えさに集まったイバラヒゲ(左)を威嚇するヨコヅナイワシ(右)(提供:JAMSTEC)

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深海の頂点捕食者”ヨコヅナイワシ”撮影秘話!~深海生態系の謎に挑む vol.1~

記事

取材・文 福田伊佐央  撮影 市谷明美(講談社写真部)

ヨコヅナイワシ撮影成功! このニュースは、今年7月に大きな話題となりました。2000メートルより深い海に暮らす深海固有種として「ヨコヅナイワシ」が世界最大の硬骨魚類であることが報じられた瞬間でもあります。
日本の南方にある海山で生きる巨大なヨコヅナイワシ。深海生態系における食物連鎖の頂点に君臨する「トップ・プレデター」(頂点捕食者)。このヨコヅナイワシはこれまでに合計6匹しか採集に成功していないという、非常にレアな生き物です。
そこで、今回の大発見に至る経緯や研究の裏側、さらにそこから何がわかるのかを、JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の藤原義弘上席研究員に聞きました。

プロフィール写真

藤原 義弘

JAMSTEC地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター
深海生物多様性研究グループ 上席研究員

深海2091メートルに映った魚の正体は!?

2021年10月14日、私たち研究グループは、伊豆半島から南に400キロメートルほどの沖合にある元禄海山の近くに到着したJAMSTECの研究船「かいめい」から、ベイトカメラ(写真1)を投入しました。ベイトカメラとは、水温や水流を測定する各種機器やライトのほかに、深海生物をおびき寄せるためのえさ(ベイト)がセットされたカメラです。
ベイトカメラは1時間以上かけてゆっくりと沈み、水深2091メートルの「元禄海山」南方の海底に到達しました。カメラは映像を13時間撮影することができます。撮影終了後、カメラは音響信号を受けて錘(おもり)を切り離し、海面まで浮上します。
そして、今回の調査で回収したカメラに写っていたもの、それは全長250センチメートル以上もある巨大なヨコヅナイワシでした。また、映像ではえさに近寄ってきたほかの深海魚を威嚇する貴重な様子なども撮影されていました。

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写真1 ベイトカメラ 手前の黒いかごにえさが入っている。(提供:JAMSTEC)

実は、1回目の調査で撮影に成功していた!

2020年の調査で、この海山周辺にヨコヅナイワシがいるのではないかという情報を得ていました。2021年の調査では、計9回カメラを下ろしていますが、ヨコヅナイワシが写っていたファイル番号は「1-1」でした。まさに1回目からいきなりヨコヅナイワシが写っていたのです。

今回使ったカメラは、水深2000メートル台の深海を撮影するために新しく開発したもので、現場で使用するのは初めてでした。1回目の調査では、ベイトカメラを平らな海底に着底させて、きちんと映像を撮って戻ってこられることが確認できれば十分だと考えていたんです。

えさはサバの切り身だった

――衝撃的な映像ですね。どういう状況なんですか?

映像の手前側に見えるのが、えさが入ったステンレス製のかごです。えさは、サバの切り身で、においが拡がりやすいように半分に切ったサバに切り込みを入れます。撮影可能な13時間の間はえさが無くなってしまわないように、かごには細かいメッシュをはって直接食べられないようにしています。右側に写っているのがヨコヅナイワシで、左側に写る魚はイバラヒゲという深海性のソコダラの仲間です。

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写真2 えさに集まったイバラヒゲ(左)を威嚇するヨコヅナイワシ(右)(提供:JAMSTEC)

ヨコヅナイワシたちにとってはえさが少ない深海においてようやく出会えたごちそうですが、残念ながらにおいだけで我慢するしかありません。
実は、海底では、死んで沈んだクジラが深海生物たちのえさになることがあります。そこで以前は深海生物にもなじみがあると思われるクジラの骨を、えさとして使っていました。ところが比較実験の結果、サバでも十分に生き物が寄ってくることがわかって、今は入手しやすいサバを使っています。
過去には、えさのかごに生物が入りこんであっという間に全部食べられてしまったり、えさのかごを柔らかい素材にしていたらサメに持っていかれたりといった失敗がありました。さまざまな改良を経て、安定的に映像が撮影できる現在のベイトカメラにたどり着きました。

どこを狙ってカメラを下ろすのか!?

――1回目からの撮影成功とのことですが、ここにカメラを下ろせば、ヨコヅナイワシがいるぞ、という予測があったのでしょうか?

今回、深海にヨコヅナイワシがいる可能性を「環境DNA解析」という手法で、予測していました。 海の中には、さまざまな生物の組織片が漂っています。魚類などからはがれた皮膚やうろこ、ふんなどに由来するものです。調査海域から海水を採ってきて、それらの組織片の中に含まれるごく微量なDNAを抽出し、目的とする配列を増幅することで、その海域にどんな生物が生息しているかがわかります。これが環境DNA解析です。
このDNAを増幅する方法は、新型コロナウイルスの検査でもおなじみとなった「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法」です。例えば魚類を対象とした場合、PCRによって魚類特有のDNAだけを増やしたうえで、どんな種の魚であるかを特定します。魚類はDNAのデータベースが充実していますから、PCRで増やしたDNAの配列情報から、魚の種類をある程度、正確に特定することができます。
DNAを解析した結果、今回採水した元禄海山近傍でもわずかにヨコヅナイワシのDNAを検出したため、ここにカメラを下ろしました。

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環境DNA解析の流れ 採取した目的海域の海水を「濾過」した後、「DNAを抽出」する。その後、PCRによってDNAを増幅し、次世代シーケンサーを用いて配列を解読する。その配列から海域に暮らす生物種を特定する。(提供:藤原義弘/JAMSTEC)

――深海にも流れがあると思いますが、海流に乗って、遠く離れた場所から生物のDNAが運ばれてくることはないのでしょうか?

生物が死んでからある程度の時間が経つとDNAは分解されてしまいます。そのため、環境DNA解析で対象としているDNAは、基本的に採水地点の近くで生きている生物由来だと考えられます。過去のさまざまな実験結果から推測すると、浅い海では採水地点から数十メートルの範囲にいる生き物のDNAが検出されるようです。水温が低い深海ではDNAが分解されにくくなるので、範囲はもう少し広くなるかもしれません。

海洋深層水が生態系の調査に大活躍している!

深海は浅い海や川とくらべて生物の密度が低いため、解析に必要なDNAの量を確保するためには大量の海水が必要です。浅い海であれば海水を1リットルも濾過すれば1回の環境DNA解析が可能ですが、深海では1回の解析に30リットルもの海水が必要となります。
今回の調査では、さまざまな海山から採ってきた合計2.6トンもの海水を使用し、DNA解析を行いました。

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ロゼット型採水器(提供:藤原義弘/JAMSTEC)

――環境DNAを使った深海の生態系調査を、藤原さんたちが本格的に始めたのはいつごろですか?

2019年です。通常、水深何百メートルの深海から水を大量に採ってくるには特殊な船と機材が必要です。ところが日本には、日常的に深海から水を汲み上げている施設が存在します。それは「海洋深層水」の汲み上げ施設です。
深海から汲み上げた海水から塩分などを除去したものが、ミネラル豊富な飲料水として販売されていますよね。そこで、塩分などを除去する前の海水を提供してもらい、2019年から環境DNA解析を行うことになりました。
今回の沖合での調査とは別に、相模湾と駿河湾の施設で汲み上げられた海水を使って、深海の生態系の調査を継続的に行っています。つねに汲み上げていますから、たとえば台風の直後や黒潮の流れが変わったときに、深海の生態系がどのように変化するか、といった調査をすることもできます。船ではそう頻繁に現地で採水することはできませんから、継続的なモニタリングには適しているといえます。

目標を「元禄海山」に決めた理由は!?

――今回ヨコヅナイワシが撮影された元禄海山は、これまで生息が確認されていた駿河湾から遠くはなれた南の海にあります。藤原さんたちは、どうしてこの場所を調査対象にしたのでしょうか?

日本の南の海には、4つの「沖合海底自然環境保全地域(沖合海洋保護区)」が指定されています。今回の調査は、これらの保護区の生態系を調べる目的で始まりました。これらの保護区内にあるいくつかの海山で採水して、環境DNA解析を行ったところ、元禄海山列でヨコヅナイワシのDNAが見つかったのです。

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4つの沖合海底自然環境保全地域(赤枠で囲んだ範囲)(提供:JAMSTEC)

とはいえ、ヨコヅナイワシのDNAが実験室などで混入した可能性が絶対にないとは言い切れません。そこで本当にその海域にヨコヅナイワシがいることを明らかにするためにカメラを下ろしました。

ヨコヅナイワシの生態の謎!?

――ヨコヅナイワシの生態について、どのようなことがわかっているのでしょうか?

実は、ヨコヅナイワシの生態はほとんどわかっていません。
ヨコヅナイワシは、セキトリイワシ目セキトリイワシ科に属する深海魚です。名前にイワシとありますが、マイワシやカタクチイワシなどのいわゆるイワシ(ニシン目ニシン科・カタクチイワシ科)とは、まったく異なるグループに属する魚(硬骨魚類)です。
ヨコヅナイワシを発見したのは2016年。駿河湾の水深2100メートルを超える海底で採集しました。今回撮影した映像よりも前に採集されたヨコヅナイワシは、わずか6匹しかいません。
撮影した映像からは、ほかの深海魚を威嚇する様子や、ヨコヅナイワシのデコボコした皮膚にたくさんの寄生虫が付いていること、青い目をしていることなどが確認できます。深海生物の目には感じにくい赤色の光を使って撮影することも多いのですが、今回は深海の生物がどんな色をしているかを確認するために、あえて白色光のライトを使っています。
柔らかくて水っぽい筋肉でできているヨコヅナイワシが、ほかの生物を威嚇するとは予想外でした。また、これまでに駿河湾で採集されたり、撮影されたりしたヨコヅナイワシには、あんなに寄生虫が付いている個体はいませんでした。一般的に考えたら、陸に近い駿河湾のほうが栄養豊富ですから、寄生虫を含めていろんな生物が生息していそうです。それなのに、栄養に乏しい沖合の海山にいるヨコヅナイワシのほうに寄生虫がたくさん付いている理由は、いまのところまったくわかりません。

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ヨコヅナイワシの表面に付いた寄生虫(白い点状のもの)(提供:JAMSTEC)

謎の深海生物の生態を明らかにするには

――今回撮影されたヨコヅナイワシは全長が250センチメートル以上もありました。これまでに見つかった個体の中で最大です。えさが少ないように思える深海で、どうしてこんなに大きくなれるのでしょうか?

一般的に、水温が低い深海では、性成熟に時間がかかったり、寿命が長くなったりする場合があります。ダイオウグソクムシやタカアシガニなど、深海には、陸や浅い海にいる同じ仲間の生物よりも巨大な生物があらわれることがあります。性成熟するまでの長い時間に、獲得した栄養を体の成長に使えるため、体が大きくなるのではないかと言われています。しかし、実際のところはこれもまだよくわかっていないのです。
断片的な映像しか得られていない現状では、ヨコヅナイワシがどんな場所に暮らしているのか、どれくらいの寿命なのかなど、具体的な生態にたどり着くのはかなり難しいですね。

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これまでに採集されたヨコヅナイワシの標本を前に説明をする藤原さん。

――では、「深海生物の生態」という謎を明らかにするには、どんな方法があるのでしょうか?

そのためには、バイオロギングという方法があります。これは実際に目標にする生物にデータロガーを装着してデータを集めるという方法です。
例えば巨大な深海生物が目の前を通ったら、矢を発射して小型のカメラや計測機器を取り付けられる装置を海底に仕掛ける方法などが考えられます。実は、矢を放って体の組織を一部採取するような装置も開発していて、まだ完成には至っていませんが、実現したいと考えています。

未知のトップ・プレデターが存在する!?

――ヨコヅナイワシはその生息域において、生態系のピラミッドの頂点に君臨するトップ・プレデターだと考えられています。それ以外にも、深海のトップ・プレデターは存在するのでしょうか?

水深2000メートルよりも深い海において、全長が2メートルを超えるような深海固有の大型魚(硬骨魚類)は実は2種類しか発見されていないんです。それが、ヨコヅナイワシとムネダラです。
最大全長210センチメートルのムネダラは、深海性のソコダラの仲間であり、北太平洋の北部に広く分布しています。
ヨコヅナイワシとムネダラの分布域はほとんど重なっておらず、ヨコヅナイワシのほうがより南で、より深い海域に生息しています。
2000メートル以深に暮らす大型のトップ・プレデターは、この2種しかいない可能性ももちろんありますが、おそらくそうとは限らないのではないかと私は考えています。
駿河湾のような小さい湾ですら、ヨコヅナイワシが発見されるまで水深2000メートルより深い海のトップ・プレデターが何であるかわかっていませんでした。世界の海の広さを考えれば、私たちにはまだ見えていないトップ・プレデターの多様性がそこにある、と考えています。ヨコヅナイワシとムネダラが分布する範囲の外にも、きっと何らかの大型のトップ・プレデターが存在するのではないでしょうか。

「深海生態系」という大きな謎を追う! 〈Vol.2 深海生態系の99%以上は謎なんです!〉は8月18日公開です!

 

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