JPCZ (Japan-sea Polar airmass Convergence Zone):日本海寒帯気団収束帯

冬季日本海では,高度約1 kmにおいて数日程度の間ほぼ同じ場所に停滞する長さが1000 kmに及ぶ風の収束帯(前線のように風がぶつかる場所)が現れることがあり,この収束帯のことを日本海寒帯気団収束帯(Japan-sea Polar airmass Convergence Zone: JPCZ)と呼びます。JPCZは様々な雪氷災害を引き起こすため重要です。ここでは,一例として2018年2月初旬の福井での豪雪災害を挙げます。福井県では,平成30年2月5日から13日にかけて大雪となり,5日から6日にかけては福井地方気象台で24時間に65 cmもの降雪が観測されました。福井市街地では昭和55年12月から昭和56年3月にかけての「56豪雪」以来の記録的な積雪となったほか,武生や九頭竜では観測史上最多の積雪となり,交通網の停止や生活物資の不足など大きな雪害となりました(福井県レポートへのリンク)。特に5日前後の大雪にはJPCZが影響したとされており,このことからもJPCZのメカニズムの理解や正確な予測は大変重要であることがわかります。

JPCZは朝鮮半島の白頭山の南東あたりから日本海側の北陸〜山陰地域に向かって現れることが多く,一冬に数回,多い時で十回程度発生します。ただし,かならず白頭山の南東側から現れるとは限らず,もっと北側のユーラシア大陸沿岸から東北〜北陸地域に向かって伸びることもあります。JPCZは一般にユーラシア大陸の沖合から南東方向に伸びる様に形成されますが,これにはユーラシア大陸から日本列島に向かう北西風(冬の季節風)と,この大陸からの乾燥した寒気に熱や水蒸気を供給する日本海の存在が関係しています。先ほど例として挙げた2018年2月初旬に発生したものを図1で示します。これは 対流圏下層(高度約1 km)での風を3時間毎のアニメーションで表示したものです。大陸から吹く風が白頭山を迂回し,風下にあたる南東側で,大陸から南に向かって吹く風と朝鮮半島から日本に向かって東に吹く風の収束域が形成されています。この収束域は風下側に向かって伸びながら福井にまで到達している様子がみられます。さらに,収束域はほとんど同じ場所で1日程度停滞していることがわかります。対流圏下層での収束は大気の上昇気流と結び付いているため,このように風下に伸びる収束域(収束帯)では積乱雲が発生し,強い降雪が起こります。さらに,この収束帯の直下には海面水温が気温より10度以上高い日本海が広がっていて,収束する大気に水蒸気や熱を供給しています。

図1:JPCZについての動画。2018年2月4日〜7日の925 hPa (高度約1 km)の風(m/s,矢印)に,海面水温(℃,陰影)と標高(淡黄色ほど低高度で濃紫色ほど高高度,200 m毎の等値線)を重ね描きしている。アニメーションは3時間毎の天気図で作成される。

JPCZ発生のメカニズムは,1980〜90年代に盛んに研究されました。気象庁気象研究所などのグループを中心に,盛んに集中観測やシミュレーション研究が行われました。その成果として,JPCZの成因は大きく3つの要素によって生じることが示されました。(1)白頭山脈による流れのせき止め(ブロッキング),(2)ユーラシア大陸と日本海の海陸による温度差の効果,(3)日本海の南北海面水温傾度です。(1)によって,大陸からの気流(北西風)は山脈を越えることができずに迂回するように分流し,迂回した気流は山脈の風下側で合流し収束します。さらに,その収束は(2)と(3)の温度差によって強化され,風下の日本列島まで及ぶ長い収束帯が形成されるというものです(参考記事へのリンク)。(2)と(3)の要素は日本海に関係していて,JPCZについても中緯度海洋の重要性が示唆されます。また,図1でもその様子が伺えます。この図は近代的な衛星観測やデータ同化システム1)を駆使して描画されたものですが,20世紀の段階(30〜40年近く前)でこれだけ深い理解を得ることができたのは,JPCZを対象としてたくさんの研究者が集まって「研究プロジェクト」として研究を進めたことが重要だったのかもしれません。しかしながら,JPCZについて解明すべきことがまだ数多く残っています。現代の再解析データ2)でも十分に表現できないJPCZの収束スケールの小ささや,雲微物理過程3),複雑な大気海洋相互作用などによってJPCZのメカニズムは最近になっても不明な点が多く残っていたり,予測精度の向上が求められていたりします。

最近になって,観測網の稠密化,気象モデル4)の高解像度化・精緻化などが20世紀後半に比べて格段に進歩したことにより,JPCZの研究がどんどん進んできています。21世紀になり,特にここ10年の間にJPCZのメカニズムについていくつもの重要な論文が発表されました。しかし,まだ分かっていないこともあります。JPCZに対する海洋の役割や進行する温暖化の中でのJPCZの変調など,今後,詳しく調べていく必要があります。最近発表されたJPCZについての研究に携わる多くの専門家がこのhotspot2のプロジェクトに参画し,さらに海洋学の専門家と協力して更なる調査を進めています(JPCZ/日本海サブワーキンググループ)。前述の1980年代のプロジェクトの成功例からも,今回このhotspot2プロジェクトに多数の専門家が集結して研究を進めていることが非常に重要です。

hotspot2では,JPCZのシミュレーション・データ分析研究だけでなく,それらの基礎となる観測をプロジェクトを挙げて取り組みました。2022年1月に,学生を含む観測隊により水産大学校の練習船「耕洋丸」を使った集中観測が行われました(図2)。この集中観測によって,当プロジェクトはJPCZを日本海洋上での1時間毎の高時間分解能なラジオゾンデ直接観測で捉えることに世界で初めて成功しました(Tachibana et al. 2022冬季日本海観測のページへ)。この世界初の成果を元にして,当プロジェクト参画の海洋・大気の専門家が協力しあい,JPCZについての更なる理解が進むことが期待されます。

  1. 1)観測とシミュレーションを融合する(=データ同化)ためのシステム。例えば,気象庁のメソ解析値などはデータ同化システムで作られている。
  2. 2)JRA-55やERA5など,主に世界各国の気象センターが作成している過去数十年に及ぶ解析値のデータセット。気象のシミュレーションモデルと世界中の観測をデータ同化で融合して,地球大気の状態を格子状に表現したものを解析値と呼ぶ。
  3. 3)雲の中で起こっている,雲の水滴が凝固したり,水滴同士が合体したりといった過程。想像に難くなく,複雑で理解が難しい。
  4. 4)大気の状態をシミュレート(模倣)するための数値模型。数式の命令文(プログラム)で構成され,一般には数万行以上に及ぶ。

図2:耕洋丸によるJPCZ集中観測でのラジオゾンデ放球の様子。この集中観測では動画のようなラジオゾンデ放球を1時間毎に行われた。

山崎 哲(海洋研究開発機構(JAMSTEC) アプリケーションラボ)・山中 晴名(三重大学)・春日 悟(三重大学)・川瀬 宏明(気象庁気象研究所)

Tachibana, Y., M. Honda, H. Nishikawa, H. Kawase, H. Yamanaka, D. Hata, and Y. Kashino (2022), High moisture confluence in Japan Sea polar air mass convergence zone captured by hourly radiosonde launches from a ship. Scientific Reports, Vol.12, No.21674. doi:10.1038/s41598-022-23371-x