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JAMSTEC探訪

東京湾から60kmの海底に「火山」…! その“活動履歴”に迫る最新研究のウラ側を公開する――大室ダシに挑む研究者たち

「大室ダシはいつ噴火?」 年代測定の方法とは

火山は周期的に噴火することが多いので、「この火山がいつごろ噴火したか」は、次の噴火の時期を予測するためにも重要な情報だ。過去の噴火時期を知るには、降り積もった火山灰・軽石などの噴出物や、噴火時の溶岩が固まった岩石を調べ、年代を算出する。

具体的には、地層や岩石に含まれる放射性元素(放射線を出して違う元素になる、つまり放射壊変する元素)の量から年代を算出する。これを「放射年代測定法」という。どの放射性元素を使うかによっていくつか方法があるが、よく使われるのは、質量数が14の炭素を使ったC14法や、質量数が40のカリウムが放射壊変してアルゴン40になることを利用したカリウムーアルゴン法だ。

これらの方法では、地層中の植物や生物の遺骸に含まれる炭素14の量や、岩石中のカリウム40とアルゴン40の量の割合を調べ、その系が閉じてから(木なら切られてから。溶岩なら固まってから)の時間を計算する。

しかし、これらの測定法には限界がある。C14法は炭素が含まれる地層、つまり植物などの有機物が含まれる地層なら年代を測定できるが、無機物の火山灰や岩石そのものには炭素が含まれていないため、適用できない。また、カリウム40は半減期(全体の半分の量が放射壊変する時間。元素によって決まっている)が約13億年と長く、およそ10万年より古いものでないと測れない。

つまり、若い海底火山の噴火年代を噴出物の年代から直接知る手法は“ない”のだ。今回のサンプルも、当初、そこまで古いものではないと考えられたため、これらの測定法ではなく、間接的に求める方法を考える必要があったと言う。

そこでマッキントッシュさんらは、国立科学博物館やカンタベリー大学の研究者と共同で2つのアプローチで大室ダシの過去の噴火時期を推定した。順を追って見ていこう。

方法1:大室ダシの岩石の化学組成からのアプローチ
方法2:溶岩中の水の量と年代を対応させるというアプローチ

方法1:大室ダシの岩石の化学組成からのアプローチ
まず、マッキントッシュさんたちは大室ダシの海底から採取した流紋岩と、伊豆諸島で採取した軽石の化学組成を調べた。

伊豆諸島の地層に含まれる火山灰や軽石には、伊豆諸島の陸上の火山活動と、サンプルの年代や化学組成の情報が対応せず、どこから来たのか不明なものがある。すでに把握されている伊豆諸島の陸上にある火山の活動で噴出したのではないとすると、もっと遠くから来たか、海底火山由来かということが考えられる。このような地層中のサンプルを、大室ダシで採取された岩石試料と比較したというわけだ。

すると、伊豆大島・利島の火山灰層に含まれている軽石に、大室ダシのサンプルと化学組成が一致するものがあった。

キャプション情報:A:伊豆大島の「地層大切断面」と呼ばれる露頭。赤い線で挟まれた層が厚さ25cmの火山灰層。大室ダシ由来と同定された。B:火山灰層に軽石が入っていた(矢印)。スケールとしてカメラのレンズキャップの直径が5 cm。C:走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した火山灰の粒子/JAMSTEC 2022年 6月 29日のプレスリリースより※論文はIona M. McIntosh et al.(2022). Past eruptions of a newly discovered active, shallow, silicic submarine volcano near Tokyo Bay, Japan.Geology,50 (10): 1111–1115.DOI: 10.1130/G50148.1

この火山灰層は、上下の地層の年代の測定から13500年前の噴火によるものと考えられていたが、「どの火山」の噴火によるものかはわかっておらず、マッキントッシュさんらの研究によって、この火山灰・軽石を降らせたのは大室ダシだということが判明したのだ。つまり、大室ダシは13500年前に噴火し、伊豆大島や利島まで火山灰や軽石を降らせたと考えられるのだ。

方法2:溶岩中の水の量と年代を対応させるというアプローチ
次に、マッキントッシュさんは、大室ダシの岩石サンプルに含まれる「水の量」に注目した。

マグマは、ゆっくり冷えると結晶化して鉱物を多く含む岩石になるが、水中での噴火のように急激に冷やされると結晶ではなくガラス質になる。このガラス質には、もとのマグマに溶けていたのと同じ量のさまざまな火山性ガスが含まれている。そして、それらの火山性ガスのうち、大室ダシのような流紋岩マグマに最も多く含まれるのは水だという。

そしてこの水には2種類の形態がある。H2O分子の形と、-OH基という形だ。この2種類の比率は、マグマの化学組成や温度によって決まる。また、H2O分子は、マグマが冷却して岩石になった後にも海水が徐々に浸み込んで岩石中(ガラス質中にも)に入ってくる。これを「水和」という。一方、-OH基の量は水和によって変化しない。この点が重要だ。

そこで、マッキントッシュさんはフーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)と呼ばれる装置で、(溶岩が固まった)岩石中のガラス質に含まれているH2O分子と-OH基の量を測った。

岩石中に溶ける-OH基の量は水圧に比例することがわかっている。水圧が高いほど、岩石中に水が強く押し込まれるからだ。かつ、水圧は水深に比例する。したがって、岩石中の-OH基の量を測ることによって、噴出した時の水深が分かる。

ただし、水深、つまり海面の高さは時代によって変化する。地球が温暖な時代には、陸上の氷がとけて海に注ぎ、海面が高い。逆に、氷河期は海面が低い。このことは海面の高さの変動の研究などでわかっている。つまりマッキントッシュさんらは、-OH基の量と過去の水深の記録を突き合わせることで、-OH基の量と溶岩の噴出年代を対応させようと考えたのだ。

8年越しの成果! 困難伴った年代測定にどう挑んだか?

ただ、この水の量に注目した年代測定の手法の確立にはたくさんの苦労を伴ったという。

「私は以前からFTIRを使っていましたが、思いのほかたくさんの困難があり、計測手法の確立とデータ解析、データの解釈に8年もかかってしまいました」(アイオナ・マッキントッシュ研究員)

計測のためのサンプルを準備する困難さ
岩石をFTIRで計測するとき、通常は岩石を薄く研磨して厚さを一定にしてから計測する。しかし、今回計測したサンプルには細かい気泡が多く、通常のやり方ではうまくいかなかった。幸い、JAMSTECにあるFTIRでは少量のサンプルがあれば計測可能なので、サンプルを砕いて、ガラス質の部分だけを拾い集めて測ることにしたという。

正確に-OH基の量を計測する難しさ
上記の方法で計測はできたものの、データの処理が通常よりも複雑になった。解析や補正をするときには(当時のソフトが古くて自動ではできなかったこともあり) 、一つ一つプリントアウトしたデータを見て、解析のベースラインを手作業で引いた。かなりの時間を要し、マッキントッシュさんにとっては退屈な作業だったそうだが、緻密な作業の繰り返しが研究成果につながったというわけだ。

果たして推定の結果は正しいものか
そして最も大変かつ重要だった点は、 マッキントッシュさんが考案した「-OH基の量と水圧、過去の水深との対応から噴出年代を推定する手法」には前例がないので、年代推定がこれで正しいか、手法の有効性を証明する必要があったことだ。

そこで、2012年に噴火したニュージーランドの海底火山のサンプルも同じ方法で-OH基の量を測った。このサンプルについては、噴火した日や、サンプル採取地点の水圧・水深がわかる。このサンプルで-OH基の量が水圧・水深と対応できたことから、考案した方法は過去のサンプルの年代推定にも使えると実証できた。

こうしてマッキントッシュさんらは、海底火山の噴火年代を求める新しい手法を考案した。大室ダシの2つの軽石サンプルを測った結果、1つは約14000年前 、もう1つは約70001万年前、と噴出した年代が求められたのだ。

「長年考え続け、試行錯誤してやってきたことがようやく解決し、とても嬉しくて、アイスクリームを食べてお祝いしました」 (アイオナ・マッキントッシュ研究員)

今後は他の海底火山の噴火年代もこの方法で推定できそうだ。

“次の噴火”にどう備えるか?(次ページへ)

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