小惑星「リュウグウ」は、炭素や窒素に富んでいて、多種多様な有機物に満ちていた。その中から、アミノ酸をはじめ、RNAのもととなるウラシルなど、生命をつくる原材料が見つかりました!
この大発見につながる分析を行ったのが、JAMSTEC 海洋機能利用部門の高野淑識(よしのり)・上席研究員らの研究チームです。この発見をとおし、宇宙で生命の素ができていることがわかりました(前編「生命の素は宇宙でできている!リュウグウは、有機宇宙化学のリアルな実験室だ!」)。
この記事では、高野さんの専門分野となる「有機宇宙化学」という研究をとおして、宇宙での分子進化、そして「生命の起源」というテーマでお話をうかがいます。
アミノ酸、そして「分子進化」を考えると
──「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルから、高野さんたちのグループと北海道大学のグループはRNAに含まれる「ウラシル」という核酸塩基を発見しました。これは、物質と物質の化学反応で生まれるものであって、そこに「生命」がある証拠ではないんですよね?
はい、DNAやRNAを構成するアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)、ウラシル(U)という核酸塩基そのものは、ただの物質です。そのままでは、生命どころかDNAやRNAも生まれません。核酸塩基の分子同士が秩序だった形でくっついたものが、DNAやRNAです。
前編でも「分子進化」という言葉を使いましたが、これはそういうプロセスのことを意味します。アミノ酸とアミノ酸がくっついて「ペプチド」という物質になり、そのペプチドが化学的につながるとタンパク質になる。それがさらに、さらに、分子進化を遂げると、生命を構成する細胞になるわけです。
物質と生命のあいだにある「高い壁」
リュウグウのサンプルからは、「アミノ酸」が存在し、「ウラシル」という核酸塩基ができるところまでは分子進化が起きていることがわかりました。
でも――ここは勘違いされやすいところかもしれませんが――核酸塩基は「生命の材料」にはなり得るものの、「生命」そのものではありません。まだ分子進化がRNAの段階にも達していませんからね。
そして私は、分子進化だけでは生命は生まれないんじゃないかと思っています。分子進化を英語でいうと「モレキュラー・エボリューション」ですが、「モレキュラー・レボリューション」とでも呼べるような革命的な飛躍が何度も起きなければ、高次機能を持つ生命にはならないのではないでしょうね。
その高い壁を越えるまでは、どんなに分子進化が進んでいても、それは物質にすぎません。この「物質と生命のあいだ」がとてもオモシロイのです。
生命はどこで生まれたのか?
――そうか、仮に「地球生命の材料」が地球外から届いたのだとしても、「生命の起源は宇宙」ということにはならないわけですね。その材料を最初に「生命」と呼べるものにまで育て上げたのは、地球の環境だったかもしれない。
そういうことです。地球の海で「生命」が誕生したのかもしれないし、もしかしたら、火星等で誕生した「生命」が隕石といっしょに地球に届いたのかもしれません。それはまだ全然わからない。
太陽系のどこで最初の生命が誕生したのかを知るには、もっと多くの天体からサンプルを持ち帰って、分子進化がもっとも進んだ場所はどこなのかを探る必要があります。その意味では、2024年に打ち上げを予定している「火星衛星探査計画(MMX)」も楽しみですね。
うまくいけば、打ち上げから5年後の2029年には火星の衛星「フォボス」のサンプルが日本に届く見通しです。そのサンプル分析をどのように進めるかという話もすでに研究者コミュニティの中で始まっているので、科学者らは、みんな待ち遠しい気持ちです。
地球生命のほとんどが左手型アミノ酸を使うのは?
――その前に、今年9月、米国の「オシリス・レックス」が小惑星ベンヌからサンプルを持ち帰る予定なんですよね?それにはどんなことを期待されていますか。
ベンヌもリュウグウと同じように炭素を多く含んだ真っ黒な小惑星ですから、おそらく有機物がたくさん存在するでしょう。もちろん分子進化がどこまで進んでいるかということも興味深いのですが、私が個人的にとくに注目しているのは、アミノ酸の「右手型、左手型」問題です。
タンパク質を構成するアミノ酸には、左手と右手のように鏡像関係にある分子が存在します。これを「光学異性体」というのですが、フラスコの中で化学反応させてアミノ酸をつくる場合、右手型(D型)と左手型(L型)の鏡像異性体がほぼ同じ量つくられるんですね。これを「ラセミ体」といいます。
ところが地球上の生命を構成するアミノ酸は、どういうわけかほとんどが左手型なんです。「生命ホモキラリティーの謎」と呼ばれるこの現象は、19世紀後半にルイ・パスツールが発見しました。
リュウグウのアミノ酸の左と右は同等だった!
――誕生したばかりの地球は、原始大気と原始海洋しか存在しない世界。「ミラー・ユーリーの実験」と同様、そのような偏りが生じるとは思えません。
そのため、左手型に偏ったアミノ酸は地球外から隕石によって持ち込まれたのではないかという考え方が出てきました。これは生命誕生の謎に大きく関わる問題なので、私はリュウグウのアミノ酸に偏りがあるかどうか、注目していました。
しかし、可溶性有機チームで、リュウグウのアミノ酸を分析したところ、左と右のアミノ酸の存在量に偏りは見られませんでした。右手型も左手型も、ほぼ同量だったんです。非常におもしろい。また、新たなスタートラインに立ったような気がしましたね。ベンヌのサンプルでは、果たしてどうか?いまからワクワクしています。
アミノ酸の偏りは地球だけのものなのか?
――地球生命のアミノ酸の偏りは地球固有の現象かもしれないということですか。
その可能性もあります。何らかの理由で、地球上では対称性の破れが起きたのかもしれません。
ちなみに、アミノ酸のホモキラリティーを物理学的に説明しようと試みる研究もあります。放射壊変や円偏光による効果で、左右に偏りが生じるのではないかという仮説です。そのような物理的な効果でアミノ酸が左手型あるいは右手型に偏るのであれば、宇宙全体でその偏りが生じるはずですよね。
しかしリュウグウのアミノ酸は、左と右でほぼ等量だった。つまり、私たち人類がいまだ到達していない、自然界の法則があるのだと思います。
有機宇宙化学がさまざまな分野の橋渡し役に
――高野先生の専門分野は「有機宇宙化学」ですが、生命の謎には、さまざまな研究分野からのアプローチがあるのですね。
多様な分野の知見や先鋭的な技術がないと、科学(サイエンス)は前進できませんからね。それに、そもそも化学(ケミストリー)という分野そのものが、物理学や生物学など多くの分野と関わっています。ある意味、守備範囲が広く、器用な研究分野で、そこが化学の魅力。たとえば生命科学や地球科学とリンクすることで、「生命化学」や「地球化学」といった新しいフィールドを組み上げることができるんです。
私が所属しているJAMSTECは、地球・海洋・生命を統合的に理解することを大きなテーマにしています。私は、その全体を抱擁(ほうよう)、いや包容(ほうよう)できるパラメーター(=横串を刺すようにしてつなぐことのできる分野)こそ、化学(ケミストリー)だと思っています。
さらに、地球は太陽系の一部ですから「太陽系化学」にもなりますし、太陽系は宇宙の一部なので「宇宙化学」にもなる。その中で、私は有機物を専門に扱うので「有機宇宙化学」となるわけです。そんな魅力的な価値観に共感してくれる次世代を探しています。世界中の子供たちが、「はやぶさ2」から何らかのセンスオブワンダーを感じてくれたら、最高ですね。
深海・宇宙、そして「生命の起源」へ
――なるほど。宇宙の研究・開発というと「はやぶさ」などを打ち上げてきたJAXA(宇宙航空研究開発機構)を思い起こす人が多いでしょうし、JAMSTECの研究や開発は「海洋や地球」だけを相手にするようなイメージもありますが、海洋の問題は当然ながら地球の問題ですし、地球の問題は宇宙の問題と必然的につながるわけですね。
そういうことです。JAXAとJAMSTECでは研究者も行き来しているんですよ。
私は1975年生まれなのですが、幼稚園のときの卒園アルバムを見ると「しんかい2000」が2000メートルの潜航に成功したという記事(当時 科学技術庁 海洋科学技術センター = 現在の海洋研究開発機構の前身)があって。同じ年に米国では、スペースシャトルのコロンビア号が打ち上げられているんです。偶然ですが、まさに「深海と深宇宙の探査」なんです。いま自分が研究していることも、そうですよね。
生命の共通祖先と系統樹の謎へ
そして、もう一つ私が知りたいことがあるんです。
この図は、「生命の系統樹」というんですが、「LUCA」(ルカと呼ぶ)というのが最初の生命です。ここから枝分かれして、「バクテリア(真正細菌)」や「アーキア(古細菌)」、そして我々のような「ユーカリア(真核生物)」に分かれていきます。いまから50年前は、大部分がモヤモヤっと霧(きり)におおわれていて、よくわからなかったわけです。
ところが、この50年で、先鋭的技術や知識の向上にともなって、このモヤモヤっとした霧が急速に小さくなって、だんだん地球生命の共通祖先に近づいています。
この霧を全部取っ払ってみたくないですか?みたいですよね。私もそれが見たくて、知りたくて。有機宇宙化学という分野から観測できる「分子進化」とともに、最終的に「生命の起源」に迫りたいですね。それが研究者としてのライフワークの一つです。
取材協力:海洋機能利用部門 生物地球化学センター 高野 淑識 上席研究員
イラストレーション:酒井春
撮影:村田克己・講談社写真部