がっつり深める

東日本大震災から10年

<第8回>「地震予報士」が誕生する日は来るか

シミュレーションで様々な可能性に気づく

堀さんたちは南海トラフで起きる地震についても、同様なシミュレーションを行っています。

すでに述べた通り、南海トラフ全体としては100〜200年間隔で巨大地震が発生しています。ただ東から震源域ごとに東海地震、東南海地震、南海地震というふうに分けていくと、全部が全く同時に発生することはあまりなく、隣接する領域で、一定の時間差をおいて起きることのほうが多いようです。時間差といっても1時間以内だったり、数十時間だったり、数年だったりと、ばらついています。

一方で順番としては、これまでにわかっている限り、常に東側から先に起きています。その一つの理由として、紀伊半島沖のほうが四国沖より海洋プレートの沈みこむ角度が急になっていることが挙げられます。温度との関係で、プレートが固着している領域は、沈みこみが急だと狭く、なだらかだと広くなるのです。プレートが沈みこむ速さはだいたい同じですので、狭いと早く歪みが溜まって強度の限界に達する一方、広い範囲でくっついていると全体が歪むのに時間がかかります。このため紀伊半島沖、つまり東の方が先にすべりやすいと考えられているのです。

過去に南海トラフで起きた大地震(684年以降)。地図で赤線に囲まれているのは、最大クラスの地震が起きた場合の震源域。年表で斜体になっている数字は、地震の発生間隔(年)。黒の縦線は、東海地震と東南海・南海地震が、数年以内の時間差をおいて発生したことを示している。
出典/地震調査研究推進本部ホームページ
https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/

堀さんたちが行ったシミュレーションでも、ほとんどの場合は東からすべり始めています。ただ西側から先に大地震が起きて、東側に広がっていくケースもありました。これは「別に不思議ではない」と堀さんは言います。

プレート境界でくっついている場所と、すべっている場所とが隣り合っている領域には、歪みが集中しやすいと考えられています。広い範囲にそういう領域があるのは、実は四国と九州の間、つまり西側なのです。歴史上、知られていないだけで、現実にも西から東へ地震が広がったことがあったかもしれません。

南海トラフでの地殻変動を約600年間分シミュレーションした結果を示す動画。色分けはプレート境界のすべり速度で、黄色は通常のプレート運動(沈みこみ)の速度とほぼ同じ、赤はそれよりも速く(地震が発生している)、青はプレート運動よりも遅い(固着している)ことを示す。M8〜9クラスの巨大地震は4回発生するが、最後の1回のみ西から始まっている。 提供/堀高峰 氏

また同じ震源域内でも、小さな地震が引き金になって大きな地震に発展する場合がありそうです。2016年4月1日に三重県の南東沖でM6.5の地震が発生しました。その後、ゆっくりとしたすべりが震源より浅い方に少し広がりましたが、幸い、しばらくするとまた固着した状態に戻りました。堀さんたちは、この現象をシミュレーションで再現してみました。

この時は宮城県沖地震の再現でやったように、震源域のすべりやすさや、くっつきやすさの値を、シミュレーションごとに変えてはいません。同じ設定の仮想沈みこみ帯で、M6クラスの地震が一定期間に何度かくり返されるのを観察しました。すると、その時々(タイミング)によって現実と同じように終息する場合もあれば、ゆっくりしたすべりが震源より深い方へも広がって、数年後にM8クラスの地震になってしまう場合もありました。

オレンジ色の丸が、2016年4月1日に起きた三重県南東沖地震(M6.5)の震央。小さな三角形はDONETの観測点。
提供/JAMSTEC 中野優 氏
同じ設定の仮想沈みこみ帯(三重県南東沖を想定)で、M6クラスの地震がくり返されるのをシミュレーションした。左では実際に地震が起きた時(2016年4月)と同じように、しばらくすると震源域は再び固着した。しかし右では4.4年後にM8クラスの地震が発生している。
提供/堀高峰 氏

「頭だけでも、こういうパターンがありうる、ああいうパターンもありうるっていうのは、もちろん考えつきますが、シミュレーションをやることによって『ああ、こういうパターンもありうるのか』っていう予想もしなかった可能性に気づくことができます」と堀さんは言います。それによって「南海トラフの地震は常に東側から起きる」とか「紀伊半島沖でM6クラスの地震が起きても心配ない」といったような思いこみに陥ることなく、柔軟な防災対策を講じられます。そこに現時点では最も大きなシミュレーションの意義があるようです。

実は東北沖地震が起きる前、堀さんは2004年のスマトラ沖地震にヒントを得て行ったシミュレーションなどから、日本海溝でM9クラスの地震が起きる可能性にも気づいており、論文も準備していたそうです。ただ日本海溝ではM8クラスまでしか起きてこなかったという先入観と、シミュレーションで割り当てていた値の根拠も弱かったため「まあ、そうは言っても日本海溝は、ちょっとちがうのかな」と思ってしまいました。そして過去の津波堆積物とシミュレーションから予想される津波とを比べてみるといった突っこんだ検討をしないでいるうちに、あの日がやってきたのだと言います。

「シミュレーションの結果が、自分の持っている常識とはちがっていたとしても、それに合理的な原因があるんだったら、過去に起きていることと整合しているかどうかを、きちんと検証していく必要があります」堀さんは反省をこめて振り返ります。「それを勝手に『いやいや、それはなし』っていうふうに消してしまわないことですね」

ただ、それは必ずしも「想定外」を考えることではなく「津波の痕跡だったり、揺れかたの広がりだったり、今、見えている固着している領域だったり、そういうものと整合するようなシナリオをきちんと考えて、それに備えることが大事」だと堀さんは言います。例えば過去の地震の規模について、津波堆積物などによる推定とシミュレーションの結果がM9で一致したら、あえてそれ以上を想定する必要はないということです。

日常会話で地下の動きが話題になるように

一方で観測データや実際の地形などを、厳密には反映していない現在のシミュレーションは、その有用性に疑問を持たれることもあったようです。

なるべく現実の地震や地殻変動が再現されるように、数百回の試行錯誤をくり返してきた中田さんも「そういうパラメーター(数学モデルに設定する値)を与えたら、それはそうなるよね(コンピューターの中でそういう結果が出るだけでしょう)」というように一蹴された経験があると言います。「とりあえず今シミュレーションでできることは、色々やっておいたほうが、将来、何か役に立つかなと思ってやっているので、一言で否定されると、ちょっと悲しいかなというのはあります」

とはいえシミュレーションは、まだまだ進化していきます。例えば現在、コンピューターの中で沈みこんでいる仮想の海洋プレートは、全体の大雑把な形状は再現されているものの、どこでも同じ硬さに単純化されていたりします。実際はもっと複雑な硬さを持っていることは、船を使った構造探査で明らかになっています。観測データと厳密に比較するためには、そういう「構造」も入れた上で計算しなければなりません。世界トップクラスの性能を誇るスーパーコンピュータ「富岳」を使って、それを実現するプロジェクトが進められています。

理化学研究所計算科学研究センター(神戸市)にあるスーパーコンピュータ「富岳」
提供/理化学研究所

また、すでに述べた通りGEONETやDONETのような観測網から時々刻々とデータは得られるようになっており、さらに南海トラフでは海底の掘削孔内で、継続的に地殻の歪みを観測できるようになっています。これらのデータから実際にプレートの固着やすべりなどの状況がどうなっているかを、目に見えるような形で出すのは、まだ人間がその都度、手で計算しながらやっています。堀さんは、これを自動化しようとしています。つまりデータが出ると同時に、プレート境界の動きがわかるようにするのです。

これは天気予報で言えば「実況天気図」を出すのと、ほぼ同じと言えるでしょう。データ同化に一歩、近づくことにもなります。

国土地理院とも連携して進めており、最終的には一般の人もそのような図を見られるようにしたいと堀さんは考えています。「地震が起きた起きないという結果じゃなくて、その原因になることがどういうふうに進行しているかを普段から見ていて、実際に地震が起きたら『ああ、あそこに歪みが溜まってたよね』とか、『そう言えば、なんかスロースリップ(ゆっくりすべり)が起きていたよね』とか、『あれ大丈夫なの、ちょっと備えてといたほうがいいんじゃない』とか、そういう会話が普通の人の間で当たり前に交わされるような状況にしたいですね」

このようなシステムとシミュレーションが結びついて「予測天気図」ならぬ「予測地象図」が出されるようになり、それを過去の経験や、それこそプレスリップのような前兆現象なども含めた様々な観点から解析できるようになれば、地震予報が実現するでしょう。

その時には「地震予報士」のような資格を持つ人がニュース番組に現れて「それでは本日の地象情報を、お伝え致します。三重県南東沖のアスペリティでは、先週のM6.5の地震に伴って、現在ゆっくりとした余効すべりが起きています。しかし震源より浅い方にしか広がっていませんので、5年以内に大きな地震になる可能性は10%以下でしょう……」などと解説してくれるかもしれません。

実際、堀さんは恩師で元京都大学総長の尾池和夫さんから、「地震火山予報士」のような制度をつくりたいという話を聞き、そのための取り組みに協力してきたそうです。今はそのキャンペーンで、短いアニメーションをつくる計画もあるとか――。未来がちょっと近づいている感じですね。

ちなみに中田さんは高校生のころ、気象予報士を目指していたこともあったそうです。ひょっとしたら何年か後には、東北から初の地震(火山)予報士が誕生するのかもしれません。(次回に続く)

2021年2月13日に福島県沖で発生した地震については、コラム「2月13日夜に発生した福島県沖の地震―東北地方太平洋沖地震から約10年後に発生した“余震”―」でご紹介しております。 ご関心をお寄せの方はぜひこちらも併せてご覧ください。

藤崎慎吾(ふじさき・しんご)

1962年、東京都生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどを経て、99年『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書は早川書房「ベストSF1999」国内篇第1位となる。現在はフリーランスの立場で、小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。近著に《深海大戦 Abyssal Wars》シリーズ(KADOKAWA)、『風待町医院 異星人科』(光文社)、『我々は生命を創れるのか』(講談社ブルーバックス)など。ノンフィクションには他に『深海のパイロット』、『辺境生物探訪記』(いずれも共著、光文社)などがある。