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太陽系形成時に木星が動いた!? リュウグウから見える惑星形成の謎 ~はやぶさ2試料分析最新レポート・後編

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取材・構成/岡田仁志

最新鋭の分析機器を運用する「海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所」。ここで、はやぶさ2が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の試料分析を行った「Phase-2キュレーション高知チーム」代表の伊藤元雄さん。

前編「太陽系46億年の謎へ 研究者も驚いた『リュウグウ』のできた場所」では、リュウグウが太陽系の外縁で誕生し、46億年という時間の中で現在の位置に動いたという発見を紹介しました。ここから見えてくる「太陽系形成の姿」、そしてこれからのサンプル分析についてお話を聞きました。

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伊藤元雄さん(撮影:市谷明美/講談社写真部)

「グランド・タック・モデル」とはなにか

――伊藤さんの研究チームによる試料分析では、小惑星リュウグウが太陽系の外縁部で形成され、そこから現在の位置まで移動した可能性があることがわかりました。
太陽系初期の惑星形成については、「木星は現在とは別の場所でできて、現在の位置まで移動してきた」という理論も提唱されています。

いわゆる「グランド・タック・モデル」とよばれるモデルに代表される、太陽系形成の初期に起こった可能性がある、大惑星が動径方向へ大移動したという仮説ですよね。

たとえば「グランド・タック・モデル」は、木星や土星が形成された場所から内側に移動することによって、内側にあった固体の成分が外側に弾き出され、それと同時に、外側でできた氷や小惑星を内側に引っ張り込んだという説です。

グランドタックモデル(図版作成:酒井春)

そのモデルが登場するまでは、1970年代から80年代にかけて京都大学の研究グループが構築した「京都モデル」が、太陽系の形成に関する標準的な考え方でした。こちらは、太陽系の惑星は最初にできた位置から動いていないというモデルです。

現在、京都モデルには、現実の太陽系をうまく説明できない点がいくつかあることが指摘されています。たとえば、その理論どおりに太陽系が形成されているならば、火星はもっと大きくなければいけません。

原始太陽系「スノーライン」の謎

また、原始太陽系円盤には「スノーライン」と呼ばれる境界線があったと考えられています。水が気相(気体)で存在する領域と、固相(固体)つまり氷で存在する領域の境目ですね。これは火星と木星のあいだにある小惑星帯に近いところにあるのですが、そこにはリュウグウのような炭素質の小惑星もあります。

太陽系内で、太陽から遠いところは冷たいので氷や揮発性の高い有機物があります。一般に、気圧が低い宇宙空間では、水は固体の氷か気体の水蒸気でしか存在できず、液体の水はないと考えられています。さらに太陽に近いと、太陽の熱のため氷が存在できません。つまり、「スノーライン」より太陽に近い地球では、地球生命の材料物質である有機物と水が地球軌道近傍で生じないと考えられています。

つまり、生命や海は地球外から持ち込まれた物質からできており、それらの起源は地球だけを調べていてもわからないわけです。そこで、太陽系の昔の情報を保持している始原的天体、惑星への進化途上で取り残された小天体が注目され、小惑星や彗星のサンプルリターンが世界中で進められているんですね。

原始太陽系とスノーライン(図版作成:酒井春)

そういった謎をうまく説明できるのが、グランド・タック・モデルです。木星や土星のような大きな惑星が太陽系の中で移動したことで、スノーラインの内側と外側の小惑星や物質が撹乱されて混合したと考えると、辻褄が合うんですね。

このモデルが正しいと決まったわけではありませんが、系外惑星の観察結果から考えても、そういうことは十分にあり得ると言われています。「スーパーアース」や「スーパーホット・ジュピター」など、太陽系外で発見された惑星の成り立ちが、グランド・タック・モデルで説明できるかもしれないと考えられているんですね。

もちろん、太陽系がほかとは違う異常なプロセスで形成された可能性もあるので、一般的に通用するモデルが太陽系に当てはまるとはかぎりません。そのあたりは、簡単には結論の出ない問題ですよね。

リュウグウの試料から見えた太陽系の形成

――リュウグウの試料から発見した、リュウグウが太陽系の外縁部でできたこと、そして有機物として「脂肪族炭化水素」に富んでいること。さらに、その有機物が水のあるところで鉱物と反応したこと。これらは、この「グランド・タック・モデル」とも一致するものなのでしょうか。

私自身は惑星形成論の専門家ではないものの、リュウグウが太陽系外縁部から現在の位置まで移動したと思われる以上、「グランド・タック・モデル」の証拠を見つけた……と思いたい気持ちは、当然あります(笑)。

水素と窒素の同位体比は太陽系外縁部での形成を示唆している(Ito et al. 2022より改変、図版提供:伊藤元雄/JAMSTEC)

とはいえ、私たちが見つけたのは、たった1個の小惑星における水素と窒素の同位対比や有機物から得られた知見にすぎません。まだ、論文で「グランド・タック・モデルの直接証拠を発見」と書ける段階ではないと思います。

仮説から実証へ

ただ、「グランド・タック・モデル」はシミュレーションによって出てきた理論であって、物的証拠に基づいて唱えられたものではありません。シミュレーションはパラメータを自由に設定できるので、大胆な仮説を立てることができるんですね。

これから求められるのは、シミュレーションから生まれた仮説を、実際に天体から持ち帰った証拠によって検証すること。私たちの発見によって、この分野の研究がその段階に入ったことはたしかでしょうね。

リュウグウを含む、いろいろな小惑星からのサンプルリターンなどによって、私たちが見たのとは異なる種類の化学データを蓄積していくことで、太陽系の形成モデルに関する議論はさらに深まっていくと思います。

小惑星の鉱物は有機物の「ゆりかご」

──ほんのわずかなサンプルから、太陽系という大きな存在の謎を解く手がかりが得られるのは、とても面白いことですね。

自分の研究がそういう広がりを持つのはやはり楽しいです。太陽系の形成論のほかにも、たとえば「地球に水や有機物を運んだのは小惑星からの隕石なのか?」という問題もあります。

それを考えるときに重要なのは、放射線と熱の影響です。有機物が太古の地球の外から降ってきたのは間違いないのですが、地球に届くまでに放射線や熱によって分解されないよう、何らかの形でガードされていなければいけません。

そして、リュウグウの試料から見つかった有機物は、粗粒の粘土鉱物の中に閉じ込められていました。このような有機物は、通常よりも分解されにくいと考えられます。

リュウグウ粒子中の、水が関与してできた鉱物群(Ito et al.2022より改変、図版提供:伊藤元雄/JAMSTEC)

今回発見した、粗粒粘土鉱物とそこに含まれる有機物という組み合わせが、いわば「ゆりかご」のような役目を果たして、地球に水や有機物をもたらしたのかもしれません。

この問題も、今後いろいろなデータを積み重ねることで、さらに真実に迫ることができるでしょう。

次のサンプルリターン計画へ

──太陽系全体だけでなく、地球の成り立ちを解明するためにも、宇宙からのサンプルリターンをどんどん進めていきたいですね。

そうなんですが、時間もお金もかかるので簡単ではありません。次の惑星物質分析に携わる研究者のターゲットは米国の宇宙探査機「オシリス・レックス」が小惑星ベンヌから持ち帰ったサンプルですが、これはリュウグウと同じぐらいの距離なので、数年間でやれました。

NASAが行っている「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」小惑星「ベンヌ(Bennu)」の試料採取を行い、2023年9月24日、地球へのサンプルリターンに成功した(図版引用:NASA/Goddard/University of Arizona)

その次は火星の衛星フォボスからのサンプルリターンを目指す「火星衛星探査計画(MMX)」で、こちらは2024年に打ち上げられ、その5年後に帰ってくる予定です。

しかし、もっと遠くの惑星や衛星からサンプルリターンしようと思うと、大変な時間がかかるんですよ。木星の衛星なら、往復で40年。土星の衛星なら、片道だけで軽く30年はかかるでしょう。来年すぐに打ち上げられたとしても、戻ってくるまで私はたぶん生きていられません(笑)。その意味では、次世代に託すことがたくさんありますね。

太陽系惑星のサンプルを調べるには

地球から近いところでは、個人的には金星から持ち帰ったサンプルを分析してみたいんですよ。火星のサンプルは隕石として地球に届きますが、金星は地球よりも内側にあるので、小惑星などが衝突して隕石ができても、地球ではなく太陽のほうに落ちていく。だから、内惑星の情報はいまのところ地球にしかないんです。

ただ、地球外の物質を調べる方法はサンプルリターンだけではありません。質量分析装置を送り込んで、その場で分析してデータを地球に送信すれば、片道の時間だけで済みます。

ものすごく難しいことですが、1970年代にNASAが行った「バイキング1号、2号」による火星探査、1989年には、木星やその衛星探査のために「ガリレオ探査機」が、そして、1997年に打ち上げられた「カッシーニ」による土星探査。2003年には、小惑星や彗星の探査のために欧州宇宙機関が「ロゼッタ」という探査機を打ち上げています。このように、遠いところにある惑星や彗星の化学成分を質量分析装置で分析するという手法はすでに行われています。

最近では、土星の衛星エンセラダスの地下海から噴出される水の中に超高濃度のリン酸が含まれていることが、カッシーニ探査機の観測によって判明しました。ただし、これは質量分析装置を送り込んだわけではありません。カッシーニから送られた観測データを解析した上で、エンセラダスの環境を実験で再現して研究したものですが、遠くの物質を調べるための工夫はいろいろ考えられるわけです。

土星の衛星「エンセラダス」の地下には液体の海がある(図版引用:NASA/JPL-Caltech)

また、サンプルリターンはもちろん重要ですが、持ち帰ったサンプルがその天体全体を代表するとはかぎらないということも忘れてはいけません。たとえば地球を調べている異星人が、たまたま東京ドームの前に落ちている石ころを拾って持ち帰ったとして、それが地球という惑星の特徴を代表すると思われても困りますよね?今回のリュウグウ試料も、もしかしたらそういうものかもしれないわけです。

そういう意味でも、やはりいろいろな天体のサンプルをたくさん持ってきて、多くのデータを蓄積することが大事ですね。しかし数を稼ぐのは現実的にはなかなか難しいので、地球上にたくさんある隕石を計測して、統計的に考察していくのもきわめて重要です。

隕石の分析から始まった!

──伊藤さんが宇宙や太陽系の研究を始められたのも、隕石との出会いからでした。

博士課程のときにSIMSで分析した「アエンデ隕石」は、広い範囲に5トンもの量が雨のように降り注ぎました。そのうち3トンぐらいが回収されたので、この分野の研究者にとってはじつにありがたい存在です。

というのも、隕石は稀少なものなので、分析する機会はなかなか得られません。でもアエンデ隕石のおかげで、多くの研究者が好きなだけ研究できるようなマテリアルが与えられたわけです。

アエンデ隕石。写真の隕石は伊藤さんが保有しているものを見せてもらった(伊藤元雄/JAMSTEC、撮影:市谷明美/講談社写真部)

隕石の落下は人間にとって危険な側面もありますが、それを供給する小惑星帯は、いわば太陽系の「博物館」みたいなもの。たとえばアエンデ隕石に含まれているCAI(アルミニウムやカルシウムに富む含有物)は、45億年以上も前に形成されたものです。

つまり小惑星帯は、太陽系ができあがった当時から今に至るまでの情報を持っているものがたくさんあるんですね。そこから隕石が届くたびに、この分野の研究と理解は大きく前進すると思います。

(撮影:市谷明美/講談社写真部)

《参考文献》
Ito, M., Tomioka, N., Uesugi, M. et al. A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu’s returned sample. Nat Astron 6, 1163–1171 (2022). https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5

取材協力:超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 伊藤 元雄 主任研究員
図版作成:酒井春
撮影:市谷明美・講談社写真部

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