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今夏の異常な暑さの原因は?偏西風の蛇行、そして8年ぶりの現象とは ~「季節予測研究」で何が見えるのか

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取材・文/福田伊佐央

2023年の7月は、気象庁が1898年に統計を取り始めてからの125年間で最も暑い7月となりました。全国の平均気温は平年と比べて1.91度も高かったのです。8月以降も高温傾向は続いており、観測史上、最も暑い夏になるのは確実だと見られています。

JAMSTEC付加価値情報創生部門アプリケーションラボでは、大気海洋結合大循環モデル「SINTEX-F」を使って、数ヵ月後の世界や日本の天候を予測する「季節予測」を行っています。この予測研究では、今夏の猛烈な暑さは予測されていたのでしょうか?そして、秋以降の日本の気候はどうなると予測されるのでしょうか?アプリケーションラボ気候変動予測情報創生グループの土井威志主任研究員に話を聞きました。

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土井主任研究員(撮影:村田克己/講談社写真部)

この夏の高温は予測されていた!

──今年の日本の夏は、異常な高温となりました。こんなに暑くなることは予測されていたのでしょうか?

JAMSTECのアプリケーションラボのホームページでは、「SINTEX-F」というモデルを使って、数ヵ月先の気候を予測する「季節予測」を見ることができます。実際に5月に遡って予測結果を見てみましょう。

図1は、今年の5月に発表された今年の夏(6〜8月)の地上(2メートル)の気温における平年との差の予測です。平年より高温になると予測される場所は赤く表示されます。日本周辺が真っ赤になっていることがわかります。

図1:2023年5月に発表された、同年6月から8月までの地上2メートルの気温の平年差(予測値 図版提供:JAMSTEC)

「季節予測シミュレーション”SINTEX-F”について」SINTEX-Fの使い方(動画提供:JAMSTEC)

なぜ、これほどの高温になったのか?

──0.5〜1℃以上高くなると予測されていたんですね。こんなに暑くなった原因は何でしょうか?

単純に一つの要因ではなく、複合的な要因によって暑くなったと考えられています。そのうちの一つが「偏西風の蛇行」ですね。

日本の上空では、「偏西風」という風がつねに西から東に向かって吹いています。それが今年の夏は蛇行して、いつもより北側を吹くようになっていました。それによって、南の温かい空気がいつもより北に押し上げられたために、温かい空気が日本周辺までぐっと入り込んできたんです。

しかも、熱帯の海水温がこれまた今年は異常に高くて、熱帯の空気が全体的にいつもより温かくなっていました。いつもより高い海水温で温まっていた熱帯の空気が、偏西風の蛇行で日本付近まで押し上げられてしまった。その結果、こんなに暑くなったのだと考えられます。

図2:2023年5月に発表された、同年6月から8月までの海面水温の平年差(予測値)。この予測のように、今年の夏は熱帯域の海水温が高い状態となった(図版提供:JAMSTEC)

熱くなった海水が冷めきらなかった

──熱帯の海水温はなぜそんなに高くなっていたのですか?

熱帯域の海水温の異常としては、「エルニーニョ現象」と「ラニーニャ現象」というものが知られています。熱帯太平洋では、通常、西部で海面水温が高く、東部は海面水温が低い状態になっています。それが逆に西部が低く、東部のペルー沖が高くなってしまうのが「エルニーニョ現象」です。一方、いつもよりさらに西側のパプアニューギニアやインドネシアあたりで海面水温が高くなってしまうのが「ラニーニャ現象」です。

図3:エルニーニョ現象が発生すると、温かい海水の場所が移動するため、積乱雲ができる場所も移動する。その結果、雨が降る場所がいつもと変わり、大気の循環の仕方も変わる。ラニーニャ現象は、逆に温かい海水が西側に移動する(図版:野中正見/JAMSTEC提供をもとに作成、鈴木知哉)

エルニーニョ現象、ラニーニャ現象について、詳しく知りたい方はこちら 新しいウィンドウ 新しいウィンドウ

実は2020年夏から2022年冬まで3年連続でラニーニャ現象がつづいていました。熱帯太平洋の西部の海水温が高い状態が3年もつづいていたんです。それがようやく収まると、今年の6月頃に今度はエルニーニョ現象が発生しました。東部の水温が高くなったんです。

ところが、ラニーニャ現象が3年もつづいていたせいで、西部の海水温が急には下がりきらず、夏に温かいままでした。海水は大気に比べて温まりにくく冷めにくいため、ラニーニャ現象で3年も温かかった海水が、いつもの温度に戻るまでには時間がかかったのでしょう。

その結果、今年の夏は、熱帯太平洋はインドネシア付近からペルー沖まで全体的に海水温が高いという状況が発生していました。

地球温暖化、そして太平洋10年規模変動が

──それで熱帯の空気がいつもより温められているんですね。

偏西風の蛇行と熱帯太平洋の高い海水温という二つの要因が、今年の夏の異常な暑さの主な要因だと考えられていますが、まだ速報的な段階なので、しっかりした分析はこれからです。

それらに加えて、長期的な地球温暖化の影響や、「太平洋10年規模変動」とよばれる、その名のとおり約10年単位で海水温などが変動する現象の影響などもあるかもしれません。地球の気候システムは複雑なので、それらが相互にどう影響をあたえているかは、まだよくわからないことが多いんです。

──それにしても、ここまで暑くなるとは予想されていたでしょうか?

高温傾向になることは予測されていましたが、実際にどこまで暑くなるかを正確に予測するのは難しいんです。SINTEX-Fは、エルニーニョ現象などの熱帯の海面水温の変動を予測することが最も得意です。

図4:アプリケーションラボのホームページで公開されているエルニーニョ指数の予測値。0.5を超えるとエルニーニョになる。僅かに条件を変えて複数の予測計算をした結果、その多く結果が、今年6月頃にエルニーニョの発生を予測していた(図版提供:JAMSTEC)

一方で、日本を含む中緯度地域の季節予測となると、海面水温のほかに、先ほど紹介した偏西風の蛇行など、上空の気流なども大きく影響してきます。
確率的な傾向をある程度は予測することができますが、数ヵ月後にどれくらい暑くなるかまで正確に予測することは現段階では難しいんです。

エルニーニョが発生すると、日本は冷夏になる!?

──エルニーニョ現象が発生すると、一般的には日本は冷夏になると言われていますが、今年は逆に暑くなりました。それはなぜでしょうか?

統計的に見れば、エルニーニョ現象が発生すると、確かに日本は冷夏・暖冬になりやすいと言われています。ただし、これはあくまでも統計的な傾向であって、いつでもそうなるわけではないんです。今年の夏もそうですし、たとえば「スーパーエルニーニョ」と表現されるような強いエルニーニョ現象が発生した2015年の夏も、日本は冷夏にはなりませんでした。

図5:エルニーニョ指数の長期的な変動。2015年にひときわ強いエルニーニョ現象が発生した(図版提供:JAMSTEC)

今年について言えば、3年も続いたラニーニャ現象の影響がまだ残っていることで、いわゆる典型的なエルニーニョ現象とはちがった状況だと言えるでしょう。ひとくちにエルニーニョ現象といっても、海面水温が高くなる面積や、最も温度が高くなる場所、南北方向への広がり方など、年によってエルニーニョ現象の“顔つき”が違うんです。
エルニーニョ現象が起きると日本は冷夏・暖冬になると言われていて、逆にラニーニャ現象が起きると猛暑・厳冬になると言われていますが、それらはあくまでも傾向だと考えていてください。

日本にも影響をあたえる“インド洋のエルニーニョ”

今年の夏は、エルニーニョ現象に加えて、「インド洋ダイポールモード現象」も発生しました。この二つがダブルで発生するのは、2015年以来、8年ぶりなんです。

──インド洋ダイポールモード現象とは何ですか?

エルニーニョ現象・ラニーニャ現象は熱帯太平洋でおきる海面水温の異常ですが、同じような現象がインド洋でおきるのが、インド洋ダイポールモード現象です。日本や世界の気候に大きな影響をあたえています。

インド洋熱帯域の海面水温が、アフリカに近い西部で平年より高くなり、南東部で平年より低くなる現象を「正のインド洋ダイポールモード現象」と言います。それとは逆に、海面水温が西部で低くなり南東部で高くなる現象を「負のインド洋ダイポールモード現象」と言います。正の場合も負の場合も、基本的に夏から秋の間に発生します。エルニーニョ現象などとはちがって、年をまたいで発生しつづけることはあまりありません。

図6:インド洋熱帯域の海面水温が、西部で平年より高くなり、南東部で平年より低くなる現象が「正のインド洋ダイポールモード現象」(上)。逆に、海面水温が西部で低くなり南東部で高くなる現象が「負のインド洋ダイポールモード現象」(下)(図版:JAMSTEC提供をもとに作成、鈴木知哉)

猛暑は正のインド洋ダイポールモード現象の影響か?

──インド洋ダイポールモード現象が発生すると、日本にはどんな影響があるんですか?

正のインド洋ダイポールモード現象が発生すると、日本は猛暑になる傾向があることがわかっています。一方で、負のインド洋ダイポールモード現象については、まだはっきりとした日本への影響はわかっていません。

図7:海面水温の平年差(予測値)。正のインド洋ダイポールモード現象とエルニーニョ現象がダブル発生している(図版提供:JAMSTEC)

──そうすると、今年の日本の夏が異常に暑かったのは、正のインド洋ダイポールモード現象の影響もあるでしょうか?

今年の暑さに関していえば、あまり関係ないかもしれません。今年の日本は7月からすでに暑かったですが、正のインド洋ダイポールモード現象が発生したのは8月に入ってからですので。ただし、8月中旬以降の暑さには関係しているかもしれません。

──インド洋ダイポールモード現象は、エルニーニョ現象とどういった関係にありますか?

たがいに影響をあたえ合っていて、エルニーニョ現象が発生していると、正のインド洋ダイポールモード現象も発生しやすくなることが統計的にわかっています。とはいえ、必ず同時に発生するわけではないので、基本的には独立して発生する現象だと考えられています。

太平洋と大西洋はアメリカ大陸で完全に分離されていますが、太平洋とインド洋は、その間にインドネシアやフィリピンなどの島々があるものの、つながっています。そのため、太平洋でエルニーニョ現象がおきて水温や大気の循環が変わると、インド洋にも大きな影響があります。

逆に、インド洋ダイポールモード現象がエルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生に影響をあたえているという意見もあり、両者の関係性にはまだ不明な点が多いといえます。

ダブル発生で懸念される異常気象とは?

──エルニーニョ現象とインド洋ダイポールモード現象がダブル発生すると、日本にはどんな影響があるのでしょうか?

日本は、エルニーニョ現象が発生すると冷夏になる傾向があり、正のインド洋ダイポールモード現象が発生すると猛暑になる傾向があります。つまり、日本の夏の気温については、両者は打ち消しあうような関係にあります。ダブルで発生したときに、日本にどんな影響があるかははっきりしません。ちなみに、前回ダブルで発生した2015年のときは、とくに猛暑にも冷夏にもなりませんでした。

──日本以外の地域への影響はどうですか?

世界には、エルニーニョ現象と正のインド洋ダイポールモード現象がダブルで発生すると、その影響を強め合ってしまう危険な地域があります。代表的なのがオーストラリアとインドネシアです。

エルニーニョ現象も正のインド洋ダイポールモード現象も、発生したら、オーストラリアとインドネシアが乾燥する(雨が少なくなる)傾向にあります。ダブルで発生すると乾燥傾向を強め合うことになるため、オーストラリアとインドネシアで干ばつや山火事のリスクがすごく高くなってしまうんです。SINTEX-Fによる季節予測でも、今年の秋は両地域で降水量が少なくなると予測されています(図8)。

図8:今年の秋の降水量の平年差の予測。8月を予測の開始点に選び、9月から11月までの降水量の平年差の予測値を示している(図版提供:JAMSTEC)

スーパーエルニーニョに発達か?

──秋以降の日本の気候は、どのようになると予測されていますか?

8月に発表したSINTEX-Fの季節予測では、今年の秋も日本や世界の多くの地域で引き続き高温傾向が続くと考えられています(図9)。

図9:今年の秋の地上気温の平年差の予測(図版提供:JAMSTEC)

正のインド洋ダイポールモード現象は冬には終息すると考えられていますが、エルニーニョ現象は今年の冬もつづくと予測されています。エルニーニョ現象の強さを示す指数は上昇中なんですが、今後どこまで強くなるかは不透明で、予測に使用するモデルによって意見が分かれています。

2015年と同じようなスーパーエルニーニョに発達するのか、並の強さで終わってしまうのかはまだわかりません。

──エルニーニョ現象がまだつづくとなると、今年の日本の冬は暖冬になるでしょうか?

確かにエルニーニョ現象が発生すると日本は暖冬になる傾向がありますが、必ずそうなるわけではありませんので、注意が必要です。

今年の海面水温の状況は、前回エルニーニョ現象と正のインド洋ダイポールモード現象がダブルで発生した2015年とよく似ています。ちなみにそのときは、記録的な暖冬になりました。

確率的な予測でも、社会に役立たせることはできる

──季節予測は今後どのように進歩していきますか?

季節予測は、あくまでも数ヵ月先の気温や降水量などの傾向を予測するものです。天気予報みたいな精度を期待してしまうと、どうしても外れることも多くなってしまいます。

一方で、確率的な予測情報であっても、数ヵ月前にわかっていれば役に立つ場面というのは存在します。たとえば、電力の需給予測です。猛暑になる確率が高いことがわかっていれば、火力発電に使う燃料を数ヵ月前から手配しておくことができます。

確率的な予測なので外れることもありますが、実際に猛暑になって電力が逼迫したときには、準備していたおかげで乗り切ることができるかもしれません。予測に基づき行動した時のコスト、予測が外れた時の損害、予測が的中した時の利益などのバランスを丁寧に整理して、最適な利活用ができると良いと思います。

こういった確率的な予測は、ほかにも農作物の生産量の予測や、気温と連動しやすいアイスクリームやエアコンなどの商品の売上予測などにも使うことができるかもしれません。

──確かに、使い方次第でいろんな応用が考えられそうですね。

私たちのアプリケーションラボは、研究成果の社会への応用(アプリケーション)を目指しています。確率的な長期予測であるという、季節予測の特徴を活かした応用を、いろんな企業の人たちといっしょに探っていきたいですね。

土井主任研究員(撮影:村田克己/講談社写真部)


図版作成/鈴木知哉
取材協力/海洋研究開発機構(JAMSTEC)
撮影/村田克己(講談社写真部)

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