東北地方太平洋沖地震で発生した津波の伝わりかたを示すCGアニメーションの一コマ。地震発生から12分45秒後、岩手県沿岸に第一波が接近している。波の高さは強調されている。
提供/東北大学 今村文彦氏

がっつり深める

東日本大震災から10年

<第9回>オーダーメイド津波情報の時代

記事

取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)

前回は、これから起きる地震の予測に関する研究を紹介しました。今回も予測についてですが、地震が起きた後の話です。地震によって発生する津波は、沿岸まで達するのに数分から数十分、場所によってはそれ以上かかる場合があります。つまり地震が起きた瞬間に、津波の大きさや浸水域を正しく予測できれば、それぞれの地域で適切な避難が可能になるのです。

地震の予測は、まだちょっと夢物語の部分を残していましたが、津波の「即時予測」は急速に進歩しており、すでに実用化もされています。その最前線をお伝えしましょう。

40倍以上も過小評価だった緊急地震速報

東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)の揺れは、とても長かったと記憶している人は多いでしょう。実際、震度4以上の揺れは東京都千代田区大手町でも約2分10秒、福島県いわき市小名浜では約3分10秒も続きました。乗り物酔いしやすい人は、気分が悪くなったかもしれません。

一般にマグニチュード(M)は大きいほうが、地震の継続時間は長くなります。第1回で触れましたが、マグニチュードの大きさは震源域の大きさと関係があります。つまり断層がすべって破壊された領域が広いほど、揺れは長いわけです。すべりが伝わっていくスピードは音速の10倍程度と非常に速いものの、大きな領域に広がるには、それなりの時間がかかります。その間ずっと地面を揺らす地震波は、発生し続けているのです。

東北沖地震の震源域は南北方向に500km、東西方向に200kmくらいで、マグニチュードは9.0でした。ところが地震発生直後に、気象庁から発表された緊急地震速報のマグニチュードは7.9です。エネルギーの大きさで言うと、M9.0とM7.9とでは40倍以上の開きがあります。その結果、津波の大きさも当初は、かなり小さく見積もられていました。なぜ、このような発表が出たのでしょう?

今回、まずお話をうかがったのは、東北大学大学院理学研究科准教授の太田雄策さんです。太田さんは第2回に登場した東北大学災害科学国際研究所教授の木戸元之さんと、一緒に研究を進めています。東北沖地震が起きた時、二人は同じ場所にいて、それぞれの観測や調査の準備をしていました。

プロフィール写真

太田雄策(おおた・ゆうさく)

1978年、神奈川県生まれ。専門は地震測地学。名古屋大学大学院環境学研究科で博士(理学)。東北大学大学院理学研究科助教を経て2014年より現職。海陸の測地観測データに基づく地震発生場の理解に関する研究と平行して、巨大地震発生直後にその地震規模を断層面の広がりとともに即時推定する手法の開発を進めている。これら研究業績により、平成29年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、第1回日本オープンイノベーション大賞総務大臣賞等を受賞。測地観測技術を活用できる場であれば、海陸を問わず研究フィールドとしている。撮影/藤崎慎吾

強い揺れにみまわれて木戸さんは「ラックなどが倒れないように慌てて押さえた」と語っていました。一方、太田さんは「お互いに立っていることができなくて、木戸さんと肩を組んだのは、あれっきりかなと思いますけど、肩を組んで倒れないようにしたっていう思い出があります」と振り返っています。

地震から45分後に「津波は10m以上」

地震の揺れ(地震動)にはガタガタガタというような細かい短周期の揺れと、数秒から十数秒のゆったりした長周期の揺れがあって、複雑に混ざり合っています。太田さんによれば、東北沖地震が起きた当時、気象庁がマグニチュードの推定に使っていたのは、どちらかというと短周期の揺れを測る地震計でした。それだと長周期の揺れは取り逃がしてしまう恐れがあります。

「人間だと、すごく長い周期で揺れていれば『これは、とんでもないことが起きているな』と思うんだけれども、短周期が得意な地震計からすると長周期の揺れっていうのは、うまく計測できない。そうすると、この地震はさほど大きくないんじゃないかと判断されて、この時、気象庁が出したマグニチュードは小さくなってしまったんです」と太田さんは言います。「一方で津波っていうのは海の水を海底がどれぐらいの範囲で持ち上げたか、ということで決まるので、気象庁が初めに出したマグニチュードが小さいと、津波の予測も小さくなるんですね」

地震発生から約4分後、最初に出た大津波警報では、岩手県で3m、宮城県で6m、福島県で3mの高さと予想されていました。しかし20分後くらいに第一波が岩手県大船渡市に到達し、25分後には水位が1mも上昇しました。当初の予想からすると、この観測値では大きすぎます。これはマグニチュードが過小評価されているにちがいないとなって大津波警報は何度か更新され、約45分後の時点では岩手県から千葉県までの範囲で10m以上と出されました。その後、マグニチュードの値も上方修正されていき、詳しい解析をふまえて最終的に9.0と発表されたのは2日後です。

写真
東北沖地震で最初に出された津波警報・注意報。岩手県と宮城県、福島県沿岸は「大津波」となっている。
出典/気象庁ホームページ
https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/tsunamihyoka/20110311Tohokuchihoutaiheiyouoki/index.html

「このM9が最初の段階で出ていれば、津波の高さも初めから全部10m以上と出るわけです。東北沖地震が起きて津波の第一波が来るまでの間には、場所にもよりますけど20~30分、時間的猶予がありました。それが例えば岩手県で3mっていうと『防潮堤、越えないよね』と思っちゃう人がいたかもしれません」と太田さんは言います。「それで亡くなった人がいたかどうかというのは、なかなか難しい判断ですけれども、少なくともこの過小評価が、その後の避難行動とかに影響を与えたことは否定できない」

なぜ当時は短周期用の地震計が使われていたのでしょう? 「東日本大震災で大きなダメージをもたらしたのは津波でしたが、阪神淡路大震災などでは建物の壊れる被害が大きかったわけです。木造の建物は、短周期のガタガタガタっていう揺れで壊れることが多いんですね。そこにフォーカスしつつ迅速に地震規模を推定するため、短い周期の地震計を使ってきたっていう歴史的な経緯があるんです」と太田さんは言います。「もちろん津波警報も出さなければなりませんが、M8程度までだったら短周期の地震計で十分な精度の推定ができます。しかし日本の近海で起きる地震が、M8を大きく超えて9になるっていうのは、誰も想像してなかった。だから今のシステムで足りるだろうとしていたところも、多少はあったと私は理解しています」

もちろん地震発生の4分後に、単なる津波注意報や警報ではなく「大津波警報」が出された点は、非常に評価できると太田さんは言っています。ただ具体的な数値が過小評価になったことで、当時のシステムの限界が露呈したわけです。現在では、より幅広い周期の揺れを測定できる地震計で推定したマグニチュードも使われています。また第8回で触れたように、現在の日本海溝や南海トラフの周辺には、それぞれ「S-net」や「DONET」といった海底地震計や水圧計(津波計)などの観測網が張り巡らされています。気象庁はそのデータも活用しています。

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