小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」は、2021年8月に大噴火を起こした。大量の軽石が噴出し、沖縄をはじめ太平洋側の各地に漂着したことは記憶に新しい。研究者たちは、軽石を採取し、噴火がどのように起こったのかを調査しているが、噴火から1年9ヵ月ほどが経過し、その“輪郭”が浮かび上がってきている。記事前編では海洋研究開発機構(JAMSTEC) 海域地震火山部門 火山・地球内部研究センターの吉田健太副主任研究員に、福徳岡ノ場の噴火シナリオの一端についてお話を聞いたが、本稿ではまず現地周辺での航海調査の話から始めよう。
吉田 健太
海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター 副主任研究員
大阪生まれ、香川・岡山育ち。岡山県立岡山朝日高校卒。京都大学大学院理学研究科博士課程修了(博士(理学))。大阪市立大学特任講師を経て2016年からJAMSTECに勤務。
プレートの沈み込みで出来た鉱物の中には「水」が閉じ込められていて、そんな「水」のなかで泡がピョコピョコ動くのが面白くて地球科学の研究に取り組み始めた。最近では福徳岡ノ場や西之島など海の火山の研究にも着手している。岩石を光が透けるくらいまで薄く削って、顕微鏡で覗くのが好き。
福徳岡ノ場の航海調査はどのように?
噴火から1年後の2022年8月、吉田さんたちの研究チームは、14日間の現地調査に出航した。 (調査対象は福徳岡ノ場と西之島)。深海潜水調査船支援母船「よこすか」に、地質学者、地球物理学者、ドローンパイロットなどからなる研究チームの11名と、船員らが乗りこんだ。吉田さんは出発当時の心境、そして航海調査の醍醐味を次のように語る。
「2022年8月はコロナの第7波の只中で、とにかく出航できたことへの安心感がすべてでした。多分ここ最近の航海関係者はそういう気持ちの人がほとんどです。片道3日くらいかかるのですが、2日目くらいになってようやく調査の中身に頭が向いていく感じでした。
海の調査というのは独特の面白さがあります。船上という非日常の空間で過ごすことそれ自体もエキサイティングです。また、船上からは基本的に海面しか見えないのですが、ドレッジなどの調査を行うことで、見えない・泳いでいくことも到底できないような場所の石や映像をとってくることが出来ます。そういった“未知へのワクワク”は、現地でリアルタイムに味わうのが一番旨味があると思っています」
ただ、噴火は収まっているものの、まだ火山活動がみられるので、安全を考慮して2マイル(3.7km)以内には近づけない。ぎりぎりまで近づきつつ、海底に降ろした鉄の籠を引きずり、海底をさらって岩石試料を採取する「ドレッジ調査」を行った。
北福徳カルデラを構成する岩石を、できるだけまんべんなく採取するため、福徳岡ノ場の北側2ヵ所・西側2ヵ所・南東1ヵ所の全5ヵ所で実施。計6回のドレッジ調査で採取したのは海底に沈んでいる軽石や、海底に流れた溶岩が固まった岩石、泥状の火山灰の塊など500kgほどだ。
十分な量のようにも思えるが、吉田さんによると、採取を終えた時点では、「十分な調査ができたかどうか」は判断がつかなかったという。
「海底火山は深くて暗いところにあってよく見えません。陸上の火山であれば、歩きながらそこがどんな様子か自分の目で見て、岩石もその場でハンマーで叩いて確認しながら調査を進めていくことができますが、海底では視野さえもライトの当たる範囲に限られます。
海底の地形図はあるので見当はつけますが、陸上の火山に比べて海底火山はとにかく情報が少なく、事前にはどこに何があるかわかりません。欲しい試料を狙って取るというよりも、引き揚げてみて初めてわかることや、ドレッジを行う場所の当たり外れに左右される部分が大きいと感じます。ドレッジの籠をうまく引き揚げられず、せっかく取れた試料が籠からこぼれてしまっていることもありました」
マグマだまりに“蓋”? 新たに見えてきたこと
それでは、実際に分析を行った結果はどうだったのか。 海底にあった岩石は、前編で紹介した漂流軽石とはまったく様子が違った。海上を漂流していた岩石は明るい灰色をした軽石や黒い軽石など多様な見た目をしていたが、今回採取したものの中には、幅30cm超もある溶岩の塊のような岩石や、細長い穴が空いた木のような見た目のものなどがあり、こちらも漂流していた軽石とは全く異なる多様な試料を採取できた。
「今回の調査に関しては、成果は上々かなと思っています。漂流軽石とは異なる性質のものを入手できたのは、科学的な面でも火山内部の実態に迫る好材料を得られたということだと思います」(吉田さん)
そして、これらの試料の分析の結果、次のような事実が見えてきたという。
(1) 新たな試料は漂流軽石よりも二酸化ケイ素SiO₂の含有量が多い。
(2) 漂流軽石が930℃くらいの環境下でできた一方、今回の試料には、より低温の900℃くらいの環境下でできたことを示す化学組成の鉱物が含まれていた。
吉田さんによると、この2つの事柄を組み合わせると、前編で紹介した噴火シナリオをより詳しく描けるという。つまり、今回の結果から噴火直前のマグマだまりの様子がわかり、そこに(前編で紹介した)ナノライトが関連したマグマ内の対流までの経過が合わさって、一連の噴火に至る過程がさらに詳細に描けるのだ。
「SiO₂が多いマグマほど粘性が高く、密度が小さくなります。そのため、マグマのSiO₂が多い部分は、マグマ内の上部にたまります。そこで900℃まで冷えて、マグマだまりの蓋のような役割を果たした可能性があります。それでガスの逃げ場がなくなり、今回の噴火につながったのではないか、海底にあった溶岩の塊や材木状の岩石はその蓋だったのではないか、と考えています」
しかし、今回の噴火で軽石がこれほど大量に噴出した理由はまだ不明だそうだ。噴火を繰り返す福徳岡ノ場の特徴から、吉田さんは今後も観測体制を充実させる必要があると強調する。
「福徳岡ノ場は、遠方の海域火山の中では比較的多く観測されてきた火山ですが、噴火を繰り返していることから、次の噴火に向けて観測を継続していく必要があると思います。過去の噴火について調べることで噴火の周期や規模を知り、地震波観測などで現在の山体のマグマだまりの様子を把握することで、今後の活動や被害の予測をつけることが重要です。
また、噴火してからの観測体制を整える必要もあると思います。陸の火山に比べて観測機器を設置しづらいので噴火の前兆をリアルタイムで把握するのは難しいところもありますが、日中なら気象衛星で画像を撮影できますし、使えるものはフル活用する形でウォッチできるようになるといいと思います」
ナノサイズから「ビッグスケール」を知る面白さ
吉田さんは、大学の学部生・大学院生のころから岩石を採取し、分析する研究を行ってきた。
「私の研究のモチベーションは、単純に言ってしまえば、顕微鏡で岩石を見るのが好きだ、ということです。その原点は大事にしたいと思っています。私の研究は岩石を切って、薄片を作って見るところから始まります。どれも同じように見える岩石も、顕微鏡をのぞくと、鉱物が綺麗で、千差万別で自然とテンションが上がります。電子顕微鏡を使ってナノサイズのものまで見ていくと、さらに面白いです。薄片を作って顕微鏡で造岩鉱物を観察するのは研究の基本ですが、より小さなナノサイズの結晶の観察結果から、この岩石ができた過程や噴火のメカニズムなどの大きなスケールの議論へとつなげるのは、ロマンがあると感じています」(吉田さん)
たしかにナノサイズの結晶から、マグマの様子がわかった。マグマの様子がわかると、噴火の様式がわかる。そこからカルデラの形成過程も考えることができる、というわけだ。
「とはいえ、1回の航海調査では福徳岡ノ場の全域を網羅できるわけもなく、不確実なことが多くあります。遠くて調査費用もかかるので、頻繁には行けません。だからこそ、想像力をはたらかせ、得られた断片的な情報をつなぎ合わせます。次に知りたいのは、福徳岡ノ場の地下のマグマだまりの深さや構造です。過去の海上保安庁の調査などで、マグマだまりは火口の直下ではなく、火口の北側にずれたところにあると考えられています。そのような情報の解像度を一つ一つ上げていくことで、巨大な北福徳カルデラの火山活動の全容、そして太平洋プレートの沈み込み帯で何が起こっているのかを解明していきたいです」 これまで5人の海域火山研究者を取材してきたが、航海調査、実験室での分析、海底の光ファイバーケーブルの活用など、研究手法は実に多様だ。情報が少なく実態がよくわからなかった海域火山に様々な視点から迫ることで、JAMSTECの研究者たちは海域火山の実態解明を着実に進めている。
● 取材・文:小熊みどり