天気予報を見て、明日の台風接近に備えるのと同じことが、地震でもできないものか――多くの人がそう願うでしょう。人類共通の夢と言えるかもしれません。しかし今のところ、地震を予知できたという確実な事例はありません。今の科学では不可能とする研究者もいます。
ただ、これまでのやりかたや考えかたを変えれば、希望は見えてくるようです。今回は新たな発想で地震の予測に取り組む研究者2人に取材しました。
直前の地震予知は、まだ難しい
靴の片方を半分、脱いで「あーした天気になあれ」と空高く蹴り上げた経験があるのは、昭和生まれの世代まででしょうか。地面に落ちてきた靴が裏返ったら「雨」、横向きになれば「曇り」、そうでなければ「晴れ」でしたね。これは完全に占いですが、明日の天気を予想するには、もうちょっと当てになる「観天望気」があります。
例えば「夕焼けの翌日は晴れ」と言われます。夕焼けが見えるのは西の空が晴れているからで、多くの場合、天気は西から変わっていきます。だから翌日は晴れる可能性が高い。単なることわざのようですが、根拠はあるし、実際、よく当たります。
「月や太陽が暈(かさ)をかぶると雨」というのもあります。太陽や月の周囲に輪のような暈をつくるのは、ベール状の巻層雲を構成する氷の粒です。この雲は西から接近してくる温暖前線に伴って、雨雲の前に発生します。当たる確率は6割程度のようですが、やはり根拠はあるのです。
ただ「ツバメが低く飛ぶと雨」「ネコが顔を洗うと雨」あたりになると、ちょっと怪しくなってきますね。一応、湿度に関係があると言われているようですが。
かつては国を挙げて進められていた「地震予知」も、夕焼けや月暈のような、特定の前兆現象から予測を導きだすという意味では、観天望気に近い面がありました。
大地震を引き起こすような断層は、全体が突然、高速にすべり始めるのではなく、部分的にゆっくりとすべり始め、それが広がって一定の大きさに達すると一気にすべる、という考えがあります。その最初のゆっくりとしたすべりが前兆現象で「プレスリップ」と呼ばれています。
観測によってプレスリップを検出できれば、大地震の発生を数日前に予知できるとされていた時代がありました。実際、東海地震に限った話ですが、そのような観測が継続的に行われ、地震発生の恐れがあると判断された場合は、内閣総理大臣が警戒宣言を出すことになっていました。
東海地震は南海トラフ(東海地方から紀伊半島、四国の沖合海底に走る、延長約700kmの細長い溝)周辺で想定されている巨大地震の一つです。マグニチュード(M)8クラスで、駿河湾から静岡県内陸部が震源域とされています。最後に発生したのは1854年の安政東海地震(M8.4)で、それから170年近くが経過しており、駿河湾地域の地殻に歪みの蓄積も認められることから、いつまた起きても不思議はないと考えられてきました。
しかし2017年11月以降、東海地震を予知して発表するのは取りやめになっています。ここで言う「予知」とは、いつ、どこで、どれくらいの規模の地震が起きるかを、地震の発生前に精度よく予測することです。とくに数日前の「直前予知」が期待されていました。ところが少なくとも現在の科学的知見からは、そのような予知は困難だという認識が広がったのです。
実際、東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)も含めて、大地震の発生前にプレスリップをとらえたという確実な例は、いまだにありません。あくまでも理論にとどまっています。またプレスリップのようなすべりが起きていたとしても、それが大地震に発展せず、やがて終息してしまう場合もありうることがわかってきました。
そもそもプレート境界では地震を伴わない、ゆっくりとしたすべりが、あちこちで起きています。第3回で紹介しましたが、震源域となる「アスペリティ(固着域)」の周囲には、いつもずるずるすべっている「安定すべり域」があって、その速度は必ずしも一定ではありません。また第5回で触れたように、大地震の後には「余効すべり」も発生します。こうした静かな変化のどれが次の大きな地震に直接つながるのかを見定めるのは、今のところ非常に困難です。
観天望気ならぬ“観地望震”は、まだ「ツバメが低く飛ぶと雨」のレベルなのかもしれません。
長期評価は過去のサイクルから導かれる
一方で地震の「長期評価」は今でも行われています。地震調査研究推進本部によると、例えば今後30年以内に日本海溝沿いでM9.0程度の超巨大地震が起きる確率は「ほぼ0%」、宮城県沖でM7.0〜7.5程度の地震が起きる確率は「90%程度」、南海トラフでM8〜9クラスの地震が起きる確率は「70〜80%」などとなっています。
これらの確率は、基本的には過去の地震発生サイクル(くり返し間隔)から導きだされています。小さな地震であれば短い期間に何度も発生するので、信頼性は高くなります。第3回で紹介した釜石沖の「小くりかえし地震」はM5前後で、約5年半おきに規則正しく起きていました。なので30年といわず、10年以内でも発生確率は「ほぼ100%」と言えたでしょう。
一方、日本海溝で起きる超巨大地震は500〜600年サイクルという見方が主流です。となれば10年前に起きたばかりですので、次の30年間は「ほぼ0%」となります。また南海トラフで起きる巨大地震(東海地震、東南海地震、南海地震など)は、全体としては100〜200年でくり返されていると仮定されています。すると東海地震は約170年前、東南海地震と南海地震は約70年前に起きていますので、かなり逼迫しているとなるわけです。
しかし第6回で詳しくお伝えした通り、巨大地震の発生間隔は、ばらついている可能性があります。そもそも数百年単位で起きている地震を、過去にさかのぼって調べるのは容易ではありません。近代的な観測によって詳しくわかっているのは、ここ100年程度の間に起きた地震だけです。それよりも前の地震は、年代推定誤差の大きい津波堆積物やタービダイト、あるいは史料などから、おおよそを知ることができるだけです。
それをふまえて私たちは、例えば「30年以内に60%」というような長期評価を、どうとらえればいいのでしょうか。明日の降水確率が60%と聞いたって、傘を持っていくかどうか迷いますよね。まして30年以内となれば、果たして備えたものなのか、どうなのか……。せめてもう少し天気予報に近い時間スケールとわかりやすさで、地震の予測はできないものでしょうか。