コンピューターの中につくられた、仮想の沈みこみ帯。日本海溝周辺をモデルにしている。黄色い枠内は宮城沖の断面。東北地方太平洋沖地震で大きく動いた場所ほど、細かいブロックに分けられている。ここで仮想の地震を起こし、断層のすべりかたを色々と変えて、海底地形がどう変化するかを検証した。(Sun et al. 2017 Nat. Commun.)

がっつり深める

東日本大震災から10年

<第2回>断層のすべりは海溝軸にまで達した

記事

取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)

2011年の東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)は、発生当初から「想定外」と言われてきました。地震の大きさや津波の高さが、私たちの想像を超えていたのは確かです。一方で、その背景には、地震の研究者にとっても「想定外」だった事実が、いくつもありました。

前回は「プレートどうしの固着が弱いため、東北沖ではマグニチュード(M)9クラスの地震は起きない」という思いこみが、くつがえされたことを話しました。

今回は地震後の観測で「起きないはずのことが起きていた」とわかった事例を取り上げます。

海底が31m動いたことを現場で確認

皆さんは「前震」という言葉を聞いたことがあるかと思います。大ざっぱに言えば、大地震の数日前くらいから、その震源付近で起きる比較的小さな地震のことです。

東北沖地震の前震は3月9日に起きていました。M7.3なので、M9.0の本震に比べれば350分の1程度の規模です。とはいえ、それなりの大きさで、1978年に東北全県で死者28人、負傷者1325人を出した宮城県沖地震(M7.4)と、さほど変わりません。

3月11日に東北沖地震が起きた時、東北大学災害科学国際研究所教授の木戸元之さんは、まさに2日前の前震を緊急調査するべく準備にとりかかっていました。観測機器などが置かれている倉庫で突然、強い揺れにみまわれ、ラックなどが倒れないように慌てて押さえたそうです。

前震は後から振り返ってみて、それだったとわかるもので、この時の木戸さんはM9の本震が来たなどとは夢にも思っていません。おそらくM8以下だろうから、揺れも1分くらいでおさまると考えていました。ところが、いつまでもおさまらないので「これはおかしいぞ、まだ経験したことのない地震だ」と強い恐怖を覚え、倉庫から逃げだしました。

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木戸元之(きど・もとゆき)

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)。2015年より現職。海洋研究開発機構の客員研究員なども務めている。専門は海底測地学。海底の動きを計測し、巨大地震の発生機構の研究を行っている。提供/木戸元之 氏

木戸さんの専門は、海底に置いた装置の位置や動きを正確に測ることです。それによって沈みこみ帯のプレートが、どの方向へどれだけ動いたかを、東北沖地震が起きる前から調べていました。

陸上であれば三角測量や全地球測位システム(GPS)によって、かなり正確に色々なものの位置がわかります。とくに計測用GPSの進歩はめざましく、今ではミリ単位の精度で測れるといいます(スマホやカーナビのGPSには、残念ながらそこまでの精度はありません)。これを使って日本列島がどれだけ動いたか(変形したか)を調べる観測網は、1995年の阪神淡路大震災以降かなり整備されてきました。

ところがGPSは人工衛星からの電波を利用しています。この電波が海の中には、ほとんど届かないのです。

そこで木戸さんがどうしているかというと、音波を使います。まず調べたい海底に音響受信機(海底局)を何台か設置して、それらの中心を観測点とします。そして近くの海上に音響送信機(海上局)を備えた船、あるいはブイを持ってきます。この海上局から出した音波を海底局が送り返すまでの時間から、各海底局がどれだけ離れているかがわかります。船やブイを動かしながら何度もこうした測定をくり返すと、海上局からみた観測点の位置が正確にわかるのです。

一方で海上局が地球上のどこにあるかは、GPSでわかります。揺れる船やブイの上なのでミリ単位とまではいきませんが、それでも2〜3cmの精度です。すると海底の観測点が地球上のどこにあるかも、間接的にわかる仕組みです。これは「GPS音響測位法(GPS-A)」と呼ばれています。

GPS音響測位法(GPS-A)のイメージ。海底に置かれた音響受信機(海底局)の位置は船やブイの音響送信機(海上局)から音波で測定し、海上局の位置はGPSで測定する。こうすると電波の届かない海底の観測点が、地球上のどこにあるかを正確に知ることができる。提供/木戸元之 氏

海底に設置された海底局の例(水深3300m)。東北沖地震では、日本海溝付近の海底が31m動いたことをとらえた。2005年に「かいこう7000」で撮影。
提供/木戸元之 氏

また海底の上下の動きには海底圧力計も使われます。これも名前の通り海の底に設置され、上に乗っている水の重さ(水圧)から、海面までの距離(水深)を割りだします。潮汐によるちがいを除いた上で水深が変化していたら、その差だけ海底が隆起したか沈降したことになります。

東北沖地震の発生後、日本海溝の近くで海底が50m以上動いたのではないかという推定は、かなり早くから出ていました。しかし、これは沿岸での津波観測と、陸上での地震波やGPSによる観測をもとにしていました。200kmほども沖にある日本海溝付近の海底については、非常に大ざっぱなことしかわかりません。そこでGPS-Aの出番となります。

2010年末までの段階で、東北大学は宮城県沖の4ヵ所にGPS-Aの観測点を設置していました。このうち2点は、日本海溝にある太平洋プレートの沈みこみ口(海溝軸)付近にあります。これらの地震後の位置を測定して、地震前の位置と比較すれば、周辺の海底がどれだけ動いたかが、はっきりとわかります。遠い陸や沿岸からの推定ではなく、まさに現場で確認できるのです。

地震直後は救助活動などが優先されたため、木戸さんたちが船に乗れたのは1ヶ月ほど経ってからでした。与えられた時間は短かったのですが、何とか無事に観測を終えました。その結果、海溝軸に最も近い観測点は、水平方向に31mも動いていることがわかりました。少し陸側に離れた、もう一つの観測点は15m動いていました。この2点の間くらいに海上保安庁が設置した観測点もあり、そこでは24m動いていました。ちなみに陸上では牡鹿半島先端の5mが最大です。

東北沖地震後にGPS-Aで観測された海底の動き。矢印が動いた方向と大きさを模式的に示している(縦方向の矢印は上下の動き)。色分けは海底の深さで、青い部分ほど深い。最も濃い青で塗られた領域に海溝軸がある。黒い矢印が木戸さんらによる観測の結果で、海溝軸に最も近い観測点「GJT3」は水平方向に31m、やや離れた「GJT4」は15m動いている。灰色の矢印は海上保安庁による観測で、海溝軸への近さではGJT3とGJT4の間にある観測点「MYGI」が24m動いていた。牡鹿半島にある陸上のGPS観測点は5mしか動いていない。
提供/木戸元之 氏(Kido et al., 2011, GRL に加筆)

つまり海溝軸に近ければ近いほど、海底は大きく動いていることがわかったのです。海底圧力計で測った上下方向の動きも、海溝軸に近いほど大きくなっていました。

とはいえ、これらは広大な海底の数カ所で得られた結果にすぎません。できればもっと広範囲に調べたいのですが、観測点の数は当時まだ限られていました。また31m動いた観測点が海溝軸に近かったとはいっても、実際は50kmくらい離れています。50m以上すべったかどうかは、もっと近い場所を調べなければなりませんが、そこに観測点はありません。別の方法が必要でした。