黒潮の変動がウナギに影響を与える?(2)

[2018/7/18]追記
関連研究がプレスリリースになってます。
[プレスリリース]過去20年の海流変動は日本にやってくるシラスウナギの数を減らしていた

はじめに

日本の食卓を彩るウナギは資源の減少の危機にあります[1]。効果的な保護策を考えるために、ウナギの生態の理解が求められていますが、ウナギの一生は謎に包まれています。2016/1/22号「黒潮の変動がウナギに影響を与える?」では、ウナギが熱帯の産卵場所からどのように日本にやってくるかを、私たちのJCOPEの海流データを使ってシミュレーションした研究を紹介しました。

今回は、産卵期をむかえたウナギがどのようにして産卵場所に向かっているかについてのシミュレーション研究を紹介します[2]。この研究も2016/1/22号と同じくChang研究員らによる研究です[3]。卵から生まれたウナギの幼生が黒潮にのって日本に来ていることはほぼ分かっているのに対して、成長したウナギが産卵場所にどうやって向かっているかは全くわかっていません。そこで以下で紹介する4つのシナリオを全て検討しています。

シミュレーションは、JCOPEの海流データにウナギに見立てた粒子を流すことで行います。2016/1/22号で紹介した研究と同じく、ウナギの遊泳能力も考慮されています。ウナギには、明るい昼間は外敵から見つからないように深い場所で泳ぎ、夜は浅い場所で泳ぐ性質があります。その性質を考慮し、昼間は水深600メートルを、夜は水深200メートルを泳ぐとします。うなぎは図1の黒楕円で囲まれた日本沿岸から、ピンクの四角で囲まれた産卵場所の推定海域に、海流に流されながら泳ぎ始めるとします。ウナギが日本を離れ始めるのが晩秋から冬、産卵期が4月から8月とされてますので、8ヶ月(240日)内に産卵場所にたどり着かなければならないとします。黒潮の流れは年によって変化するので、黒潮が強かった年(図1左)と黒潮が弱かった年(図1右)の流速を使った場合の比較も行っています。以下、それぞれのシナリオについて検討しています。

Fig1

図1:ウナギの移動のシミュレーションに使った海流。色は海流の強さ(メートル毎秒)で赤っぽいほど流れが強い。矢印は流れの向き。左図が流れの強い年(2002年)の海流。右図が流れが弱い年(1995年)の海流。

シナリオ1:ウナギはランダムに泳ぐ

このシナリオでは、ウナギは産卵場所については分からず、ランダムに泳ぎ回るとします。このシナリオにしたがってウナギの8ヶ月間のウナギの移動を図にしたのが図2です。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とします。ウナギはランダムに泳ぎまわるので分布が広がりながら、黒潮によって東に流されます。このシナリオでは産卵場所にたどり着くウナギは一匹もいません。海流に流されながらランダムに泳ぐだけでは、産卵場所にたどり着くのは難しそうです。

Fig2

図2:ウナギがランダムに泳いだ時の日数毎のウナギの分布。色が日数をあらわす(赤色の点が200日以上たった時のウナギの分布)。左図が流れが強い場合。右図は流れが弱い場合。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とする。

シナリオ2: ウナギは方角が分かっている

このシナリオでは、ウナギは日本から産卵場所の方角(南東)が、例えば地磁気などを使って、分かる能力があるとします。ただ方角しか分からないので、海流に流され位置がずれたとしても。ひたすら同じ方向に泳ぎつづけます。このシナリオで計算した時の結果が図3です。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とします。このシナリオなら8ヶ月間で産卵場所にたどり着けけるようです。ただし、ウナギは日本から産卵場所の方角を目指して泳ぎ始めますが、黒潮によって東にながされることによって位置がずれてしまうので、40%ほど産卵場所にたどり着けないウナギが出てきます。

Fig3

図3:図2と同じ図をシナリオ2で計算した場合。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とする。

シナリオ3: ウナギは産卵場所が分かる

このシナリオでは、ウナギの能力がさらに高く、どの場所にいても産卵場所の方角が分かっていて、その方向に向かって泳ぐ能力があるとします。このシナリオでのウナギの移動が図4です。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とします。この場合、ウナギが8ヶ月内に産卵場所にたどりつく成功率は高く、約96%に達します。興味深いのは、このシナリオでは強い流れは必ずしも不利にはならないことです。強い流れのケース(図4左)の場合が、弱い流れのケースよりも早く産卵場所にたどり着きます(約167日が約157日に短縮)。これは、図1を見ると分かるように、黒潮を離れると南向きの海流があり、海洋の循環が強いとウナギがその流れに乗ることができるからです。

このシナリオでも、ウナギの遊泳能力が弱いと産卵場所にはたどり着けません。図5はウナギの遊泳能力は水平に0.05メートル毎秒とした時の計算結果で、8ヶ月以内に産卵場所にたどり着いたウナギはありません。

Fig4

図4:図2と同じ図をシナリオ3で計算した場合。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とする。

 

Fig5

図5:図4と同じ計算を、ウナギの遊泳能力は水平に0.05メートル毎秒とした図。

シナリオ4: ウナギは黒潮に逆らって泳ぐ

このシナリオでは黒潮に逆らって産卵場所に向かうとします。幼生が来た道とは逆をたどることになります。黒潮に逆らうのは大変ですが、流れに逆らっていけば産卵場所にたどり着くので、方向は定めやすいと言えます。図2、3、4を計算した時と同じくウナギの遊泳能力が0.15メートル毎秒としたときの結果が図5です。この遊泳能力では黒潮に流されてしまって産卵場所にたどりつけません[4]

遊泳能力が0.35メートル毎秒以上あると、ようやくこのシナリオでも産卵場所にたどり着くウナギがでてきます。図7は、遊泳能力が0.65メートル毎秒ある場合の結果です。

Fig6

図6:図2と同じ図をシナリオ4で計算した場合。ウナギの遊泳能力は水平に0.15メートル毎秒とする。

 

Fig7

図7:図7と同じ計算を、ウナギの遊泳能力は水平に0.65メートル毎秒とした図。

おわりに

この研究では、シナリオ1を除いて、どのシナリオでもウナギは産卵場所にたどり着く可能性があります。さらに研究が進んで、ウナギの遊泳能力の限界などがわかってくれば、可能なシナリオを絞るのに、この研究が役立つでしょう。

この研究がしめしているのは、海流がウナギの移動に大きな影響を与えていることです。気候変動・変化によって海流が変わると、ウナギの生態にも影響をあたえるでしょう。研究が進むことが、ウナギを獲りつくすことなく、持続的な漁業につながることを期待したいところです。

  1. [1]環境省レッドリスト2017では、日本ウナギは絶滅危惧IB類(EN)(ⅠA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)と位置づけられています。
  2. [2]Chang, Y. L., Y. Miyazawa, and M. Beguer-Pon, 2016: Simulating the Oceanic Migration of Silver Japanese Eels. PLoS One, 11, e0150187, doi:10.1371/journal.pone.0150187.
  3. [3]Chang研究員は、国立台湾師範大学から、8月1日付けで海洋研究開発機構アプリケーションラボに着任しました(コラム「外国人研究者としてJAMSTECで働くということ」参照。)。同じくアプリケーションラボの宮澤泰正グループリーダーも共著者として研究に参加しています。
  4. [4]黒潮の流速は、ウナギの泳ぐ水深200から600メートルで、1から0.2メートル毎秒あります。