遠い陸や沿岸からの推定ではなく、まさに現場で確認できるのです。
地震直後は救助活動などが優先されたため、木戸さんたちが船に乗れたのは1ヶ月ほど経ってからでした。与えられた時間は短かったのですが、何とか無事に観測を終えました。その結果、海溝軸に最も近い観測点は、水平方向に31mも動いていることがわかりました。少し陸側に離れた、もう一つの観測点は15m動いていました。この2点の間くらいに海上保安庁が設置した観測点もあり、そこでは24m動いていました。ちなみに陸上では牡鹿半島先端の5mが最大です。
提供/木戸元之 氏(Kido et al., 2011, GRL に加筆)
つまり海溝軸に近ければ近いほど、海底は大きく動いていることがわかったのです。海底圧力計で測った上下方向の動きも、海溝軸に近いほど大きくなっていました。
とはいえ、これらは広大な海底の数カ所で得られた結果にすぎません。できればもっと広範囲に調べたいのですが、観測点の数は当時まだ限られていました。また31m動いた観測点が海溝軸に近かったとはいっても、実際は50kmくらい離れています。50m以上すべったかどうかは、もっと近い場所を調べなければなりませんが、そこに観測点はありません。別の方法が必要でした。