2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から12年。その後、震源付近を含めた東北地方の海底はどのようになっているのでしょうか。
じつは、海底地殻変動の調査に人知れず活躍しているのが、「自律型海洋観測装置」(AOV)という無人探査機です! このAOVは、波の力を推力として自律自動航行しながら、設定された観測点の海底地殻変動データを収集しています。
その技術開発を進めながら、東北地方の海底地殻変動を研究しているのが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)海域地震火山部門 地震津波予測研究開発センター 地震予測研究グループリーダーの飯沼卓史主任研究員。
「自律型海洋観測装置」(AOV)の仕組みやその運用、そして、東北の海底の現状などについてお話をうかがいました。
飯沼卓史(いいぬま・たけし)
1977年、東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。東北大学大学院理学研究科の産学官連携研究員及び助教、東北大学災害科学国際研究所助教などを経て、2015年より海洋研究開発機構に所属。2020年より現職。2011年東北地方太平洋沖地震に関する観測・研究により、日本測地学会賞坪井賞第13回団体賞を2013年に共同受賞。海陸の地殻変動観測データの取得・解析により地震発生過程に関する研究を進めている。提供/飯沼卓史氏
海底の地殻変動から地震を理解したい
──波の力で進む「自律型海洋観測装置」(AOV)についてお話を伺う前に、そもそも海底の地殻変動を調べるということが、どのような調査なのか教えてください。
地殻変動の調査は、地震という現象を理解するのに役立ちます。とはいえ、知りたいのは地震が発生した瞬間の地殻の動きだけではありません。地震が起きた後にはどのような地殻変動が起きたのか? あるいは地震が起きていなくても現在の地殻変動はどうなっているのか継続的に調べることが必要です。
地震自体は地震計でとらえられる地震波などからたくさんの情報が得られますが、たとえば1年間に海底が10センチメートル動いたというような現象は、広い範囲で長期間にわたって観測を続けなければいけません。
海底地殻の変動はどうやって測る?
そのような地殻の動きを把握するために、陸上や海底にはたくさんの観測機器が設置されています。
陸上の場合は、アンテナを設置すれば複数の衛星を利用する「GNSS」(全球衛星測位システム)の情報から精度の高い位置情報を得ることができ、そこから位置の変化がわかりますよね。しかし、海底には電波が届きません。そのため、GNSSと音響測距(音波を使って距離を測ること)を結合させた観測装置を使っているんです。これは「GNSS-A観測」と呼ばれる手法です。
GNSS-A観測でデータを取るためには、まず、海底に置かれた観測機器の上まで行かなければいけません。そこから機器に向かって音波を発射し、その音波が伝わる時間から、船と観測機器の距離を測るわけです。それぞれの観測点には3〜6個の観測装置が置かれており、それがつくる三角形や四角形などがどう変化したかを調べると、地殻がどちらの方向にどれだけ動いたかがわかります。
無人探査機でコストが10分の1に!
――なるほど、海底の調査は陸上に比べてかなり手間がかかるんですね。
そうなんです。しかも広い範囲にたくさん設置した観測装置を巡回しなければなりません。研究者が調査船に乗り込んで、1ヵ月近く航海するケースもあります。航海中はデータ解析を進められませんし、船を動かすにはコストもかなりかかってしまうんですね。そのコストが、このAOVを使うことで10分の1ぐらいになりました。
──その分、調査の回数も増やせそうですね。AOVは、もともと海底地殻変動を観測するために開発された探査機なのでしょうか?
いいえ、機体自体は米国のリキッド・ロボティクス社が開発したもので、使いみちはさまざまです。機体は水上に浮かべるフロート部と水中を潜行するグライダー部に分かれていて、フロート部にどんな機材を積むかはユーザーの目的次第。私たちも、AOVに搭載されている太陽光発電システムから供給される電力やフロート部のサイズなどに合わせて、自分たちで地殻変動観測に必要なシステムを開発しました。
ちなみにJAMSTEC全体では、このAOVを5台所有しています。火山研究や大気海洋研究のグループも、それぞれ独自の観測システムを開発して活用していますね。
波の力を推力に進んでいく仕組みは!?
――どのような仕組みになっているのでしょうか。
まず船体となる「フロート部」から8メートルほどのケーブルで「グライダー部」が吊り下げられています。船体のフロート部が波に合わせて上下すると、当然、グライダー部もいっしょに上下しますよね。その動きに合わせてグライダー部についている羽が上がったり下がったりすることで推力を得て、つねに前進する仕組みになっています(図参照)。このシンプルな仕組みで、燃料もなしに、波の力だけで進んでくれるんですよ。
ただし海が凪(なぎ)の状態だと推力が得られないので、海流に乗ってあらぬ方向へ行ってしまいます。また、波がある程度あっても航行速度はせいぜい2ノット弱(時速約3.6km)ですから、流れの速い海域ではやはり潮の流れに負けてしまうこともあります。
それをリカバリーして本来のコースに戻れるよう、グライダー部の後ろには地上からコントロールできるプロペラもついています。プロペラは搭載したバッテリーで動きますが、消費電力が大きいため、最大出力では標準で18時間程度、バッテリーを増設しても72時間程度しか回せません。そのため、プロペラで進めるのはせいぜい20~80キロメートルぐらいですから、あまり頻繁には使えませんね。
私たちが調査している東北地方沿岸部は潮の流れが穏やかなので大丈夫ですが、黒潮が流れる南海トラフのような流れが速い海域でこのAOVを使うのは難しいかもしれません。もっとも、私たちの調査でも、強い潮流に流されて巡回コースから外れてしまったことはあります。戻れた時もあれば、スラスタを回しても戻れなかったこともあるので……。
設定された観測地へ、自力でGO!
――どの観測点に向かうかは、あらかじめ送り出す前にセッティングされているんですね。
はい。観測点の位置はあらかじめ登録してありますが、ルートは随時設定しています。このAOVは衛星からの信号で自分の位置を把握しています。
ちなみに、静止はできません。そこは有人船と違うところですね。観測点に到着しても止まれないので、観測点の中心 を半径100メートルぐらいでグルグルと回りながら観測します。
ある観測点での観測を終える時に、次の観測点を目指すよう衛星通信経由(ウェブ上のマネジメントシステム経由)で指令を出します。そのあとは、次の観測点までの航行や着いた後の観測点での航路(半径100mの円周航路)投入は自動的に行われます。また、近づいてくる船を自動的に避ける仕組みにもなっているんです。
2019年から6回の調査航海に
──いつから海底地殻変動の調査に使用しているのですか?
最初の試験観測は2019年です。2012年以降のデータ取得状況を示した一覧表(図を参照)を見ていただくとわかるとおり、2016年にJAMSTECの深海潜水調査船支援母船「よこすか」で青森沖から茨城沖までの大規模な観測を行った後、少し空白の期間が生じてしまいました。
そこで2019年7月に、この海底地殻変動調査専用のAOVの試験観測を行い、翌2020年から本格的に運用しています。この表にはありませんが、2022年の秋にも実施しました。ですから、これまで6回の長期運行を行ったことになります。
56日間で19ヵ所の観測点を調査
──1回の調査に何日ぐらいかかるのでしょう。
たとえば2021年の春には、56日間で19ヵ所の観測点を巡回しました。有人船による航海では20ヵ所を1ヵ月ぐらいで巡回していましたから、時間はAOVのほうが少し長くかかりますね。
いま東北沖の海底下の動きは?
──あの地震から今年で12年が経ちました。2011年3月以降、東北地方沿岸ではどのような地殻変動が観測されているのでしょうか。
私たちの研究グループがとくに注目しているのは、東北地方太平洋沖地震によって生じた地殻の歪みが、その後どう推移しているかということです。地震以降も歪みを溜めているのか、あるいは徐々に歪みを解消しつつあるのか。今後のことを予測するためにも、それを知りたいんですね。
あの地震が起きたときは、陸上でも海底でも、北米プレートが東のほうに動きました。ところが地震後は、海底で西に向かって年10センチメートルを超えるスピードで動いた部分があったんですね。この動きがよくわからなかったこともあって、翌年に海底の観測点を増やしたんです。
まず、西への動きについては、プレートの下にあるマントルの流動が原因だとわかってきました。マントルはプレートと違って完全な固体ではありません。粘性流体と呼ばれる粘り気のある流体の性質を持っているので、動きがプレートよりも遅れます。
地震時のプレートはつっかい棒が外れたように一気に動きますが、その下のマントルはすぐにはそれについていけません。地震後に、プレートに追いつこうとするんですね。するとプレートのほうも、マントルの動きに反応して動くんです。
ですから、プレート境界の動きを正確に知るには、海底の動きからマントルの動きを差し引いて計算しなければいけません。私たちはそれを推定するためのシミュレーションモデルを開発しました。それによって、地震で大きく滑った宮城県沖では、地震直後からプレートの固着が回復して西側に引きずり込まれていることがわかったんです。
震源の南側はプレート境界がゆっくり滑っている
その後、東北沖の海底地殻変動のデータを解析したところ、あの地震で大きく滑った地点の南側のエリアは、海底が東に向かって動いていることがわかりました。一方、北側のエリアは動きがバラバラで、はっきりした傾向は見られません。
震源の南側が東に動いているのは、プレート境界がズルズルと滑っているのだと解釈できます。これはプレート境界に溜まっていた歪みが解放されていることを意味しているので、大きな地震を起こす可能性は低くなっていると言えるでしょう。でも、北側はまだよくわかりません。依然として歪みを溜めている可能性もあるので、今後も重点的に観測します。
AOVでの即時観測を
──AOVの役割がますます大きくなりますね。今後、性能の改善なども必要なのでしょうか。
いまは機体を回収してからデータを解析していますが、航行中にリアルタイムで解析ができるような技術開発を進めています。このAOVが取ったデータを人工衛星に送信して、陸上からリアルタイムで地殻変動を検出するわけです。
このシステムを実現するには、人工衛星の位置を高い精度でAOVに教えなければいけません。まだ具体化はしていませんが、そのために「みちびき」という人工衛星を活用することを、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と一緒に考えています。
──宇宙と海底のコラボレーションですか。ダイナミックですね。
コラボといえば、AOVによる観測の多項目化も図っています。いまは海底地殻変動のデータを取るだけですが、湿度、海水温、塩分なども観測できるようにすれば、気象系や海洋系の研究者にも有効活用してもらえるでしょう。せっかく沖合で何十日も過ごすのですから、できるだけ多くの仕事をしてもらおうと思っています。
取材・文:岡田仁志
撮影:村田克己・講談社写真部