更新日:2021/03/19

船舶観測の疑似体験会を開催 ~バーチャル観測~

はじめに

気象・海洋観測をオンラインで疑似的に体験する試みとして、2021年3月9日にバーチャル観測を開催しました。中緯度の気象と海洋に関する幅広い大学・研究機関が参加している、新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」(通称Hotspot2)では、学部生、大学院生、若手研究者同士が交流することで視野を広げ、キャリア形成に繋げるために、「若手研究者連絡会」を組織しています。当初は、勉強会合宿のような交流できる機会を企画することを予定していましたが、コロナ禍ではこのようなイベントを開催することは困難です。

中緯度の大気海洋に関する諸現象を明らかにする上で、現場での観測は、その本質に迫るうえで欠かせないものです。このプロジェクトに参加している若手にとって、船舶観測を経験することは大変重要であると言えます。一方で、数日から数週間という時間的制約、船酔いの心配、その他様々な事情により、船舶観測に参加することを躊躇してしまう人がいることも事実です。もし、これが自宅や研究室にいながら、オンラインで気軽に疑似体験することができたら、実際の船舶観測への興味が高まり、加えて若手同士の交流を促すこともできるのではないか?意見交換を重ねた末、若手研究者交流会が主体となって、船舶観測を疑似体験する「バーチャル観測」を実施することになりました。

実施方法

バーチャル観測には学部生、大学院生、若手研究者と運営メンバー、合わせて24名が参加しました。事前準備と資料共有にはGoogle drive、当日のグループワークと全体議論にはNeWorkを使いました。参加者は3班に分かれ、とある日の日本海に3隻同時に観測船を出し、15knot程度の速度で航走しながら、1時間ごとに16回、ラジオゾンデにより上空の気温、気圧、風向風速、相対湿度を、XCTDにより海水中の水温、塩分を観測することを想定したグループワークに取り組みました。観測対象日は、2021年1月9日としましたが、これは参加者には知らせずに実施しました。

まず、それぞれのグループは、資料をもとに16回の観測を行うための航路を検討しました。資料は、対象日の前日の時点で入手することのできる天気図や衛星画像、海況、予報資料をまとめたものです。日付を隠した上で資料を配布すれば、参加者はあたかも、前日の時点で得られる最新の情報をもとに、今日の航路を検討する気分を味わうことができます。2021年1月8日(前日)の時点で、日本海海上には冬季に発達する筋状雲と日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)が発達しており、当日もこの状態が続くことが予想されていました。このため、各班は、まずJPCZの位置まで移動して、JPCZを横切る形で航走し、断面構造を観測することを狙って、航路を設定していました。

図1. 観測対象日として設定した2021年1月9日12時の日本海の様子と3隻の航路。ひまわり8号による放射輝度温度(TBB)をもとにした雲の様子(色)と、MSMによる975hPa水平風の様子(矢印)を表している。赤、青、緑の線は各班が設定した航路を表す。

図2. 観測前日時点の予報資料の一例。前日21時の初期値を使ったMSMによる予報の海面更正気圧の分布を図化したもの。日付は伏せた状態で参加者に配布した。

グループワークによって決定した航路を、Googleスプレッドシートに記入してもらい、運営メンバーはそれをもとに、船がその航路を航走したと仮定したときに得られる時々刻々の大気・海洋データを切り出し、各班へ順次提供しました。大気のデータにはMSM、海洋のデータにはJCOPE2を使用しました。データを提供する際には、実際の観測ではときにトラブルによってデータが取得できない場合があることを模して、ランダムにデータが欠損してしまう仕掛けを用意しました。これにより、狙っていた現象をとらえるための肝心な時間のデータが取得できないかも知れない、という臨場感を演出しました。

データを待つ間は、班員同士の自己紹介や、得られたデータの解析に加え、船舶観測の経験が豊富な運営メンバーから、実際の観測の様子をレクチャーする時間が設けられました。班員の中に船舶観測を数多く経験している人がいた場合は、班員同士の雑談を通して、実際の船舶観測の様子をより現実的にイメージすることができていたようです。

各班の観測が終了し、16時間分のデータが揃ったら、班ごとに解析・議論をする時間を設けました。その後、全員で集合し、各班で得られたデータや、その解釈について発表しました。班によっては、非常に限られた時間ながら、航路に沿って得られたデータの変動要因の考察、暖水渦の構造、上空の安定度の変動、といったクオリティの高い解析結果を紹介していました。最後に、観測を行った日のネタばらしと、別々の班同士のデータ共有を行いました。

図3. 全体議論の様子。班ごとに、得られたデータをもとにした解析結果を発表した。

参加者の感想

開催後、参加した人にアンケートを取りました。船舶観測未経験者にとっては、船舶観測への関心を大きく高めるきっかけになったことが伺えます。若手同士の交流の機会としては、88%が「非常に満足」または「やや満足」、全体を通した満足度は、94%が「非常に満足」または「やや満足」と回答し、「やや不満」「非常に不満」と回答した人はいませんでした。

図4. 参加者アンケート結果の概要。船舶観測未経験者に「船舶観測への興味が高まったか?」と質問した回答の内訳と、参加者に「若手同士の交流の機会としての満足度」「全体的な満足度」を質問した回答の内訳。

参加者から寄せられた感想を、一部紹介します。まず、参加して良かったと思う点を挙げて頂きました。

  • コロナ禍における若手の交流を促進するとてもよい企画であった。初対面の他大学の方と共同作業をすることによって交流を深められた。(同様の意見多数)
  • 自分たちの手で航路を決め、得られたデータを解析し、解釈することがとても楽しかった。(同様の意見多数)
  • バーチャル観測における経験は、リアル観測に参加した際にも生きてくると感じた(どのように観測経路を決めるか、観測データがどのような形式で得られるか、班員間のコミュニケーション、欠測など)。
  • 予め特徴的な気象条件の日を選んでもらったので、ある程度参加者の中で、JPCZを観測するという目的が統一されていて、航路決め→結果解析→考察の流れがスムーズに出来た
  • これから初めて船に乗るという人や、船に乗ることには気後れするが観測には少し興味があるという人などにとって特に貴重な機会になるのではないか。
  • 得られるデータは測線に沿ったものだけだったので、普段扱う格子点データとの違いが感じられた。
  • 船舶観測の様子のレクチャーが勉強になった。
  • 自宅/オフィスに居ながらにして観測航海の擬似体験ができた。
  • 船酔いしなかった。
  • NeWorkで部屋を自由に移動できる機能は便利だった。
  • ランダムでデータに欠損値が出るギミックは実際の観測らしくていいと感じた。
  • 次に、不便だった点や不満が残った点も挙げて頂きました。

  • NeWorkの動作が不安定で不便さを感じた。(同様の意見多数)
  • スケジュールがタイトで、グループワークを開始する前にお互いに自己紹介する時間が十分になく、観測データが徐々に取得されていくワクワク感を楽しむ余裕がなかった。(同様の意見多数)
  • データ解析の時間がもう少しあればよかった。(同様の意見多数)
  • 観測手法のみならず、観測から投稿論文になった具体例、得られた観測データから研究する際の苦労話(データの品質管理とかデータの内挿とか)なども聞いてみたかった。
  • もう少し参加者が出てもいいイベントなのになと感じた。観測を担当しない班の若手であっても参加して後悔はない内容であると思うので、次回以降の開催でより多くの人が参加できたらいいなと思う。参加者に実際の観測をイメージしてもらうことも大切であると思う。観測経験のある若手を班員に加え、実際の観測の様子を積極的に伝えてもらう役割を果たしてもらうことも重要ではないかと感じた。
  • ゴールに関する情報をクリアにしておけばベターだったのかなと。今回はJPCZが出現しそうな状況で観測する、という事前情報がフワッと与えられていただけだったので、各班が「とりあえずJPCZを横切れば良いのかな」という発想に収斂してしまったと思う。どうすれば面白い観測が出来るか?という事を各班で最初に議論できるような目標設定を全体で行っておくと、班ごとに観測の領域や方角、さらに注目する変数などをそれぞれ設定し、各々で議論を掘り下げて行える上に、場をより包括的に捉えることが出来そうかなと思った。
  • 初めて使用するオンラインツールに戸惑った参加者が多く、使用するツールに関する事前の検討が不十分であったことが反省材料として挙げられます。加えて、時間配分の見立てが甘く、若手同士の交流の機会としては不完全燃焼だったという感想が寄せられました。いずれにしても、全体的な満足度は概ね高く、初めての試みとしては得るものの多いイベントにすることができたと言えると思います。

    終わりに

    新型コロナウィルスの感染拡大防止のために、教育現場は難しい問題に直面しています。知り合い同士であれば、実際に会えなくても、オンラインツールで気軽に「再会」することができますが、学生の皆さんにとっては、同じ教室に集うことで初対面の人との交流の輪を広げていく、という機会が、ごっそりと奪われてしまった状況にあります。学会や研究会のオンライン化が進み、研究者は移動の負担軽減といったメリットを享受している一方で、若手が置き去りにされているような現状は、決して看過できるものではありません。この報告が、オンラインという制約の下で、若手が同じ課題に共同で取り組むことで交流のきっかけを作り出していく、そのような企画の一例として、様々な場面で活用されれば幸甚です。

    運営メンバー:釜江陽一(筑波大学)・遠山勝也(気象研究所)・木戸晶一郎(海洋研究開発機構)・谷本陽一(北海道大学)・立花義裕(三重大学)