リュウグウで採取された試料の様子(JAXA)

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JAMSTEC探訪

生命の素は宇宙でつくられている!リュウグウは有機宇宙化学のリアルな実験室だ! ~有機宇宙化学で迫る、生命の起源・前編

記事

取材・構成/岡田仁志

小惑星「リュウグウ」は、炭素や窒素に富んでいて、多種多様な有機物に満ちていた。その中から、アミノ酸をはじめ、RNAのもととなる「ウラシル」など、生命をつくる原材料の存在が明らかになりました!これらの大発見につながる分析を行ったのが、JAMSTEC海洋機能利用部門の高野淑識(よしのり)・上席研究員らの研究チームです。

高野さんは、初代「はやぶさ」でのカテゴリー3と区分された粒子の検証分析も行い、「はやぶさ2」ではサンプラーチームメンバーとしてリュウグウ試料の採取やカプセル開封、そして可溶性有機物チームメンバーとして初期分析を担当しました。

本記事では、高野さんの「有機宇宙化学」という研究を通して、太陽系物質のサンプルリターンで明らかになった生命の生まれる前のケミストリー(=化学進化)について迫りたいと思います。

写真
高野淑識さん(撮影:村田克己/講談社写真部)

イトカワから見つかった炭素質のサンプルとの出会い

──高野さんは、「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルを分析されましたが、その前に、初代「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワのサンプルも分析されたそうですね。

はい。初代「はやぶさ」で私が最初に関わったのは、「ちょっと変わった炭素質のサンプル」(=カテゴリー3サンプル)でした。イトカワは、岩石質の小惑星なので、炭素の含有量は少ないんですね。だから、どんな素性なのか分析チームで多角的に調べました。

初代「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルは、きわめて微量なので評価は簡単ではありませんでした。さまざまな分析の結果、そのカテゴリー3の物質の起源は、小惑星イトカワ以外のものであるとわかりました。その結論に至るまで、実に、6年以上かかりました。

「はやぶさ」から撮影された「イトカワ」距離22kmより(提供:JAXA)

私たちのカテゴリー3分析のあと、NASAの研究チームが、小惑星イトカワに飛来してきたと考えられるアミノ酸などの有機物を含む炭素質粒子の存在を明らかにしました。このグループが発見した炭素は、イトカワにたくさんあるわけではありません。

地球の南極の氷床では、地球外から降り注いた「マイクロメテオライト」という惑星間塵が見つかるのですが、そのような外因性の炭素物質がイトカワに降り注いだものと推定されています。

イトカワの分析で得た経験値という「遺産」

一方で、私たちのカテゴリー3の検証は、はやぶさ2の初期分析の重要な経験値になりました。どのぐらいのスケールのサンプルがあれば、そこに含まれる有機物を構成する炭素量や窒素量、それらの同位体組成、そして、アミノ酸などの分子情報が地球起源なのか地球外起源なのかを判別できるか、というスケール感や評価軸を共有することができたんです。いわば、サンプル評価のためのスタートラインが決まったんですね。

小惑星「イトカワ」から持ち帰った微粒子(提供:JAXA)

それに基づいて、次に控えているリュウグウのサンプル分析のプロトコルを考えることができました。実際、イトカワの分析で得た経験値や評価検証法は、リュウグウの分析にも活かされた「良き遺産」になっています。

次は有機物を!「リュウグウ」での挑戦

──イトカワの次に、「はやぶさ2」がリュウグウに向かった時点で、そこから持ち帰られるサンプルにはどのような期待をされていたのでしょう。

岩石質のイトカワは全体的に色がやや白っぽいのですが、リュウグウは真っ黒です。これは炭素を含む有機物がたくさん含まれているから、との見立てがありました。イトカワとはタイプの異なる小惑星だからこそ、「はやぶさ2」は炭素質のリュウグウをターゲットにしたわけです。ですから、私たち有機宇宙化学者らは、リュウグウのサンプルには面白い有機物が含まれているだろうと期待していました。

小惑星「リュウグウ」写真では、コントラストの関係でやや白っぽく見えるが、実際は炭素が多く真っ黒な天体(提供:JAXA、東京大学など)

日本と米国のサイエンスの絆 !

──初代「はやぶさ」は満身創痍で、地球帰還まで心配でしたから、「はやぶさ2」も帰ってくるまでドキドキされたのでしょうね。

2014年に「はやぶさ2」が打ち上げられた後、小惑星ベンヌからのサンプルリターンを目指す米国の宇宙探査機「オシリス・レックス」が打ち上げられました。

地球帰還は「はやぶさ2」が2020年、「オシリス・レックス」が2023年9月24日です。日本も米国もこのスケジューリングは、何としても守りたい。地球から小惑星帯までの距離は、(リュウグウもベンヌも)同じぐらいです。結果的には、2020年12月にサンプルの入ったカプセルが地球帰還できたので、私たちは、小惑星リュウグウの初期分析を予定通り、実行できることになりました。

NASAが行っている「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」2016年9月8日に打ち上げられ、小惑星「ベンヌ(Bennu)」の試料採取を行った。サンプルの回収は2023年9月24日を予定(NASA/Goddard Space Flight Center)

はやぶさ2の「カプセル」回収秘話

──オーストラリアの砂漠でカプセルを回収したときは、高野先生も現地に行かれたんですよね?現場はどんな状況だったのでしょう。

はい、コロナ禍の真っ直中だったので大変でしたが、真夏のオーストラリアに行きました。「玉手箱」と呼んでいるカプセルを回収し、最初に開封(揮発性ガス)し、そこに封じ込められている気相ガスの分析をするためです。

オーストラリア入国後2週間の厳重な隔離がありました。南オーストラリア州の州都アデレードからハイウエーを丸1日移動し、ウーメラ砂漠に到着しました。ここは、広大な砂漠の中にあり、人口わずか100人ほど。カンガルーやエミューなどの野生動物も見かけました。

回収用ヘリコプターから撮影したカプセルの画像(JAXA)

砂漠の真ん中にある「ウーメラ立入制限区域」(豪州政府の施設)では、緊張の連続でした。長い一日が終わると、夜の砂漠の地平線の向こうには、濃いオレンジ色の夕焼けが映える瞬間がありました。漆黒の天球を見上げると、天の川や南十字星。砂漠では、まったく(人工の)光も無く、音も無い。自然の静寂と満天の星空から、明日への英気をもらえました。

カプセルの中から音がした!

──最初にカプセルを開けるのは、かなり緊張を強いられる任務ですよね。

ヘリコプターオペレーションによるカプセル回収が戻ってくるまで、最高の状態で分析ができるよう、チーム一丸になって、分析ラインの準備やリハーサルを行っていました。そして、ついに無事に回収された「玉手箱」と約6年ぶりにご対面。「小惑星まで行って帰ってきたのか?」と思うぐらいピカピカで、感動でした。

サンプラーチームメンバーの発案で、その「玉手箱」に超高性能マイクをくっつけました。たとえば、カタツムリが、地面を這う音を拾えるほどの超高感度マイクです。分析用のチャンバーに据えつける前に、カプセルを半回転させるのですが、その瞬間にマイクが拾った「カラカラ」という音が聞こえたときは、膝から力が抜けて崩れ落ちそうになるほど嬉しかったですね。何か固いものが入っている証拠ですから。

はやぶさ2が採取したのサンプルが入ったカプセル(高野提供・JAXA)

玉手箱から最初に出てきたガスは!

それでも、実際に中身のガス成分を確認するまで、安心はできません。私たちの仕事はそこからが本番です。カプセルに穴を空けて、中に封じ込められているガスを吸い出して、その組成を計測しました。

「玉手箱」から最初に出てきたガスを調べている。(JAXA, 東大, 九大, JAMSTEC)

地球の大気組成は窒素が約80%、残りの約20%が酸素、加えて、二酸化炭素などの成分です。しかし「玉手箱」の中のガスの組成は、それとはまったく違うものでした。とくに、ヘリウムなどの「貴ガス」の量が、地球の大気よりも多かった。間違いなく、地球外から持ち帰ったものだということです。その分析結果が出たときは、私も含めて、メンバーみんなの目には光るものが……。感動的でした。

「故郷へ帰ろう ~『はやぶさ2』地球帰還の記録~」(JAXA相模原チャンネル)

「可溶性有機物」とはなにか?

──サンプルが日本に戻ってからは、どのように分析が進められたのでしょうか。

「はやぶさ2」初期分析では、持ち帰った5.4グラムのサンプルをサイズの大きい石を見るチーム、サイズの小さい砂を見るチームなど、6つの研究チームに分配されました。私たちの可溶性有機物チーム(九州大学の奈良岡浩教授らとの国際共同チーム)の担当は、有機溶媒に溶けるタイプの有機物を調べることです。与えられたサンプルは、30ミリグラム程度です。

リュウグウで採取された試料の様子(JAXA)。黒色であり、炭素・窒素・硫黄などの軽元素や多様な有機物を多く含むことがわかった(初報は、2023年に「Science」誌で公表)。

有機物は、固体の状態のままだと、どういう分子を含んでいるのかをうまく観測できません。たとえば、コーヒー豆に含まれるカフェイン量を知ろうと思ったら、豆のままでは難しい。でも豆を挽いて熱水で成分を抽出すると(=これがふだん飲んでいるコーヒーです)、カフェインの濃度を測ることができますね。

(左)クリーンルーム内で電子スプレーイオン化/超高分解能質量分析法による精密解析を進める古賀研究員(JAMSTEC)/(右)極微量試料分析用に最適化した多段的溶媒抽出を行う奈良岡教授(九州大学)

それと同じように、固体のサンプルをいろいろな有機溶媒に溶かして成分を抽出すると、分子情報を定性的にも定量的にも正確に読み取ることができるんです。

生命の素は宇宙でつくられている!?

――その結果、とても大きな発見があったそうですね。

すべての地球生命のRNAに含まれる核酸塩基のひとつであるウラシルと、生命の代謝に不可欠な補酵素のひとつであるビタミンB3(ナイアシン)の検出に成功しました。私たちは、核酸塩基の分析を2つの研究機関(北海道大学・大場康弘准教授、JAMSTEC・高野)でそれぞれ独立して行いました。まったく性状未知のサンプルを用いた、いわゆる、ダブルブラインド法(二重盲検法)です。

高野さんとリュウグウのサンプル分析にあたったJAMSTEC横須賀本部の小川奈々子グループリーダー・主任研究員。この取材で、実際に行われた炭素(C)、窒素(N)、硫黄(S)の存在量と安定同位体質量分析の手法を解説してくれた。(撮影:村田克己/講談社写真部)

両者の結果は、ピタリと整合しました。

リュウグウから見つかった「生命の素」とは

私たちヒトも含めて、地球上の生命体はDNAとRNAという核酸によって成り立っています。DNAは主に核の中で遺伝情報の蓄積と保存を担うのがDNAで、その情報を一時的に処理するのがRNAですね。

その核酸を構成する塩基は、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)、ウラシル(U)の5種類。DNAはAGCT、RNAはAGCUの4種類です。

そのうちのU、つまりウラシルがリュウグウのサンプルから見つかりました。現在、さらに詳しく調べています。

DNAとRNAを構成する塩基(図・酒井春)

小惑星から見つかった「分子進化」の記録

これが、小惑星から見つかったことには、始原的な分子進化や生命誕生の謎を考える上で、大きな意味があります。この科学の問いについては、さまざまな説があります。そのひとつが「地球外の物質として運び込まれた成分が、初期地球で重要な働きを果たしたのではないか」というもの。私たちの発見は、「炭素質小惑星リュウグウには、アミノ酸や核酸塩基は確実に存在し、初生的な分子進化の記録が刻まれている」という確実な証拠を示しています。

「はやぶさ2 可溶性有機チーム」の奈良岡浩教授(九州大学:右)、大場康弘准教授(北海道大学:左から2番目)、高野淑識さん(JAMSTEC:左)。はやぶさプロジェクトのアドバイザーでもあった下山晃名誉教授(筑波大学:右から2番目)とともに。(2017年12月・都内にて撮影 高野提供)

化学反応だけでどこまで分子進化が起こるのか

――かつて、実験室で地球生命誕生時の環境を再現した「ミラー・ユーリーの実験」では、多様なアミノ酸が合成されました。それが生命につながるかどうかはともかくとして、それと似たようなことが地球外の環境で起きていたということですよね。

私たちが、2021年に北海道大学と共同で行った分析、たとえば、1969年にオーストラリアに飛来したマーチソン隕石(NASA有機チームと同一のものを共有)からは、ACGTU、5種類すべての核酸塩基が検出されています(2022年に「Nature Communications」誌で公表)。

ですから、リュウグウのような小惑星にも存在するだろうとは予測していました。
でも、「あるだろう」(=予測)と「ある」(=事実認定)はまったく違いますからね。初生的な核酸塩基が、確実に存在することを示せたのは、大きな発見でした。

マーチソン隕石。国立自然史博物館 所蔵(Basilicofresco)

地球上での自然界には、ありとあらゆる場所に生命がはびこっているので、「非生命(Abiotic)のステージで、どうやって分子進化が進むのか?」という検証を調べるのは、じつは、かなり難しいんです。

どうしても、すでに存在する生命のシグナルを拾ってしまうので、検証には限界があるんですね。リュウグウのように生命がまったく存在しないと思われる環境のほうが、純然な化学反応だけでどこまで分子進化が起こるのか、その実像をクリアに示すことができるわけです。

「ミラー・ユーリーの実験」 密閉されたフラスコの中の水素、メタン、アンモニアを含むガスに水蒸気を加え、放電させることを続けると、底にたまった水溶液に有機物(アミノ酸)が生成された。(図:酒井春)

「リュウグウ」の分析は、まだ「5回の表」あたり

――多くの人々を興奮させる大発見だったと思います。

プレスリリースの解禁前から、テレビやラジオなどいろいろなメディアから取材依頼がありました。論文掲載日(=情報解禁日)の前日の日曜日。家族がリビングでテレビを見ながら大騒ぎしていたので何かと思ったら、野球のワールドベースボールクラシック(WBC 2023)で日本が準決勝のメキシコ戦で大逆転勝ちしてたんですよ(涙)。奥の部屋で静かに書き物をしていた私は、翌日のニュースは、これ一色になってしまうかな、と思いました(汗)。

ところが翌日の朝刊(日経新聞)の一面トップでは、WBCよりも少し大きなスペースを割いて報じられていたので、ちょっと嬉しかったですね(笑)。

でも、私たちはまだまだ満足しているわけではありません。それこそ野球の試合にたとえるなら、まだ5回表ぐらいでしょうか。「勝ち投手」の権利は、もちろん、チーム全員です(笑)。これからどんな展開になるかわかりません。「はやぶさ2」の「冒険の書」は、まだまだ続きますよ。

分子進化を読み解く天然の実験室「リュウグウ」にもっと迫りたいと思っていますので、どうぞご期待ください。

左・極微量分析ラインの解説をしてくれた小川奈々子さん。右・高野淑識さん(撮影:村田克己/講談社写真部)

取材協力:海洋機能利用部門 生物地球化学センター 高野 淑識 上席研究員
イラストレーション:酒井春
撮影:村田克己・講談社写真部

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