「ちきゅう」のための海流予測 (7) 「ちきゅう」の観測と答え合わせ

掘削地点での予測と観測の比較

連載第6回で解説した「ちきゅう」掘削地点での流速の予測値と、「ちきゅう」、および支援船「あかつき」(※1)から送られてきた観測値とを比較してみました。

図1は連載第6回の図2と同じく掘削地点の予測をまとめたものです。予測はアンサンブル予測KFSJによる20本の予測の平均(赤線)・最大最小の幅(青く塗った範囲)・もっとも早く流速が急激に低下するとする予測(黒点線)です。この図に、「ちきゅう」と「あかつき」が掘削地点に近づいた時(※2)に観測した流速を重ねました。青丸が「ちきゅう」の観測値で、緑丸は「あかつき」の観測値です。予測にあわせて、5分毎の観測を1日平均しています。

4月1日(※3)や4月4日のように、「ちきゅう」の観測値が予測値の範囲を超えて小さくなるなど外れている点もありますが、大きな海の1点の流速を予測することの困難さや、流速の定義が微妙に異なることも考えれば(※4)、掘削地点でどれくらいの黒潮の強さを覚悟する必要があるを、これまでのところ良く予測しているようです。

Fig1

図1: 掘削地点での予測流速と観測の比較。赤線は、20本の予測の平均(アンサンブル平均)。青く塗った範囲は、アンサンブルメンバーの最大・最小がおさまる範囲。黒点線は、もっとも早く流速が急激に低下するとする予測。青点は「ちきゅう」による観測を1日毎に平均した値。緑点は同じく「あかつき」による観測。

 

図2は図1と同じですが、1日平均ではなく、5分毎の観測値を見てみました。図1で見た4月1日や4月4日の流速低下は、一日の内の急激な流速変化を反映していることがわかります。

今回の予測で使っているアンサンブル予測KFSJでは1日毎の予測値しか出力していないので、参考までに、1時間毎の値も出力している別の予測モデルJCOPE-T-EAS(※5)の結果も重ねてみました。JCOPE-T-EASでは、4月1日の急速な流速低下などをある程度までとらえています。

いずれにせよ、観測値でも、JCOPE-T-EASでも、1日の中で0.5ノット以上の流速変化がしばしば起こることをしめしています。掘削地点で作業中は、このような短い時間の流速の変化にも対処して、「ちきゅう」は位置の制御を行う必要があります。

Fig2

図2: 同じく予測と観測との比較。観測値は5分毎の値。さらにJCOPE-T-EAS(オレンジ線)の解析・予測値(1時間毎)も重ねた。

 

※1
支援船「あかつきは」、新宮補給基地と「ちきゅう」間の物資運搬、ヘリコプター離着陸時の警戒、そして海流観測を任務としています。

※2
予測モデルが約3kmの分解能をもつことを考慮して、掘削地点から1.5km以内に近づいた時の観測を全て使用しています。この範囲を多少変えても、結果はほとんど変わりません。

※3
本稿では、予測モデルで使用している時刻にあわせて世界標準時を使用します。世界標準時と日本標準時は9時間の時差があるので、本稿での4月1日は、日本標準時の4月1日午前9時から4月2日午前9時になります。

※4
観測値が一点での観測であるのに対し、モデルの流速はモデルの分解能である約3km四方の平均値です。モデルの流速値は深さ0m相当の値を使ってます。「ちきゅう」では15m深、「あかつき」では20m深の観測値を使用しています。

※5
JCOPE-Tについては、過去の解説でも、高い時空間分解能のデータが必要な時に使用しています。過去の解説一覧はこちら。

 


 

1日毎の「ちきゅう」「あかつき」の航路と流速の変化

以下では、3月31日の「ちきゅう」(青線)と「あかつき」(緑線)の航路と流速変化を1日毎にまとめました。時刻は世界標準時を使っています。3月30日の様子は連載第5回で書きました(連載第5回では日本標準時を使っています)。

(a)は「ちきゅう」(青線)と「あかつき」の航路です。参考としてアンサンブル予測KFSJによる流速分布予測(20本の予測の平均)を背景の色でしめしています。赤星()が掘削地点です。(b)は船の緯度位置と流速の関係です。点線が掘削緯度に対応します。(c)は時刻による流速の変化です。

「ちきゅう」は、掘削地点で必要な作業と、不必要な危険は避けて低流速位置に移動しての作業準備を繰り返しながら観測を進めています。支援船「あかつき」は南北に大きく移動したり、「ちきゅう」と並走しながら、「ちきゅう」のために周辺の黒潮の様子を探っています。

3月31日

3月30日(連載第5回)に作業準備のために北の低流速域に移動していた「ちきゅう」は、掘削地点に戻りました。掘削地点では4ノット近くの流速がありましたが、次第に小さくなっています。「あかつき」は南北に大きく移動しています。

Sfig_1

参考図1: 3月31日。 (a)「ちきゅう」と「あかつき」の航路。背景はアンサンブル予測KFSJによる流速分布予測(20本の予測の平均)。赤星()が掘削地点。点線が掘削地点の緯度。 (b)船の緯度位置と流速の関係。点線が掘削地点の緯度。 (c)時刻による流速の変化(世界標準時)。 (a)(b)(c)とも、青線が「ちきゅう」、緑線が「あかつき」。(a)(b)とも、●が1日の最初の地点で▲が一日の最終地点。

4月1日

「ちきゅう」は掘削地点で作業を進めました。2010年11月から設置していた孔内観測装置の孔内からの取り出しに成功しています[1]。流速は3ノットを切る流速変化が見られています(図2参照)。その後17時過ぎに、次の作業準備のために北に移動を始めました。「あかつき」南北に大きく移動しています。

Sfig_2

参考図2: 同じく4月1日。

4月2日

「ちきゅう」は移動をつづけ、低流速域に到着し、作業準備を進めました。「あかつき」は先回りして、「ちきゅう」の南西の黒潮の強い側に位置しました。

Sfig_3

参考図3: 同じく4月2日。

4月3日

「ちきゅう」は再び、掘削地点に移動をはじめました。一日の終わりに掘削地点に到着した時には4ノット弱の流速でした。「あかつき」は「ちきゅう」やや上流側を並走して移動しています。流速観測は「ちきゅう」と同じような変化をしめしています。

Sfig_4

参考図4: 同じく4月3日。

4月4日

「ちきゅう」は掘削地点で作業をすすめました。1日の始まりに流速変化があり、3ノット近くまで流速が落ちています(図2も参照)。「あかつき」は「ちきゅう」のやや上流側に位置しました。

Sfig_5

参考図5: 同じく4月4日。

4月5日

「ちきゅう」は、約100mの掘り増し作業後、黒潮上流6マイルに移動、次の編成を準備して降下しながら再び掘削孔にゆっくり移動という動きをしています。3ノット強の流速が観測されました。「あかつき」は「ちきゅう」にあわせて東西に移動しています。

Sfig_6

参考図6: 同じく4月5日。

4月6日

「ちきゅう」は掘削地点の東で作業を進めました。1日の終りに低流速域へ北上を開始しています。「あかつき」は北の低流速域と「ちきゅう」に近くを往復した後、新宮港に寄港しています。

参考図7: 同じく4月6日。

4月7日

「ちきゅう」は低流速域に北上し、長期孔内計測システム降下の準備をしています。「ちきゅう」の観測では、黒潮の軸は北緯33.4度ぐらいにありそうです。「あかつき」は新宮港を出ています。

sfig5

参考図8: 同じく4月7日(データが送られてきている世界標準時8時まで)。

  1. [1]2017/6/16追記:この装置のデータから得られた得られた成果がプレス発表になっています。
    南海トラフ巨大地震発生帯の海溝軸近傍で誘発・繰り返す「ゆっくり滑り」を観測 – 地球深部探査船「ちきゅう」によるIODP 第365次研究航海の成果より – (2017/6/16)