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JAMSTEC探訪

太陽系46億年の謎へ 研究者も驚いた「リュウグウ」のできた場所 ~はやぶさ2試料分析最新レポート・前編

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取材・構成/岡田仁志

「はやぶさ2」の持ち帰った小惑星「リュウグウ」試料分析。これまでも、さまざまな発見が報告されていますが、この記事では「Phase-2キュレーション高知チーム」代表の伊藤元雄さんに、試料分析から見えた「リュウグウの生まれた場所」、そして「太陽系の起源」についてお話を聞きます。

伊藤さんの所属する海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 高知コア研究所は、世界からさまざまな研究者が訪れる最先端の分析機器を運用する研究所です。これらの機器をもとに、リュウグウ、そして太陽系の謎に迫っていきます。

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伊藤元雄さん(撮影:市谷明美/講談社写真部)

──伊藤さんは、JAMSTECに入る前はNASA(アメリカ航空宇宙局)でお仕事をされていました。もともと宇宙の研究にご興味がおありだったのでしょうか。

小学生のときは、アニメや映画の影響もあって、宇宙飛行士になりたかったんです。大学では物理化学を専攻して、肺胞という医学寄りのテーマに取り組みました。でも、大学院時代に初めて隕石に出会ったんです。隕石を観察することで、太陽系や地球の成り立ちを探ることができることを知りました。

1億年で1センチ!鉱物の中で元素が動く

いちばん面白いと思ったのは、鉱物の中で元素が動く現象ですね。それを調べると、その鉱物がたどってきた歴史がわかるんです。移動距離は温度と時間の関数なので。

──どれぐらいの時間で、どれぐらい動くのでしょうか。

温度によりますが、だいたい1億年で1センチメートルぐらいです。実験室では1200℃の高温で加熱しますが、それでも20分で1ミクロン動くかどうか。髪の毛の太さが100ミクロン程度ですから、その100分の1の距離ですね。

動くスピードは元素によって違うので、それを調べれば、隕石の中にどんな元素がどれぐらい分布しているかがわかります。そこから、隕石の鉱物がどのような条件でできたのかを推定できるわけです。隕石は小惑星から来たと考えられますから、小惑星が生まれた時代やその大きさなども考察することができる。修士課程では、そんなことをやっていました。

──そんなにわずかな変化を観測できる装置があるんですね。

日本の地球惑星科学分野ではまだ珍しかった二次イオン質量分析装置(SIMS)を、たまたま早い段階から使わせてもらえたのは幸運だったと思います。博士課程では、SIMSを使って、アエンデ隕石(1969年2月にメキシコのアエンデ村に落ちた隕石)の分析をやりました。その後、海外特別研究員として在籍したアリゾナ大学にはSIMSがありませんでしたが、それがある別の大学に車で通ってデータを取ったりしましたね。

そのSIMSの中でもいちばん空間分解能が高いのが、私たちJAMSTEC高知コア研究所にもある「NanoSIMS」(ナノシムス:超高解像度二次イオン質量分析装置)という分析装置です。

NanoSIMS(超高解像度二次イオン質量分析装置)試料表面にイオンビーム(一次イオン)を当てると、試料表面から電子・中性子・イオンなどの粒子が飛び出す。その中のイオン(二次イオン)のみを取り出して、磁場の中を通過させると、イオンの質量と電荷に応じた軌道が曲がる。検出器によって、それぞれのイオンの量や同位体や微量元素分布などを知ることができる(撮影:市谷明美/講談社写真部)

私は、NASAのジョンソン宇宙センターに勤務していたときに、それを初めて使いました。メインの仕事として手がけたのは、宇宙探査機「スターダスト」が彗星から採取した塵の分析です。

NASAから「はやぶさ2」の分析へ

──その後、日本に戻ってJAMSTECに入ったのはなぜでしょう。

もともとアリゾナ大学には文部科学省のお金で行かせてもらったので、アメリカで得た知識や経験を日本に返したいとは思っていました。でも、動機としていちばん大きかったのは、「はやぶさ2」をやれることですね。

リュウグウは有機物と水がたくさんあると予想されていたので、自分の興味にもダイレクトにリンクしていました。「はやぶさ」初号機のときは日本にいなかったこともあって、とにかく「ハヤツー」をやりたいと思っていたんです。それで、高知コア研究所のほか、国立極地研究所、分子科学研究所、米国のUCLA、英国のオープン大学などが連携してリュウグウ粒子の分析を行う「Phase-2キュレーションチーム」の代表として仕事をすることになりました。

「Phase-2キュレーションチーム」では、JASRI/SPring-8、国立極地研究所、JAXA、分子科学研究所、都立大学、英国オープン大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、JAMSTEC高知コア研究所など世界の研究拠点が連携し、サンプル分析を行った(図版提供:JAMSTEC)

総重量5.4g 予想外だったサンプルの量

──「はやぶさ2」がサンプルを持ち帰るまで、どんな準備をされましたか。

リュウグウ粒子と地球の物質のクロス・コンタミネーション(交叉汚染)を防ぐための機器の開発はとくに重視しました。

JAXAでPhase-1キュレーションが行われた後、試料の一部が私たちに分配されるわけですが、ふつうのビーカーに入れて持ってくるわけにはいかないじゃないですか(笑)。ですから、輸送のための容器もそのために開発しました。

でも、「はやぶさ2」が想定より多くのサンプルを取ってきてくれたのはうれしい誤算でしたね。当初は100ミリグラム程度を想定して容器を設計していました。「はやぶさ」初号機が持ち帰ったサンプルはナノグラムのレベルでしたから、それでもかなり多めに見積もったはずだったんです。

ところが、オーストラリアから日本に戻ったカプセルを最初にJAXAで開ける場面をオンラインで見ていたら、開ける前からサンプルが外にこぼれていたんですよ。入り切らないほど取れたということは、グラム単位だと察しがつきました。

「はやぶさ2」のカプセル開封直後の画像。カプセルはA室、B室、C室の3筒に分かれている。写真はA室の開封後(写真提供:JAXA)

感動しましたが、あとで正式に「総量5.4グラム」と聞いたときは、「どうやって持ち運ぼうか」と思いましたね。急いで大きめの容器の検討や、大きい粒の分析計画を立て直したりしました。

リュウグウには、かつて氷が存在していた

──さて、そのリュウグウの試料にはどんな特徴があったのでしょう。

最初に粒子を触った時の感触は、お菓子の落雁(らくがん)みたいな感じでした。泥を固めたような感じの細粒の鉱物からできているので、もろいけど硬さもあるというイメージ。それを電子顕微鏡の元素分析装置にかけたのが、この画像です。

リュウグウ粒子中の、水が関与してできた鉱物群(Ito et al.2022より改変、図版提供:伊藤元雄/JAMSTEC)

赤い色がついているのは、含水ケイ酸塩。緑は炭酸塩、青は酸化鉄、黄は硫化鉱物です。ほかのサンプルを見ても、7割から9割は含水鉱物でした。炭酸塩も水がないとできませんし、硫化物や酸化物も水がある程度介在しないとできません。

このことから考えられるのは、リュウグウには過去に氷が存在していたということです。その氷が溶けてできた水と、もともとそこにあった鉱物が反応することで、この試料に見られる鉱物がつくられたと考えることができるんですね。

リュウグウはどこで生まれたのか?

さらに、NanoSIMSで試料を詳しく調べました。とくに注目したのは、水素の安定同位体と窒素の安定同位体です。それをしっかりと測ることで、リュウグウが太陽系のどこで生まれたのかをある程度まで特定できるのではないかと考えました。

同一元素で中性子数の異なる原子核をその元素の「同位体」とよぶ。上:水素の同位体。下:窒素の同位体。同位体には「安定同位体」と「放射性同位体」が存在し、この分析では安定同位体(1H・2H、14N・15N)を用いている(図版作成:酒井春)

というのも、太陽系では外側にある天体ほど重水素が多くなる傾向があります。窒素の同位体にも、同じような傾向がある。ですから、地球と隕石などの地球外物質の水素と窒素の値と比較すれば、リュウグウが太陽からどれぐらい離れた場所で生まれたかを推定できるわけです。

水素と窒素の重い同位体成分を持つ天体としては、たとえば彗星がそうですね。彗星は水素も窒素も重い同位体成分を持っているのですが、その供給源は海王星の軌道より外にある「エッジワース・カイパーベルト」や、さらにその外側にある「オールトの雲」と呼ばれる領域だと考えられています。

太陽系の外縁部に存在する「エッジワース・カイパーベルト」と、その底側に存在する「オールトの雲」(図版作成:酒井春)

では、リュウグウの水素と窒素はどうだったか。

太陽系の外縁部からやって来たのか!?

次の図は、水素と窒素の同位体比を示したものです。見てわかるように、太陽は左下になるので同位体比が小さい、つまり水素も窒素も軽い。逆に、右上にある彗星は水素も窒素も重いんですね。地球は太陽に近いところにあります。

リュウグウの同位体比は、左側のグラフに赤丸と青丸で示した値でした。

水素と窒素の同位体比は太陽系外縁部での形成を示唆している(Ito et al. 2022より改変、図版提供:伊藤元雄/JAMSTEC)

最初にその値が出たときは、絶対に間違いだと思いましたね。リュウグウは、チームの分析でいわゆる炭素質(CI)コンドライト*1に近いものという認識がありました。その水素と窒素同位体の分布は、比較的地球に近い値だったので、分析結果は地球近辺にくるのかなと思っていました。

ところが、水素も窒素も地球より重い。そんなはずはないと思ったので、同じ試料を3回計測し、そのデータを何通りかの違う方法で計算してみました。でも、やはり同じような結果になる。自分の思い込みのほうが間違っていたんですね。

*1 コンドライト:岩石を主成分とする隕石(石質隕石)の中で、ケイ酸塩の球粒組織であるコンドリュールを多く含み、溶融を経験せず、岩石質と金属質が分かれていないものの総称。(日本天文学会「天文学事典」より)

リュウグウは熱の影響を受けていない

──では、リュウグウは太陽系の外側で生まれたということですか?

リュウグウの全部がそうかどうかはわかりません。しかし、少なくともリュウグウのある部分は、太陽から遠いところでできた、それは、この同位体の分析から確認できました。

ただし、サンプルによってはちょっと違う値になることもわかっています。

青丸で示したものはリュウグウの内部から採ったサンプルなんですが、これは総じて水素と窒素の同位体が多い傾向があります。しかし一方で、地球に近い値のサンプルもあるんです。

また、宇宙塵と同じような同位体比と分布を示すサンプルもありました。宇宙塵は、基本的には太陽系の外側でできて、地球のほうまで降ってくるものだと言われています。

同じ天体のサンプルなのだから、その値が1点に収束したほうがわかりやすいと思う人もいるでしょう。でも、このようにいくつものバリエーションが見出されたのはきわめて重要です。それは、リュウグウの粒子が熱の影響をあまり受けていないことを示しているからです。

有機物が水のあるところで鉱物と反応している

もしリュウグウが熱の影響を受けていたら、いわば鍋の中で煮込まれるように変化して、どのサンプルも地球に近い性質を示したでしょう。しかしリュウグウの粒子は、熱の影響を受けていない。つまり、リュウグウが形成された当時の状況をいまも保っているということです。

私たちは、リュウグウ試料の有機物についても調べました。

これまでは、図中の灰色の線にあるように、リュウグウの有機物は「芳香族」に富むのではないかというのが一般的な見解でした。しかし、リュウグウは、芳香族がかぎりなく少なく、脂肪族炭化水素に富む有機物が、粗粒の粘土鉱物の中に特異的に濃集していることを確認できました。これは世界でも初めての発見でした。

これまでも、脂肪族炭化水素の存在自体は、他の分析手法でも確認されていましたが、どの鉱物と関連性があるのかはわかっていませんでした。また、これは有機物が水のあるところで鉱物と反応したことを示す直接的証拠でもあります。

左:リュウグウ粒子に含まれる多様な有機物は、大別すると3種類の異なる特徴を持つ(色ごとに異なる官能基を持つ)ことが、走査型透過X線顕微鏡による分析からわかった。中央:リュウグウ粒子(0.02mm四方)中の3種類の異なる特徴を持つ有機物の分布を可視化したもの。右:左図の点線の領域の透過型電子顕微鏡による観察図。粗粒の含水ケイ酸塩鉱物の中に脂肪族炭化水素に富む有機物が濃集していることがわかる(Ito et al.2022より改変、図版提供:伊藤元雄/JAMSTEC)

リュウグウ、46億年の旅

ここでもうひとつ重要なのは、温度との関係なんですよ。脂肪族炭化水素に富む有機物は、温度が30度以上になると分解するという研究報告があるんですね。だとすれば、脂肪族炭化水素が分解されずにたくさん存在するリュウグウは、30度以下の温度しか経験していないと考えられます。

でも、現在のリュウグウは太陽の近くにあるので、表面の温度は100度ぐらいまで上がります。その温度だと、脂肪族炭化水素に富む有機物は100万年ぐらいで分解してしまうはずなんですよ。

これは、リュウグウのサンプルにより違いが見られています。リュウグウは、2回のタッチダウンを行いサンプルを持ち帰りました。とくに2回目のタッチダウン、つまり地下からのサンプルに、脂肪族炭化水素に富む有機物が多い傾向が見られています。そのため、私たちの分析したサンプルは、この地下のサンプルを持ってきている可能性が高いと思います。

これらの結果は、リュウグウが46億年前にできたときから、ずっと現在の位置にあったわけではないことを意味します。水素と窒素の同位体比の点から考えても、有機物の特徴から考えても、リュウグウは海王星よりも遠い太陽系の外縁部で生まれたと考えることができる。およそ45億キロメートル離れたところから、長い時間をかけて現在の位置まで移動したと思われるのです。

伊藤元雄さん(撮影:市谷明美/講談社写真部)

いよいよ、後編「太陽系形成時に木星が動いた!? リュウグウから見える惑星形成の謎」では、リュウグウのサンプル分析から見えた「太陽系形成の謎」に迫ります。

《参考文献》
Ito, M., Tomioka, N., Uesugi, M. et al. A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu’s returned sample. Nat Astron 6, 1163–1171 (2022). https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5

取材協力:超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 伊藤元雄 主任研究員
イラストレーション:酒井春
撮影:市谷明美・講談社写真部

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