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JAMSTEC探訪

「ゆっくり地震」を捉えろ!光のものさしで海底の変化を観測する ~海底の光ファイバー ケーブルを地震研究に活用!

記事

取材・文:岡田仁志

地震研究でいま注目されているのが、「ゆっくり地震」「ゆっくり滑り」という現象です。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の際も、前震と本震の前にゆっくり地震が発生していました。そのため、海溝型巨大地震の前兆である可能性も指摘されています。このゆっくり地震については、「揺れを感じない「ゆっくり地震」に、研究者が注目する理由!」でも紹介しました。

しかし、これらは通常の地震と違い、遅くて小さな変化なので、その観測は簡単ではありません。その実態を詳しく知るためには、観測装置の工夫や観測網の拡大が必要です。

そのために現在どのような取り組みが進められているのでしょうか。いま「光ファイバーセンシング」と呼ばれる海底観測装置の研究を進めている、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海域地震火山部門 地震津波予測研究開発センター 観測システム開発研究グループの荒木英一郎グループリーダーに最先端の研究事情をうかがいました。

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荒木 英一郎

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海域地震火山部門 地震津波予測研究開発センター 
観測システム開発研究グループ グループリーダー

「ゆっくり地震」「ゆっくり滑り」とは何か?

──近年、地震研究で注目されている「ゆっくり地震(スロー地震)」や「ゆっくり滑り(スロースリップ)」などの現象は、いつ頃から、どのようにして見つかるようになったのでしょうか。

最初は、2003年から2004年にかけて南海トラフで見つかりました。1995年に阪神淡路大震災が起きた後、防災科学技術研究所が日本全国に「Hi-net(高感度地震観測網)」という観測網を整備したことで、それまでは見えなかった現象が感知されるようになったんです。
通常の地震は、まずP波(地震波の進行方向に振動する縦波)が来て、次にS波(進行方向に垂直に震動する横波)が来るのが明瞭に見えます。でも、ゆっくり地震は、それと異なり、あまりはっきりとはしないけれど、時間をかけてザワザワと生じる動きなんです。これまで知られていた地震とは違うものの、地下で断層がゆっくり動いていると考えなければ説明がつきません。

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掘削調査を行ったゆっくり地震を起こしている断層の孔に「長期孔内観測装置」を埋設する。/図版作成:鈴木知哉

──では、ゆっくり地震とゆっくり滑りは、何が違うのでしょう。

同じようなものだとも言えますが、微弱な地震波が検出できるものをゆっくり地震、まったく地震波が見えないものをゆっくり滑りと呼んで区別しています。ただし、ゆっくり滑りも、断層がすべっているという意味では地震と変わりません。

「ゆっくり地震」と通常の地震の関係は?

──それが通常の地震の引き金になることもあり得るのですか?

それはまだわかっていません。ただ、巨大地震が発生しやすいプレート境界のコンディションが、ゆっくり地震やゆっくり滑りに反映されている可能性はあります。プレート境界のくっつき方が変わることで、それまではゆっくり滑りが起きなかった場所で起きるとか、その発生頻度が高まるといったような関係性はあるかもしれません。ですから、ゆっくり滑りの観測データを増やせば、プレート境界が大地震に向けてどのような準備段階にあるのかを診断できるようになるのではないかと考えています。

──どれぐらい「ゆっくり」と動くのでしょうか。

ケース・バイ・ケースですが、海底下で1年に一度ぐらいのタイミングで起こるタイプのものは、長くて3週間、短いものでも数日間かけて、数センチメートルから10センチメートルほど断層が滑ります。

私たちは、地球深部探査船「ちきゅう」を使って南海トラフの巨大地震発生域に設置した装置で「ゆっくり滑り」の観測に成功し、2017年に米科学誌「Science」に発表しました。陸上の観測では、半年かけてゆっくりとすべる事象も見られるようになっています。

南海トラフ巨大地震発生帯の海溝軸近傍で誘発・繰り返す「ゆっくり滑り」を観測/動画:JAMSTEC

海底に設置されている観測網とは

──海底下より陸上のほうが高い精度で観測できるということですか?

陸上の場合、地下の断層の動きに伴う地表の動きをGPSで観測できるんですね。しかも、観測点が日本全国に高い密度で設置されています。先ほど紹介したHi-netは現在、約800ヵ所。そのほかにも、国土地理院が観測している「GEONET」という観測網が約1300ヵ所にあります。多くのデータが得られるので、精度が高まりますよね。

一方、海底観測網もかなり充実してきました。南海トラフ海域では、JAMSTECが地震・津波観測監視システムとして「DONET」という海底ケーブルネットワークを構築しました。これは現在、防災科学技術研究所が引き継ぎ運用しています。さらに、東日本の太平洋岸には防災科学技術研究所が運営する「S-net(日本海溝海底地震津波観測網)」が設置されています。

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「DONET」と「S-NET」/画像提供:JAMSTEC

でも陸上の観測網と比べると、まだまだ密度が低いし、エリアも不十分ですね。南海トラフは東海沖から日向灘あたりまでが震源域として想定されていますが、室戸岬より西側にはまだ観測網が設置されていないので、まだ震源域全体の半分ぐらいしかカバーできていません。また、DONETの標準的なセンサーは、必ずしもゆっくり滑りに対して敏感なものではないんです。

海底掘削調査後の「孔」を活用する

──陸上よりも設置が難しいとはいえ、巨大地震は海底が震源になることが多いでしょうから、観測網の拡充が求められますね。

そのため私たちは、広い海域にわたってゆっくり滑りをリアルタイムで検知できる海底地殻変動観測所の開発と設置に取り組んでいます。

ひとつは、「ちきゅう」が掘削した孔内にさまざまな検知器を設置してDONETに接続すること。たとえば、地面の傾斜を測る傾斜計というものがあります。ゆっくり滑りが深いところの断層で起きると、上にある岩盤が引っ張られて変形するんですね。それに伴う傾斜の変化をとらえることで、断層の滑りを検知するわけです。

地球深部探査船「ちきゅう」(上・写真)によって掘削された「孔」に歪計・地震計・温度計など取り付けた装置を入れ海底地殻変動・地震観測を行う。/図版提供:荒木英一郎/JAMSTEC

カニの歩行まで!「光のものさし」で海底の変化を知る

また、「光ファイバー歪み計」による観測も始めました。いまのところ四国沖の1ヵ所でしか実行していませんが、200メートル程度の長さの光ファイバーを海底に張って、レーザー光でその光ファイバー内を走る光の位相変化を見るんですね。断層の滑りによって岩盤が変形すれば、張った光ファイバーの長さも変わるので、位相も変化する。いわば「光のものさし」で海底の変化を測るわけです。

海底に光ファイバー歪計を敷設している様子。/写真提供:荒木英一郎 /JAMSTEC

──それは掘削したところに埋め込むのではなく、海底の表面にむき出しの状態で張るだけなんですか?

はい、両端にポールを打ち込んでピン留めするような形です。掘削孔に入れるのと比べると、やや心許ないのはたしかですね。水の流れや温度変化の影響も受けますし、海の底には生物もいますから。カニが光ファイバーの上を歩いただけでも動いてしまいます。

ですから、同じ場所に3本の光ファイバーを張りました。2本は背中合わせに同じ方向、1本は60度ほど異なる角度に張っています。同じ方向の2本で同じ値が出れば、カニなどの影響ではないと考えられますよね。また、違う角度の変化を測ることで動きの方向性を見ることができます。

海底に3週間で0.2ミリメートルの変化が!

──どれぐらいの変化が計測できるのでしょうか。

2022年1月にゆっくり地震の活動がDONETでとらえられたときには、200メートルのケーブルが3週間かけて0.2ミリメートル弱伸びたことがわかりました。地下の断層がすべったことによって、海底の表面がそれだけ変形したと考えられます。

ただし、この計測方法では精度に限界があるのはたしかですね。できれば、やはり掘削孔にこの光ファイバー歪み計を入れたい。「ちきゅう」で掘削を実施して、そこに同じような仕組みの光ファイバーセンサーを設置することで「ゆっくり滑り」などの海底での地殻変動をリアルタイムでとらえることができる観測網を実現したいと思っています。

写真
観測装置を自身の手で作ることもあるという。写真は「光ファイバー歪計」の一部。/撮影:神谷美寛/講談社写真部

光ファイバーセンシングで広域のデータを!

さらに、より広い範囲を観測するために、100キロメートル程度のケーブルを使う光ファイバーセンシングの実験も始めました。これだと、全体の変化だけではなく、ケーブル上のあらゆる場所の長さの変化を測ることができます。

光ファイバーセンシングの将来的な展望。地震発生帯のモニタリング。/ 図版提供:荒木英一郎 / JAMSTEC)

──原理は光ファイバー歪み計と同じなのですか?

レーザーを使う仕組み自体は同じですが、光ファイバーから返ってくる散乱光を使う点が違います。光ファイバーの中には石英の分子が並んでいるので、そこで散乱された光が逆方向に戻ってくるんですね。たとえば40メートルほど離れた2点間で散乱した光の位相を比較して差を見れば、そこの長さの変化を知ることができるんです。

重力波干渉計と同じ原理で海底の変化を!

しかし散乱光は非常に弱いので、その計測は光ファイバー歪み計よりも技術的に難しい面があります。位相を比較するためには光が安定していないといけないので、レーザーにきわめて高いクオリティが要求されるんですね。不安定にふらついた光を送り出すと、そのままふらついた状態で戻ってきてしまうので、正確な比較ができません。

光ファイバーセンシングの模式図/ 図版提供:荒木英一郎 / JAMSTEC

──宇宙からの重力波の検出を思い出しました。あれもレーザーを使いますよね。

まさにそれと同じような話です。重力波観測で使う光の周波数は10のマイナス15乗ぐらいの精度でコントロールされていますが、私たちの光ファイバーセンシングにもそれに近いクオリティが求められます。

でも、欧米で生産されている既存の機材では、そこまで安定したレーザーを使っていません。ゆっくり地震やゆっくり滑りによる変化は、レーザーのゆらぎでほとんど隠れてしまうんですね。ノイズが大きいので、安定性を100倍ぐらい高めなければいけません。

そこで私は、機材を生産メーカーと協力して改造してレーザーの安定性を向上させました。まだ十分ではありませんが、従来の50倍ぐらいにはなりましたね。ゆっくり滑りを見るにはまだ安定性が足りませんが、ゆっくり地震はしっかりと見えるレベルになっています。さらに改良を重ねれば、ゆっくり滑りもしっかりと検知できるパワフルな観測網になるでしょう。

海底の光ファイバーケーブルを活用すれば

──いずれはその光ファイバーを海底に広く張り巡らせるということですか?

すでに海底には、インターネットなどの通信に使われる光ファイバーケーブルがたくさん張られていますよね。それを活用できれば、一気に観測網は広がります。それがあるので、光ファイバーセンシングという観測方法が将来的には有望だと考えているんですよ。実際、光ファイバーケーブルを持っている事業者や自治体の協力を得た実験もすでに行っています。

もちろん、光ファイバーケーブルはみなさんの払う通信費がベースになって運営されているものなので、通信の邪魔をせずに計測する技術を確立しなければいけません。その上で、光ファイバーセンシングによる観測の意義を広く理解してもらうことも必要です。

「ゆっくり地震」「ゆっくり滑り」の解明に

──ゆっくり地震やゆっくり滑りの観測データが、地震という現象の理解や巨大地震の予測などにつながる可能性があるのなら、私たちの生活にも大いに役立ちますよね。

その可能性はありますが、まずは、ゆっくり地震やゆっくり滑りがどのようにして起きるのかを把握しないと、議論が始まりません。そのためには、それらの現象に関する正確なデータがたくさん必要です。とくに南海トラフという広い領域で、ゆっくり地震や通常の地震がどのように発生していて、そこにどんな関連性があるのか。それを知ることには大きな意義があります。

「ちきゅう」が稼働し始めた当時は、海底の地震観測網はほとんどありませんでした。それがこの10年のあいだにかなり進展し、地震研究も大きく進んできたたわけですが、前にお話ししたとおり、陸上の観測網と比べるとまだまだ足りません。光ファイバーセンシングを含めて、新しい観測方法をどんどん開発することで、観測網の拡充を加速させたいですね。

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撮影:神谷美寛 / 講談社写真部

取材・文:岡田仁志
イラストレーション:鈴木知哉
撮影:神谷美寛・講談社写真部

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