鬼界カルデラ北縁の硫黄島。活動を知るには海底の地震観測も重要/JAMSTEC提供

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“噴火の予兆”はつかめるか! 海底火山の揺れを検知する観測技術の驚きの「実力」~注目のDASとは何か~

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取材・文:小熊みどり

「海をフィールドにする研究者というと、船に乗って調査に行くイメージがあるかと思いますが、船に乗るだけが海の研究ではないんです。僕は基本的にはデスクワークで、DASをやるようになってから、データを取りに観測に行く時に現地に行くようになりました」

そう話すのは、JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)海域地震火山部門 火山・地球内部研究センターの中野優 主任研究員だ。

中野さんが話すように、海の調査というと、船で現地に行ってサンプルを採取したり、深海に潜ったりすることをイメージするが、海域を調べる手法は現地調査だけではない。その一例が、中野さんが行っている「DAS(Distributed Acoustic Sensing 分布型音響センシング)」という、光ファイバーケーブルを用いて地震をリアルタイムで観測する手法だ。一体、どのような手法なのか、お話を伺った。

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中野 優

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター主任研究員

「揺れ」で海域火山の活動を捉える!

中野さんが研究のターゲットにしているのは、海底火山や火山島などの「海域火山」の活動だ。その活動を知るためには火山性地震を調べることが重要だ。火山性地震は、マグマが地下から上昇してきて、マグマやその中のガスが周囲の地殻を破壊する時に起こると考えられる。陸域の火山性地震は調べられてきたが、海域火山の地震も詳しく調べる必要がある。

中野さんたちが調べている鹿児島県薩摩半島沖の「鬼界カルデラ」は、約7300年前の大噴火でできた、海底にある長径20kmほどの大きな楕円形のくぼみ(カルデラ)だ。カルデラ中心部の水深は400500m。過去にも数万年おきに噴火を繰り返していて、現在も地震など火山活動の兆候がみられる。

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鬼界カルデラの北縁にある硫黄島/写真提供 JAMSTEC

「火山島は海底火山の山頂が海面上に出ているものです。しかし、海面上に出ているのは、海底火山全体のほんの一部です。例えば、鬼界カルデラの北縁にある硫黄島では、活発な活動をしている硫黄岳の標高は700m程ですが、それは海面下に隠れた巨大な火山の一部です。海域火山の活動の全容を知るためには、海面上に出ている部分だけではなく、山体全体を考えたり、海底に広がる山の裾野まで、より広い範囲で地震観測を行ったりすることが必要です。地震波の伝わり方の違いを詳しく調べることで、地下のマグマの様子や、地盤の岩石の固さの違いなどが推定できます」

海域の火山性地震はなぜ観測が難しいのか?

海域火山は時々噴火を起こすが、その予兆である火山性地震を捉えるのは難しいという。海底の火山の場合、その中のマグマはさらに深い地中にあるので様子が直接見えないということに加えてもう一つ、実態把握を困難にしている理由がある。

「地上では地震計を設置してリアルタイムでモニタリングできますが、海底にはそのようにリアルタイムで地震がわかるような地震計を簡単には設置できません。南海トラフや日本海溝付近の海底では海底ケーブルに接続した地震観測網がありますが、設置に莫大なコストがかかります。もう少しコストの低い海底地震観測の方法として、球状の容器に地震計を入れて(水圧がかかるため)、海底に沈めておくことはできるのですが、重りを切って浮上してきたものを回収するので、地震が起こったからといって、すぐにデータが見られるわけではないのです」

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海底に設置した海底地震計(水圧に耐えるため、球状の容器に海底地震計が入っている)/写真提供 JAMSTEC

防災を目的とする場合、噴火が起こってから、あの時の地震のデータはどうだったかな、と確かめにいくのでは遅い。

「海域火山地域である鬼界カルデラの島々や、伊豆・小笠原諸島に住んでいる方にとって火山活動は生活に関わる重要な関心ごとで、噴火すれば被害が及ぶおそれがあります。観測データを蓄積し、しっかりモニターしていく必要があります。そのためには新しい技術を導入し、観測能力の向上を図っていく必要があるのです」

微細な揺れも瞬時に検出! 「DAS」とは何か?

そこで、用いられたのがDASDistributed Acoustic Sensing 分布型音響センシング)である。

DASとは、光ファイバーケーブルの歪み(ひずみ=わずかな長さの変化)を測る手法だ。ケーブルの末端に、DAS計測器を取り付ける。これはケーブル内にレーザー光をパルス状に(ピッピッと断続的に)入射し、かつ反射光を測る装置だ。光ファイバーケーブル内にはごく微量に含まれる不純物などによる不均質が存在していて、そこに入射したレーザー光が当たると散乱する。

その散乱光の一部は光ケーブルを通してレーザー光の出発点の装置に戻ってくる。戻ってきた散乱光(後方散乱光)の様子を計測していると、ケーブルが振動した時には、ケーブルが振動していない時と比べて散乱光の戻り方が変化する。振動によってケーブルがわずかに伸び縮みするためだ。DASでは、ケーブル1mにつき10-10m0.1nm)伸び縮みしただけのわずかな変化でも捉えられる。

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揺れを軽減させるためにクッションの上に置かれたDAS計測器。ケーブルは光ファイバーケーブルにつながっている。机の上のパソコンにデータがリアルタイムで送られてくる/写真提供 JAMSTEC

地上にある光ファイバーケーブルは、近くの地面を人が歩いたり、車が通ったりするだけでも揺れる。海底の場合も波や船の通過などで揺れが起こるが、観測の「ノイズ」となるそれらの揺れの波形のパターンは、地震の波形のパターンとは全く異なるので見分けがつくという。

DASのメリットは、海底下でもリアルタイムで計測ができることや、計測点を数メートルという細かな間隔でとれること、それに通信用に使われている既存の光ファイバーケーブルを利用できることだ。

もし数メートルおきに地震計を設置すると、かなりのコストが(機器1台あたりが高く、運用やメンテナンス費用なども)かかる。一方、DASはケーブルを新たに設置する必要もないので、従来の地震の計測手法と比べると圧倒的に低コストだ。

これまでは主に、地下の石油・天然ガス資源の探査や、パイプラインに破損している箇所がないかのモニタリング、侵入者の感知などに使われていたが、地震や火山の研究分野でもこの5年ほど注目されている。

福島県と山形県の境にある吾妻山や、イタリアのエトナ火山などでDASによる観測が行われ、この手法は火山性地震の計測にも使えることがわかっている。

「地下数百メートルから1kmくらいの浅い場所で起こる地震を、ケーブルに沿って数メートルおきの地点で密に測れるのがDASの強みです。火山性地震は地下の比較的浅い場所で起こるので、これらの地震を計測するのにDASは適しています」

JAMSTECは、南海トラフの地震・津波観測監視システム「DONET」で光ファイバーケーブルによって海底観測点を接続する観測システムを構築した実績があり、光ファイバーケーブルに関する様々な技術を蓄積してきた。また、室戸や豊橋沖にも光海底ケーブルを保有しているので、いろいろな実験を手軽に行うことができる。

「今までにJAMSTECが蓄積してきた多くの知見を他のフィールドでも役立てることができます。観測精度を向上させるため、新しい技術の開発も行っています」

「鬼界カルデラ」で試験観測、その結果は…?

では、DASによる海域の火山性地震の観測は、本格的な運用に向けてどのような段階にあるのか。

20214月と7月、中野さんたちJAMSTECと神戸大のチームは、鹿児島県の枕崎と三島村の3島(竹島・硫黄島・黒島)を結ぶ光ファイバーケーブルを利用し、2機のDAS計測器を設置して試験観測を行った。4月には本観測に向けてのDAS装置のテストである予備観測、7月にエアガン(海中での人工地震)を使った本観測(後ほど詳述する)を2週間ずつ行っている。

竹島と硫黄島は鬼界カルデラの縁に位置する島で、海域火山を対象としたDASによる観測は世界的に見ても先駆的な取り組みだ。

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2021年7月、エアガン観測を行っているJAMSTECの海底広域研究船「かいめい」/写真提供 JAMSTEC
試験観測を行った地域(各線を結ぶ地点は北側から時計回りに枕崎、竹島、硫黄島、黒島)。枕崎と硫黄島の海底光ファイバーケーブルの末端にDASの装置を設置した。各地点間の海底に敷設されたケーブルに沿って、海底の地震の計測を行った/画像提供 JAMSTEC

7月の観測では、船でカルデラの外側を移動しながら、海中でエアガンによって人工地震を発生させ、その波による海底の振動のデータを取った。一定間隔の地点で地震のような揺れを再現した、というわけだ。

自然の地震よりも震源が明確な条件下で、振動がDASの波形に現れ、この手法の有用性が確かめられた。また、船で移動しながら一定間隔の位置でエアガンを発射して海底を揺らすことで、この地点は揺れやすい・揺れにくいという地点ごとの違いがわかった。揺れにくい地点の地下にはマグマがあって、揺れを減衰させていると考えられる。

また、もともと地震の多い地域なので、試験観測中にも地震が起こり、4月・7月ともDASで種子島沖やトカラ列島を震源とする地震を計測できた。特に7月には、気象庁の地震計でも捉えられていないマグニチュード1.4や、2.0前後の微小な地震を観測できたという。

鬼界カルデラ内側で起こった微小地震のデータ(黒色)が取れた。縦軸が計測位置、横軸は時間/画像提供 JAMSTEC

「鬼界カルデラの内側には溶岩ドーム(マグマの粘性が高いとドーム状に固まる)があります。この地震は、その溶岩ドームの下で起こった微小な火山性地震だと思われます。カルデラ外縁の硫黄島には火山があるので、気象庁が地震計を置き、我々も注視していたのですが、このように海底カルデラの内側の溶岩ドームで起こった地震を捉えることができたのは珍しいケースです。とても貴重なデータが取れました」

DASで目指す、海域火山の「全容解明」

メリットが多く、有用性も確かめられたDASだが、本格的な運用に向けてハードルもある。

DASは既存の光ファイバーケーブルを使えますが、逆に言えば既にケーブルがある位置に観測地点が限られるので、どこでも好きな場所で観測ができるわけではないという制約があります(ケーブル設置には、費用がかかる)。また、自治体や通信会社が所有するケーブルは、インターネットなどの通信用インフラとして普段の生活で使われているものです。光ファイバーケーブルの回線は何本かのケーブルを束にしていて、そのうちの予備線など通信に使っていないものを1本使わせてもらえれば、DASの計測中も他の通信への問題はないのですが、ケーブルの所有者にとって通信以外への使用はやはり色々な課題があるようです。今回の鬼界カルデラは三島村にも海底火山の活動を把握したいというニーズがあり、ご協力いただきましたが、他の地域でも自治体や通信会社から協力が得られればありがたいです。データが集まれば集まるだけ、研究を進めることができます」

観測手法の確立も重要だが、中野さんの研究の主眼は、あくまでも海域火山の全容解明にある。

「原理的には、光ファイバーケーブルがあるところなら、DASで地震を計測できます。次は伊豆大島や三宅島など別のエリアでも海底の地震を観測したり、もっと広範囲での観測を行ったりして、海域火山の活動の全容を捉えたいです。また、今は限られた期間だけの観測ですが、ゆくゆくは常時観測できるようにしていきたいです。海域に広がる地下からマグマが供給される活動をいち早く捉えることで、海域火山の監視能力の向上を図っていきたいと考えています」

中野さんたちは、海域火山を知り、その噴火に備えるしくみを作ろうとしている。システムが整えば、事前に察知できる可能性も高まるだろう。読者のみなさんも、DASによる海域火山の地震観測、海域火山の研究に注目してみてほしい。

取材・文:小熊みどり

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