光合成生物の誕生は生命史と地球史の大きな転換点とされていますが、光合成生物自体の歴史はまだ多くが謎に包まれていました。我々は、化石などの地質記録では追うことができなかった光合成の進化の道筋を、現存する全ての生物(バクテリア・アーキア・真核生物)の遺伝子情報を使うことで初めて解明できました。そして、光合成の初期進化、全光合成生物の共通祖先【LPCA】(Last Phototroph Common Ancestor、ラプカ)の特定、酸素発生能力の誕生や現存する光合成生物の進化過程の解明などに成功し、その成果を科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に発表しました。
A. Nishihara , Y. Tsukatani, C. Azai, and M.K. Nobu. Illuminating the coevolution of photosynthesis and Bacteria. PNAS. 2024. Vol. 25. doi: https://doi.org/10.1073/pnas.2322120121
この研究は、JAMSTEC探訪でも取り上げられました。
「光合成を行う生物はいつ誕生したのか?地球生命史年表が書き変わる大発見に迫る!」
「なぜ生物は酸素を作り始めたのか。最初に光合成をした生物は?地球生命の共通祖先の姿を追う!」
本研究で明らかとなった進化の概要(図1)
- 全てのバクテリアの祖先は光合成生物であり、当時はまだ酸素を発生する能力はなかった
- 全光合成生物の共通祖先【LPCA】が誕生し、その直系として今も光合成生物として存続する生物、そしてそれらから光合成能力のみを間接的に獲得した非直系の光合成生物が生まれた
- LPCAの直系の1グループが、約25億年前に酸素発生能力を獲得し、地球上の酸素濃度の急上昇(大酸化イベント)とそれに伴う生命の多様化を引き起こした
- シアノバクテリアは約18億年前にLPCAの直系の1グループ の末裔として誕生した
- 真核生物は約12億年前にシアノバクテリアを取り込み、それが植物誕生の契機となった
光合成の起源はいつ?
化石から約30億年以上前と推察されてきましたが、その化石の生物が本当に光合成していたかについては確かな情報はありませんでした。今回の研究では、光合成の起源が約35億年前であることがはじめて遺伝子情報からわかりました。バクテリアの共通祖先は約28億年前に誕生した可能性があり、意外にもバクテリアの遠い祖先が既に光合成できたと言えます(図1)。
現代には光合成をするバクテリアとしないバクテリアがいるのはなぜ?
バクテリアの共通祖先は光合成をしていたようですが、光合成という機能はバクテリアが進化していく過程で幅広い系統で失われていったようです(図2)。光合成という機能を祖先から受け継いで維持していくのはそれなりに労力がかかり、難しいということが今回の研究からわかりました。光合成の能力を維持することはメリットだけではなかったのです。
最初に光合成をした祖先はどんな光合成をしていた?
よく知られている光合成とは違って、光合成は誕生した時点では酸素を発生しませんでした。その後、新たな光合成能力(詳しくは後ほど述べます)とカルビン回路による炭素固定能力を獲得し、全ての光合成生物の共通祖先が誕生しました。我々はその共通祖先を【LPCA】(Last Phototroph Common Ancestor、ラプカ)と名付けました。
酸素を発生する光合成はいつ誕生した?
LPCAの直系の1グループが、約25億年前に酸素発生能力を獲得したことがわかりました。このグループが酸素を発生させたことで、それまで酸素がなかった地球上に急激に酸素が蓄積され、地球の大酸化イベント(約24〜20億年前)を引き起こすきっかけとなりました。多くの研究で、大酸化イベントにはシアノバクテリアが関与してきたと考えられてきました。ところが、今回の研究から、シアノバクテリアは大酸化イベントより前には存在していなかったことが明らかになりました。25億年前に誕生した酸素発生型の光合成生物は、シアノバクテリアの遠い祖先であり、実はシアノバクテリアではない別のバクテリアでした。
シアノバクテリアの誕生はいつ?
大酸化イベントよりも約6億年後、今から約18億年前にシアノバクテリアは誕生しました。シアノバクテリアの祖先は今の光合成 システムを開発するのに苦労したようですが、一度優れたシステムを開発すると、急速に多様化しました。
26億年以上前の微生物の化石がシアノバクテリアではないかという議論がありましたが、今回の研究でそれらの化石はシアノバクテリアではないと結論づけられます。原核生物の場合は、化石から生物種を特定することは困難です。
植物が誕生したのはいつ?
今回の解析で、シアノバクテリアが真核生物に取り込まれて葉緑体になったのは約12億年前だということがわかりました。これが植物誕生の契機となった瞬間です。現在確認されている最古の植物(紅藻)の化石は約11億年前のものですが、今回推定できた年代はそれよりも少し前になります。今後、12億年前の地層からも植物の化石が新たに見つかるかもしれません。
この研究の他の推しポイントは?
ここから先は専門的な話になりますが、本研究によって、光合成反応の中核を成すタンパク質(光化学系)の進化過程が明らかになりました。光化学系には Type I と Type II の2種類があり、酸素発生型光合成は両方を、酸素非発生型光合成はどちらか一つを使用します。Type I と Type II のどちらが先に出現したかは不明でしたが、今回の研究でその進化の順番が明らかになりました。最初に Type I が進化し、後にType II が獲得されました。2つの光化学系は一つの生物に共存していましたが、この段階では酸素発生はしていませんでした。この2種類の光化学系を持つ酸素非発生型の光合成生物が、現存する全光合成生物の共通祖先LPCAでした。そこから進化が二手に別れました。一つの子孫は海の環境の変化をきっかけに、Type I と Type II を連動させ始め、それが酸素発生型光合成の誕生につながったようです。もう一つの子孫は、Type I と Type II のうち一方を失い、現存の酸素非発生型の光合成生物に進化したようです。
本研究では、LPCAから光合成能力を受け継いだ末裔(いわゆる直系のメンバー)を特定すると同時に、光合成能力のみを間接的に(水平伝播で)獲得した非直系の新参者メンバーも特定しました。直系にはシアノバクテリアが含まれ、非直系には湖などで広く研究されてきた紅色細菌や緑色硫黄細菌(Chlorobi)が含まれます。
これまで光合成生物が光化学系を獲得する過程には3つの仮説が提唱されていました。しかし、今回の研究で fusion model と呼ばれていた仮説は事実ではないということがわかりました。残り2つの selective loss model と protocyanobacteria model は、部分的に正しく、ある段階でそれぞれが独立して起こっていたようです。
おわりに
今後は始原的な光合成が具体的にどのような色素を用い、どのような反応をしていたのか、地球にどのような変化をもたらしたのかを解明したいと考えています。生命史の中でバクテリアは何度も光合成能力を捨てたようですが、どうして失ったのか、代わりにどのような生き方を取ったのかも調査します。これらを明らかにすることで、現存する光合成バクテリアと非光合成バクテリアの本質と現代の地球の生態系の成り立ちの抜本的な見直しも目指しています。