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JAMSTEC探訪

鉄のうろこ、他の生物で偽装……謎多き貝の生態、その進化の分かれ道は? ~多様性に富んだ魅惑の「貝」ワールド

記事

取材・構成/福田伊佐央

アサリやハマグリなど、日本人の食卓に欠かせない貝。でもその生態についてはあまり知らないという人が多いのではないでしょうか? 実は貝の仲間は、最も多様性に富んだ「動物分類群」の一つだといわれています。

深海から陸上まで様々な場所に、様々な貝の仲間が生息しています。JAMSTEC 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラムのCHEN Chong(チェン・チョン)主任研究員は、スケーリーフットなどの深海の貝を中心に、軟体動物の生態や進化について研究しています。膨大な貝のコレクションを持つチェン主任研究員に、貝の不思議な生態や秘められた謎について話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)

写真
CHEN Chong主任研究員(撮影:村田克己/講談社写真部)

スケーリーフットとの出会い

──貝について研究しようと思ったきっかけは何ですか?

チェンさん(以下敬称略):小さい頃に、ホネガイの貝殻を見て衝撃を受けたんです(図1)。「なんでこんな形をしてるんだろう?」って。そこから貝に興味を持ちはじめて、それからいろんな貝を集め始めました。

図1:ホネガイの仲間(提供:CHEN Chong)

そのあと、16歳ぐらいのときに「スケーリーフット」の記事をネットで見かけたんです。鉄のうろこに覆われた貝がいる深海という場所はとても面白そうだなと思って、将来は深海の貝について研究しようと思いました。大学で生物学を学び、大学院生の頃から貝の研究を始めました。

──研究者になって、スケーリーフットに出会うことはできましたか?

チェン:大学院生の頃に、無人深海探査機で実際にスケーリーフットを採って命名し、その進化・生態などについても研究しました。JAMSTECに入ってからは、引き続き、深海の生物や貝をはじめとする軟体動物の進化などについて研究しています。

「鉄のうろこ」を持つ貝!

チェン:スケーリーフットといえば、やはり足を覆う「黒い鉄のうろこ」が特徴的です。

図2上:スケーリーフットの標本(撮影:村田克己/講談社写真部)
図2下:スケーリーフット Chrysomallon squamiferum。深海の熱水域で発見された(提供:CHEN Chong)

これがスケーリーフットです。足に付いているうろこ状の部分が黒くなっています。この黒いものが「硫化鉄」なんです。

骨格の一部に鉄を使う生物は、今もスケーリーフットしか見つかっていません。鉄が含まれるので、ちゃんと磁石にもくっつきます(動画)。ちなみに本来の生息環境ではないところで飼育すると、さびます。

動画:磁石に引き寄せられるスケーリーフット(提供:CHEN Chong)

鉄のうろこは「防御」のためではない!

チェン:ただし、皆さんの想像とちがって、あの鉄のうろこは防御のためじゃないんです。

──えっ!外敵から身を守るために硬い鉄のうろこをもっているんだと思っていました。

チェン:スケーリーフットには、鉄分が少ない白いうろこをもつタイプもいます。実は、白いうろこのほうが、鉄が多い黒いうろこよりも強度が高いんです。つまり、強度をあげて身を守るだけなら鉄は不要というわけです。

うろこに含まれる鉄の量は、生息地の海水中にある鉄の量で決まります。周囲の海水に含まれる鉄が多いと黒く、鉄が少ないと白くなります。白いうろこのスケーリーフットを、鉄が多い環境に移してみる実験を行ってみたところ、実際にうろこは黒くなりました。

図3:熱水域で発見されたスケーリーフット。鉄の含有量のちがいによって、さまざまな色のうろこをもつ。左上:かいれい熱水域。右上:ソリティア熱水域。中央:ロンチー熱水域(提供:CHEN Chong)

細菌との共生に秘密が

──どうして鉄のうろこをもっているんですか?

チェン:スケーリーフットは、深海の熱水噴出孔の近くに住んでいます。熱水噴出孔からは、硫化水素を多く含む水が噴出します。

スケーリーフットは人間でいうと喉くらいの場所に、硫化水素を使ってエネルギーを作る細菌を共生させているんです。海水中の硫化水素を共生菌にあたえて、その見返りに共生菌から栄養を受け取っているんです。

(撮影:村田克己/講談社写真部)

代謝後の不要な硫黄は体外に排出する必要があります。スケーリーフットは巻貝にしてはとても発達した血管系をもっています。不要な硫黄を血液とともに足に送って、そこで人間がツメをつくるように、硫黄を多く含むうろこをつくります。そうすることで、硫黄を体外に排出していると考えられています。そして、うろこに含まれる硫黄と周囲の海水中の鉄が反応して、黒い硫化鉄ができるというわけです。

──たまたま周囲の鉄と反応しただけで、自分で鉄のうろこをつくろうとしていたわけではなかったんですね。

複数の板状の貝殻を背負っている貝

チェン:貝の仲間は、動物の中でも多様性が高いグループとして知られています。貝の仲間は淡水から海水、海では浅いところから深海まで生息していますし、カタツムリやナメクジのように陸上に住んでいるものもいます。貝の形も、一般的な二枚貝や巻き貝のほかに、ヒザラガイのように複数の板状の貝殻を背負っているようなものもいます(図4)。

図4:ガラパゴスオオヒザラ Radsia goodalli(提供:CHEN Chong)

もっといえば、ウミウシのように“貝殻をもたない貝”もいます。イカやタコの仲間も、その先祖は巻貝のような貝殻を体の外側にもっていたと考えられていますし、種類によっては今も体内に貝殻の名残があります。

貝は“進化の制限”が少ない

──イカやタコも貝の仲間なんですね。それにしても、なぜ貝の仲間はそんなに多様な進化を遂げたんですか?

チェン:進化するうえでの制限が少なかったから、というのが理由の一つだと考えられています。たとえば、私たち脊椎動物は、魚も人間も基本の骨組みはだいたい同じなんです。体の中心に脊椎があって、そこに頭の骨や手足の骨などが付いています。腕の骨が大きくなって翼になった鳥類など、部分的に大きくなったり小さくなったりはしていますが、基本は同じです。基本の骨組みが進化のうえで、制限になっているといえます。

一方で、貝をはじめとする軟体動物は、決まった骨組みがありません。体がやわらかくて、貝殻をつくる場所や大きさも比較的自由に変えられるようです。貝殻をつくらなくてもかまいません。つまり、様々な生息環境に応じて、自由に進化しやすい生物なんです。

──だから色んな環境に、色んな貝がいるんですね!

チェン:貝の仲間は、食べ物についてもすごく多様です。多くの二枚貝は、アサリのように水を濾過してそこに含まれるプランクトンや有機物を食べるのですが、小さなエビなどを捕らえて食べる肉食の二枚貝などもいます(図5)。

図5:シャクシガイの仲間 Cardiomya filatovae。ふだんは砂の中にもぐって、貝殻の細長く伸びた部分を砂の上に出している。獲物となる小さなエビなどが通りかかると、水ごと吸い込んで食べる(提供:CHEN Chong)

巻き貝に関しては、藻類などをかじって食べたり、獲物を捕らえて食べたりと、色んなタイプがいます。あとは先ほど紹介したスケーリーフットのように体内の共生菌から栄養を受け取っている貝や、サンゴなどに寄生して体液を吸って生活するような貝もいます。

謎の進化を遂げた貝たち

──とくに変わった生態をもつ貝はいますか?

たとえば、ハマユウガイ(図6)は日本にしかいない貝ですが、一見すると貝にすら見えないですよね。でも実は、二枚貝なんです。

写真の中央に写っているものが、元々の二枚貝の部分の表と裏です。この貝は1センチ程度まで成長すると、いわゆる普通の二枚貝であることをやめて、砂の中にもぐって管を伸ばしはじめます。左右に写っているのが、その管です。管の長さは最大10センチぐらいになります。

図6:ハマユウ Stirpulina ramosa(提供:CHEN Chong)

──不思議な生態ですね。何のために管をつくるんですか?

チェン:それが、なぜわざわざこんな複雑なことをしているのか、さっぱりわかっていないんです。祖先がたまたま管をつくったら、当時の生息環境で生きのびる確率が上がったので、以降どんどん管が伸びるほうに進化したんだと推測されますが、我々には必然性がよくわかりません。この仲間は研究例が少なく、生態がまだ完全に解明されていないのもその理由の一つです。

──この貝なりの進化の理由があるんですね。

海面を浮遊しながらクラゲを捕食する貝

このきれいな紫色をしたアサガオガイ(図7)は、一般的な貝とはちがって、浮遊性の貝です。粘膜でできた泡を口から出して“浮き”をつくり、一生を海面に浮かんで暮らします。

猛毒をもつクダクラゲとして知られるカツオノエボシなどを食べています。青色をしたカツオノエボシの色素を取り込むため、貝が紫色になるんです。日本の沿岸でもよく見られ、台風のあとの砂浜に行くと、カツオノエボシといっしょにこのアサガオガイもよく打ち上げられていますよ。

図7:アサガオガイ Janthina janthina (提供:CHEN Chong)

ほかの生物をカモフラージュに利用

ネコジタウミギク(図8)は、貝殻にたくさんのトゲがあって特徴的な見た目をしています。ただし、このトゲは貝が生きているときはほとんど見えないんです。生きているときは貝のまわりにサンゴなどがびっしり付着して、石と見分けが付かないような外観になっています。

図8:ネコジタウミギク Spondylus gloriosus (提供:CHEN Chong)

トゲは、カモフラージュのためにほかの生物をくっつけるための土台というわけです。トゲが多くなるほど表面積がふえてほかの生物が付着しやすくなりますから、どんどんトゲがふえるように進化していったのだと考えられます。

──巧妙な戦略ですね!

カンブリア紀から姿を変えない生きた化石

オキナエビス(図10)は、5〜6億年前のカンブリア紀から姿を変えずに今も生き残っていて、「生きた化石」とよばれる貝の一つです。

貝殻の口のところから深いスリット(溝)が入っているのが特徴で、これは呼吸や排泄などに利用されています。鰓(えら)を通った海水や肛門から出た排泄物がこのスリットを通って出ていきます。

図9:オキナエビス Mikadotrochus beyrichii(提供:CHEN Chong)

その後分岐した多くの巻き貝のグループには、こういったスリットはありません。今もスリットを残しているのはオキナエビスなどごく一部の貝で、アワビの貝殻に開いている穴もこれの名残です。ずっと絶滅したと思われていたんですが、19世紀中旬以降、カリブ海や相模湾などで生きた種類が発見され今では30種類以上の現生種が知られています。

──日本の周辺には、そういった貴重な貝が結構生息していたりするんですか?

そうですね。日本は南北に長いので、寒いところに生息する貝から、熱帯に近いところに生息する貝まで、日本周辺の貝にはすごく多様性があります。貝の研究にはとても良い環境です。

“黄泉の国から戻れない貝”の謎

──今はどんな貝について研究しているんですか?

ヨモツヘグイニナという貝に注目しています(図11)。

スケーリーフットと同じく深海の熱水噴出孔の近くに生息していて、10センチぐらいまで成長することもある深海にしては大きな巻貝です。ヨモツヘグイとは黄泉の国(死後の世界)の物を食べた、という意味で、ニナは巻き貝の一種ですね。
『古事記』などでは黄泉の国の物を食べる(黄泉戸喫・よもつへぐい)と、現世には戻ってこられないといわれています。この貝はエラに共生菌をもっていて、深海の熱水噴出孔という環境で共生菌からもらう栄養に依存してしまっているので、もう浅い海には戻れないという意味で、名前が付けられています。

図10:ヨモツヘグイニナ Ifremeria nautilei(提供:CHEN Chong)

この貝のメスは、足の裏に特殊な「保育嚢」という袋をもっていて、そこで卵を保育して、幼生になるまで育てます。保育嚢がたくさんあるので、大量の幼生を保育しているはずです。

でも不思議なことに、この貝から放出されたと思われる幼生がまったく見つからないんです。1〜2センチまで大きくなった個体は見つかるんですが、その途中の過程が全部不明なんです。 足の裏でわざわざ子育てするくらいなので、かなり特殊な戦略をとっているはずです。でもいまだに謎だらけなので、何とかその戦略の全貌を明らかにしたいと思っています。

進化の分かれ道は?

──貝がこんなに多様な進化を遂げた生き物だとは知りませんでした。

貝は形態進化が早くて、多様性に富んでいると紹介しました。その背景には、すばやい進化を可能にする何かしらの遺伝的な仕組みもあるはずなんです。将来的には、その仕組みも解明したいと考えています。

一方で、オキナエビスのように外観が何億年もあまり変わっていない貝もいます。形態変化を促すファクターが何なのか、調べてみたいですね。貝の研究を通して、新しい形態の進化や多様性創出の仕組みがわかれば、すべての生物進化に共通する根源的な仕組みにせまれるかもしれません。

(撮影:村田克己/講談社写真部)

取材協力:超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム CHEN Chong(チェン・チョン)主任研究員
撮影:村田克己・講談社写真部

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