「ちきゅう」のための海流予測3 (4) 長期孔内観測システム設置中の海流

長期孔内観測システムの設置

前回記事から間があいてしまいましたが、今回は「(2)黒潮大蛇行で流れが弱く、航海順調」以降の、航海終了までの海流の様子を見てみます。この間に地球深部探査船「ちきゅう」は長期孔内観測システム設置に成功しています。長期孔内観測システムの意義については、プレスリリースをご覧ください。


JAMSTEC公式twitterより


「ちきゅう」と支援船の位置

図1は、「(2)黒潮大蛇行で流れが弱く、航海順調」以後の1月30日から2月6日までの「ちきゅう」の航路です。掘削地点で作業を続けた後、今航海の目的を完了し、2月6日には清水港へ向かっています。

今回の観測には支援船2隻も参加しています。「あかつき」(支援船1)と「第八明治丸」(支援船2)です。支援船は、「ちきゅう」に紀伊半島の新宮港から物資を補給したり、「ちきゅう」の上流から強い海流が来ないかを警戒したりすることで、「ちきゅう」の観測を助けます。支援船1と支援船2の航路も、それぞれ緑線と青線で図1にしめしました。

図1の背景は予測モデルJCOPE-T-EASで推定した同時期の海流で、灰色の陰影で海流の流れの強さ、流線で流れの向きを表現しています。黒潮大蛇行のために、黒潮は掘削地点のはるか南を流れています。「ちきゅう」の掘削地点は大蛇行にともなう時計回りの海流の渦の中心近くにあり、下で観測値をしめすように、流れが弱い所になっていました。支援船は、掘削地点と紀伊半島の新宮港を往復する時に、大蛇行にともなう反時計回りの渦の北西部分を横切っています。

Fig1

図1: 2018年1月30日から2月6日までの「ちきゅう」(赤線)、「あかつき」(支援船1;緑線)と「第八明治丸」(支援船2; 青線)の航路。背景は予測モデルJCOPE-T-EASで推定した同時期の水深15mの海流で、灰色の陰影で海流の流れの強さ(ノット)、流線で流れの向き。

掘削地点の周辺の流れ

図2(a)は、例として2月4日の「ちきゅう」、支援船1、支援船2の航路です。●が1日の最初の地点で▲が一日の最終地点です。背景に重ねているのは予測モデルJCOPE-T-EASが計算した水深15mの流速です。「ちきゅう」(赤線)は、掘削地点(★)で停まっています。支援船1は、「ちきゅう」の近くにいました。支援船2(緑線)は、掘削地点から新宮港に向かっています。

図2(b)は、船の緯度位置と船が観測した流速(15メートル深)の関係です。図2(c)は、時刻による流速の変化です。予測モデルで推定した黒潮大蛇行にともなう反時計回り渦の北西部を支援船2が通過する時に、支援船が観測する流速(青線)が若干大きくなっており、反時計回りの渦を実際に横切っていることがわかります。一方、「ちきゅう」と支援船1は強い流れからは離れており、観測する流速は弱いままでした(赤線と緑線)。

Fig2

図2: 2月4日。 (a)「ちきゅう」、支援船1、支援船2の航路。背景はJCOPE-T-EASによる水深15mの流速(強さを陰影、向きを流線で表現)の1日平均。黒星(★)が掘削地点。点線が掘削地点の緯度。 (b)船の緯度位置と船が観測した流速(15m深)の関係。点線が掘削地点の緯度。 (c)時刻による流速の変化。2月4日0時(02-04 00)から、2月5日0時(02-05 00)まで。どの図とも赤線が「ちきゅう」、緑線が支援船1。青線が支援船2。●が1日の最初の地点で▲が一日の最終地点。

掘削地点の海面近くの流速

図3の赤線は、掘削点の海面近く(深さ15m)で「ちきゅう」が観測した海流の流速の時間変化です。「(2)黒潮大蛇行で流れが弱く、航海順調」以後の1月30日からのデータを追加しています。図1と図2で見たように、掘削地点は強い流れから離れていたので、2月1日に1ノットを少し越えた以外は、1ノット以下の弱い流れが続きました。

掘削地点での流速をJCOPE-T-EASJCOPE-T-JCWという2つのモデルで予測しました[1]。図3の薄い青線は、JCOPE-T-EASで予測した掘削地点の流速(15m深)です。毎日更新される予測をすべてプロットしているので、複数の線があります。同じく緑線は、JCOPE-T-JCWによる予測です。黒潮大蛇行のために流速は弱く、1ノット前後の流速を予測していました。黒潮が近づいていれば4ノット近い流速、大蛇行にともなう反時計回りの渦の流れが近づけば図2で見たように2ノット近い流速になりますので、これらの流れが遠く流速が弱いことを正しく予測できていました。

より厳しく見ると、1ノット前後を予測していたモデルの流速は、実際には0.5ノット前後の期間が多かった観測よりも過大でした。ただ、2月2日前後に流速がピークになるという予測に対応するように、観測の流速も大きくなっていました。

また、予測モデルでは半日周期で流れが上下すると予測していました。これは潮汐(潮の満ち引き)による流速の変化です。「ちきゅう」の観測にも少し見られます。ただ、予測モデルほどははっきりしていません。

Fig3

図3: 赤線は「ちきゅう」のドップラー流速計による15m深の流速(ノット)の時系列。縦軸が流速の強さ(ノット)。線が切れている所は、観測できなかった期間。薄い青線は、JCOPE-T-EASによる海面近く(15m深)の流速(ノット)予測結果。毎日更新される予測をすべて重ねた。同じく薄い青線はJCOPE-T-JCWによる予測。横軸が時間で、例えば「02/04」は2月4日の0時(日本時間)。予測計算している計算機の更新のため2月4日以降は予測無し。

掘削地点の深海の流れ

「ちきゅう」は深海まで作業範囲が及ぶため、海面近くだけでなく、深海の流速も重要になります。図4は掘削地点で「ちきゅう」が観測した東西流速[2]で、縦軸が海面から1300mまでの深さ、横軸が時間になっており、深海までの流速がどのように時間変化しているかを見ています。

時間によって西向き(負・青っぽい色)と、西向きが弱くなる(0に近い値、赤っぽい色)とで流れが変化しています。

Fig4

図4:「ちきゅう」のドップラー流速計とADCPによる深さ方向の東西流速の時間変化。縦軸が深さ(m)。横軸が時間。色が東西流速の強さ(ノット)。白くなっている所は、観測できなかった期間。

 

図4では、細かいところが見にくいので2月1日から2月4までの期間を拡大したのが図5です。

深さ200m近くより浅い所と、深い所では流れの時間変化の様子が違うことがわかります。200m弱のところに躍層と呼ばれる層があり、この深さで海洋の表層と深層が分かれていると考えられます。表層では図3で見たように潮汐による半日周期があまりはっきりしませんが、深層では半日周期で規則正しく変化しているしている様子がとらえられています。

図5の同じ図を、モデルのJCOPE-T-EASで作ると、図6になります。モデルは、観測で見られる、表層と深層で流れの時間変化が違うこと、深層で半日周期がよりはっきり見えることが再現できています。半日周期の変化するタイミングも、観測とモデルで良く合っています。ただ、モデルでは表層で西向き(青っぽい色)、深層で東向き(赤っぽい色)が強すぎたようです。

Fig5

図5: 図4を2月1日から2月4までの期間を拡大した図。

Fig6

図6: 図5と同じ流れをJCOPE-T-EASによる東西流速推定値で作成した図。



  1. [1]この2つのモデルについては、「ちきゅう」のための海流予測2 (6)予測モデルJCOPE-Tについて(7)予想どおり海面下の流速上昇で解説しています。
  2. [2]掘削地点では南北流速より東西流速が大きくなっていました。