がっつり深める

東日本大震災から10年

<第9回>オーダーメイド津波情報の時代

GPSで6分後に「正解」を出すシステム

一方で太田さんは東北沖地震が起きる前から、全く別のアプローチで津波を予測するシステムの研究を始めていました。地震計も水圧計も使いません。利用するのは、これも前回触れた全地球測位システム(GPS)による観測網「GEONET」です。全国に約1300ヵ所の観測点(電子基準点)があり、地面の動きを1秒ごとにとらえています。カーナビなどとちがって、その精度はミリ単位です。

GEONETの電子基準点。高さ5mのステンレス製で、てっぺんにはGPS衛星からの電波を受信するアンテナがあり、内部には受信機と通信用機器などが格納されている。
出典/国土地理院ホームページ
https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/positioning_movie.html

大きな地震が起きれば地面は揺れるばかりでなく、水平方向や上下方向に動いて位置が変わってしまいます。これを「永久変位」といいます。変位が伝わる速度は3〜4km/秒くらいで、やはり音速の10倍程度です。たとえ震源が東北の太平洋沖100kmの海底下だったとしても、早ければ数十秒後に陸上のGEONET観測点も動くでしょう。数分後には日本海側の観測点も反応します。

広い範囲で永久変位がわかれば、そこから言わば「逆算」して、どれくらいの大きさの断層が、どれだけ動いたかを推定することができます。これを「断層モデル」と呼びます。断層モデルがわかればマグニチュードも推定できますし、海底の上下の変動から津波の大きさも予測できるというわけです。

GEONETは地震計のように複雑な揺れをとらえているわけではなく、地面の動きをストレートに測っています。そのため、きわめてゆっくりとした動きも含めて、地面の永久変位を直接とらえることができます。結果として巨大地震にともなう変動の過小評価を避けることができます。

また水圧計は波源(海底が地震で隆起あるいは沈降した場所)のすぐ近くにあった場合は、素早く確実に津波をとらえられますが、どこでもそう都合よくはいきません。第4回でお話ししたように、津波の速度は水深が深い場所でも旅客機並みで、浅くなるほど遅くなっていきます。つまり地面の動きが伝わる速度より、ずっと遅いのです。波源から数十kmのところに水圧計があったとしても、そこに津波が到達するまでには数分から数十分かかってしまいます。そもそも水圧計が置かれていない海域だったら、観測しようもありません。

太田さんらはGEONETから、ほぼリアルタイムに断層モデルを導くシステムを開発しました。それが東北沖地震の時にあったと仮定して、記録されている当時のデータからシステムがどのようなマグニチュードの値をはじき出すか検証しました。すでに述べた通り、気象庁の緊急地震速報ではM7.9が最初で、その後、少し上がりましたが、結局、M8.1で止まってしまいました。しかし太田さんのシステムだと、3分程度でM8.7〜8.8という値が出るとわかりました。

写真
東北沖地震の時に太田さんらのシステムがあったと仮定して、GEONETのデータからリアルタイムにマグニチュードを推定してみた。すると地震発生から約3分後にはM8.7という結果が出ている。図の矢印は電子基準点が動いた方向と距離(最長は約5m)を示す。青い領域は沈降しており、赤い領域は隆起している。緑色の★は震源を、その周囲にある長方形は断層モデルを示す。 提供/太田雄策氏

さらに、この断層モデルから海底面がどれだけ隆起あるいは沈降するかを計算し、どのような波形の津波が各地で観測されるかを推定しました。すると若干のずれはありましたが、実際の観測結果とよく合っていました。地震の発生から6分程度で、この津波の推定結果は得られます。三陸沿岸の場合、実際に津波が到達するまでには、この6分を差し引いたとしても、まだ20分程度の余裕があります。普通に歩いても1kmは移動できるでしょう。

2ヵ所のスパコンでリアルタイムに予測

以上のような成果を太田さんらは2011年6月の段階でまとめ、政府の委員会に出しました。そこでGPSの有用性が認められたため、2012年からはGEONETを運用している国土地理院との共同研究で、地殻変動を監視する総合的な仕組みの構築を始めました。

この仕組みは「REGARD(リガード)」と呼ばれています。「REal-time GEONET Analysis system for Rapid Deformation monitoring」の略ですが、あえて直訳すれば「急速な変動を監視するためのリアルタイムGEONET解析システム」となります。つまりGEONETのデータを常に監視して、地震のような異変を感知したら、自動的に断層モデルを推定するという仕組みです。

REGARDが全国規模で本格的に動き始めたのは、2016年の4月1日でした。それから間もない4月14日と16日に、死者273人(災害関連死を含む)を出した熊本地震(M6.5およびM7.3)が発生しています。東北沖地震のようなプレート境界ではなく、内陸の活断層で起きた地震ですが、REGARDはちゃんと自動的に断層モデルを推定しました。規模についても16日の本震では5分43秒後にM6.96という、やや少なめですが近い値を出しています。矩形で推定した震源域の範囲も、おおむね合っていました。


上は事後にGEONETや人工衛星などの観測結果から推定された熊本地震の断層モデル(長方形で囲まれた領域)。布田川断層帯に大小二つ、日奈久断層帯に一つある。赤い線は活断層の位置を、赤い★は本震の震央を示す。下はREGARDによってリアルタイムに推定された断層モデル(赤い長方形で囲まれた領域)。青い矢印はすべりの方向を、赤い★は本震の震央を示す。布田川断層帯の周辺については、ほぼ正しい断層モデルが導かれている。
出典/国土地理院ホームページ
https://www.gsi.go.jp/common/000140479.pdf)を加工(上)、提供/太田雄策氏(下)

REGARDによって推定されるマグニチュードは現在、リアルタイムで気象庁に送られています。これまで通り気象庁もマグニチュードを推定していますが、津波警報が過小評価にならないように、REGARDの値を参考情報として利用しているそうです。

さらに太田さんらのシステムでは、津波が沿岸に到達してから、どこまで浸水するかもリアルタイムに予測できます。これも東北沖地震での観測結果と比較して検証しました。より正確に言うと、最終的に観測された浸水範囲から逆算して、どのような津波が来れば、そこまで浸水するかをシミュレーションした結果と比較したのです。すると、やはり多少の差はあるものの、地震発生から5、6分で出した予測にしては「正解」とよく一致していることがわかりました。

東北沖地震で発生した津波が宮城県石巻市と東松島市の沿岸に達して、浸水していく様子を示すCGアニメーション。色分けは津波の高さで、赤い領域ほど高い。下の「東北大モデル」は実際に観測されたはずの高さと浸水域(最終的な観測結果から遡って再現している)、上の「太田モデル」はGEONETを使ったシステムによるリアルタイムの予測結果。多少のずれはあるが、両者はよく一致している。 提供/太田雄策氏

こうした成果をふまえて2017年からは、内閣府が運用する「津波浸水被害推計システム」の一部としてREGARDが使われています。そのシステムは東北大学災害科学国際研究所教授の越村俊一さんと太田さんら研究者、および複数の企業が共同開発したものです。地震が起きたら、まず断層モデルを推定し、それをもとに津波の浸水域と被害(浸水する建物の数など)を自動的に予測します。その結果は地震発生から30分以内に総理官邸へ送られ、政府の初動対応などに使われます。当初の対象エリアは南海トラフに面した地域でしたが、現在は東北の太平洋沿岸にも順次、広げられています。

南海トラフ域だけでも沿岸は約6000kmありますが、それを30mの格子に区切って浸水域などの予測をしています。パソコンだと計算に3日くらいかかってしまうので、東北大学と大阪大学のスーパーコンピューターが使われます。これらのスパコンは普段は全国の様々な研究者が共同利用しています。しかし、いったん大きな地震が起きると、その時に走っていた計算処理は一時的に止められ、津波浸水被害推計システムの処理が優先されることになっています。

それぞれのスパコンは、お互いにバックアップの関係で、もし東北大に被害があった場合は大阪大のスパコンによる結果が、大阪大に被害があった場合は東北大のスパコンによる結果が使われることになります。

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